如月文書

7:刹月荘の殺人

『出だしの3行“だけ”で勝負!』(2023/02/02・monogatary /twitter)



 雪に閉ざされた洋館で名探偵が刺殺され、館の主人は小指以外をミンチにされた。

 犯人はメイドとコック、宿泊客である新聞記者、医者、占い師、元・刑事の誰か。

 彼らは疑心暗鬼となり、凄惨な最期を遂げる。生存者は満足げに唇の両端を上げた。



 □ □ □



 それは余りにも唐突で、けれど劇的な展開だった。


 一九八五年、一月某日。

 数十年に一度の大寒波に見舞われた洋館『刹月荘せつげつそう』は、想定外の豪雪により“陸の孤島”と化していた。そして殺人事件の舞台となった。

 名探偵・八乙女徹やおとめとおるが、自身の客室で殺害されたのだ。

 遺体の第一発見者はメイドの天海皐月あまみさつき。朝食の時間になっても姿を現さない八乙女を心配した館の主人・能登代栄七のとだいえいしちの命により、八乙女の客室を訪問。返答がないのでスペアキーで錠を開け入ったところ、胸からナイフの柄を生やし、ベッドの上で仰向けに横たわる血塗れの亡骸を発見したのだ。

 雪の影響で電気は途絶え、電話は通じない。しかし幸いにも宿泊客の中に医者と元警察官が居た。

 彼らの検分により「八乙女徹は殺害された」と断定。

 死亡推定時刻は午前二時ごろ。全員が自室で休んでいた時間な上、外部からの侵入がほぼ不可能ゆえに、容疑者は館内の全員となった。

 能登代栄七。天海皐月。コックの松川彰一まつかわしょういち。宿泊客で新聞記者の四宮涼太しのみやりょうた、医者の豊橋昭二とよはししょうじ、占い師の三橋みつはしレイコ、元警察官の佐々木陸ささきりく。計七名。

 名探偵が生きていたなら、ミステリ小説さながらな流れになっていたのかもしれない。

 が、その名探偵が被害者である。現場や遺体を捜査したり推理を展開する者は誰も居ない。八乙女徹の客室は佐々木の指示で、現場保全の為に封鎖された。

 いったい誰が八乙女徹を殺害したのか……。

 疑心暗鬼を生じ、互いが互いを然りげ無く監視しながら一日を過ごす。陽が落ち、恐怖の夜を迎えた。


 翌朝。絹を裂くような悲鳴が館中に響いた。

 なんと、館の裏庭——深雪の広がる銀世界が赤黒い液体と物体で穢されていたのである。発見者は又しても天海皐月。臭いからして赤黒い液体は血液。物体はミンチにされた肉や骨片だった。

 これは獣の血肉だろうか? その疑問は、肉片に紛れていた指で否定される。それはどう見ても人間の指……男性の小指だった。

 皐月の悲鳴で駆け付けたのは六人。

 館の主人、能登代栄七の姿がない。全員が能登代の部屋へ急行する。誰ひとり言葉にはしないが、最悪の想像が脳を占領していた。間違いであって欲しい。不謹慎だけれど、あの小指が八乙女徹のものであって欲しい。そう願っていた。

 しかし、その願いは叶わない。

 能登代の部屋はしっかりと施錠されており、何度ドアを叩いても応答がなかった。スペアキーで開場したが部屋の主は居らず。館内を捜索しても姿は見えない。

 封鎖した八乙女徹の客室を開き、中を確認した。八乙女の遺骸は昨日と寸分違わず、そこにあった。指は一本も欠けていない。白く濁った瞳が天井を見つめ、室内の空気を腐らせている。


 パニックはウイルスよりも厄介だ。瞬く間に伝播し、正気を奪っていく。

 同日の昼。佐々木陸の撲殺体が遊戯室に転がっていた。

 それが終焉のクライマックスだった。残された人達は理性を失い、倫理をかなぐり捨てた。凍死覚悟で出て行こうとする者は「犯人ではないか」と疑われ、誰某が怪しいと言う者は「犯した罪を擦りつけようとしている」と勘繰られた。

 この中に殺人鬼が居る。

 誰も信じられない。

 自分を守れるのは自分だけ。

 そう、自分を守らなくては。殺される前に——。

 最も早く決断を下し、行動に移したのは誰だったのか。そんな瑣末なことはどうでもいい。五人は包丁を持ち、斧を構え、フライパンを手に取り、飾られていた石像を振りかぶり、洋刀を抜いた。

 全員、生きて『刹月荘』を出ることしか頭になかった。

 死にたくなかった。譬え誰かが命を落としても。



 * * *



 三十七年後——二〇二二年、二月某日。

 誰も居なくなった『刹月荘』は朽ちゆく運命にあった。

 八人もの人間が凄惨な死を遂げた悲劇的な事件は、しかし真相の解明がなされることはなく。発生から三〇年後、様々な推測をもとに被疑者死亡で処理される。

 事件現場であり証拠物件だった『刹月荘』は警察の管理下から解放された。が、館を買いたいという者は現れなかった。行政の所有地とはなったものの「死んだ八人の死霊が彷徨っている」という噂が囁かれた。そしてその噂を裏付けするかの如く、館を取り壊そうとした人間が大怪我を負ったり、責任者が突然死したりした。

 結局『刹月荘』は最低限の維持管理で、七年もの時を過ごした。

 買い手である八〇代の老紳士が、ひっそりと佇む不気味な館を見上げ、満足そうに頷く。

「美しい洋館だ」

 微笑みを浮かべた老紳士の横顔を見、行政の女性担当者は内心で否定の言葉を呟いた。隣に立つ不動産業者の男が、完璧な営業スマイルで鍵を差し出す。

 それを受け取った老紳士の左手には指が四本しかないことに、担当者は初めて気がつく。


 同年末。一九八五年当時の姿を取り戻した『刹月荘』は、ホテルとして生まれ変わる。残虐な殺人事件の舞台だったこともあり、ホテルは犯罪オタクやミステリマニア、オカルト好きに評判の人気宿泊施設となった。



(終)

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