8:大人にならないと分からない
(2023/02/06・twitter)
青年は考える。
腕を組み、首を傾げ、眉間に皺を寄せる。意味のない唸り声を漏らし、宙空を睨む。摑めそうで摑めない感覚が脳を支配する。
暫し考えて、人生の先輩に訊ねる決断を下した。何歳になっても「聞くは一時の恥」であり「聞かぬは末代の恥」なので。
「『大人にならないと分からない』ことって、なんでしょう?」
酒を呑んで煙草を吸い、セックスをする。
それが『大人になる』ということだと思っていた少年時代。振り返ると「なんとまあ純粋で無知なお子様だ!」 と呆れてしまう。きょうび十代前半にして童貞処女を捨て去る子はいるし、飲酒や喫煙は低年齢化している。大人のお薬さえ子供が嗜む時代だ。
では。
大人になって初めて分かること、とは何か。
今年、青年は成人になった。だからといって特別な変化が訪れることはなかった。肉体、精神、共に未成年だった昨日と変わらず。世界の見え方も同じ。適応される法律が変更されたぐらいで、けれどそれは或る意味で不可視なものだから実感がわかない。実感云々で言うなら成人を迎えた現実こそ、なかなか実感できない事柄である。
両親。親戚。祖父母。先輩に教授陣。そこそこ親しい近所の住人。思いつく限りの諸先輩に尋ねてみる。子供の頃には分からなくて、大人になって分かることは何か。
或る人は「子育ての苦労」と答えた。
或る人は「税に対する重み」を多方面から説いた。
或る人は「取るに足らぬ平々凡々な日々の有り難み」を訥々と語った。
聴きながら、青年は結論を出す。
「『分からない』ことが分かった」
青年にはまだ子供がいないので、子育ての苦労は分からない。けど、税の重みは薄っすらと分かる。平々凡々な日々が如何に有り難いものかは、事件や事故、戦争、災害のニュースで重々承知だ(心の奥底にある「当事者でなくて良かった」という至極尤もでありながら唾棄したくなる感情も)。
でも、それは青年を主軸にした世界の話であって。じゃあ地球規模で見たらどうなのだろう。凡ゆることが「大人だから」「子供だから」では片付けられないのでないか。
地球の何処かに『子育て中の子供』が存在するらしい。昨今『起業する子供』は珍しくないし、きっと何処かの戦場で『命の奪い合いをする子供』もいる。
結局、考え出したら切りがない。
青年は思考を放棄し、煙草のフィルターを咥えて火を点ける。大人にならないと分からないことなんて分からない。長く生きれば何かを摑めるかもしれないけれど、風に押し流される雲では駄目なのだろう。
フィルターを通して毒を吸い込む。肺に溜まった煙が息苦しく、盛大に噎せた。初めて味わうタイプの苦痛で目尻に涙が滲む。
他人が言うほど煙草なんて旨くないことを、青年は学んだ。
(終)
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