4:僕を置き去りにして遠くへ行くのですか
(2023/01/21・twitter)
「僕を置き去りにして遠くへ行くのですか」
昼下がりの研究室にて。悲壮な表情を浮かべる助手くんの言に、私は思わず間抜け面を晒してしまいました。言われた意味がよく、分からなかったので。
いいえ、意味は理解できます。
——僕を置き去りにして遠くへ行くのですか。
そうです。私は助手くんを置いて、遠くへ行きます。ちょうど地球の裏側へ。仕事の都合上……と言えれば格好いいのですけれど、残念ながら違います。完全なる私情。もっと言えば家庭の事情というやつ。
彼の言葉を肯定すると「やっぱり」と呟いた。俯いて、両の手をぎゅっと握る助手くん。
「あなたも僕を捨てるんですね」
今度こそ意味が分かりません。
助手くんは幼少期、親に捨てられました。さらに言えば、信じていた友人に裏切られた挙句、濡れ衣を着せられた過去もあります。詐欺にも何度か引っかかりました。
そんな経験を幾度も繰り返せば人間不信になりそうなものを、助手くんは他人を信じずにはいられない性分らしく。周囲からは「胡散臭い」と評判の他称〔マッドサイエンティスト〕——つまり、私のもとで働き始めて六年目となります。
「捨てませんよ。貴重な助手ですから」
「でも、置き去りにするんでしょう。この研究室に」
「……ええ、まあ、そうなっちゃいますね」
「……あなたは捨てないと信じていたのに」
徐に、右手を白衣のポケットへ入れる助手くん。そこから取り出された黒い物体を見て、私は眼を細めます。
「スタンガンだなんて、物騒なものを持っていますね。護身用ですか?」
「どちらかといえば心を守る為です。僕は、あなたに捨てられたくない。いつまでも一緒に居たい」
もう独りぼっちは嫌だ、と続いた声は震えていた。可哀想なほどに。
「だから決めました。僕は、あなたについていく。何が何でも。絶対に離れない。でも、どうしても離れるなら——置き去りにして戻らないと言うなら、あなたを僕から離さないようにします」
どんな手を使ってでも。
そう締めくくられた助手くんの言に、私の口から溜息が溢れます。
「どんな勘違いをしているのか手に取るように分かるので、早々に否定しておきますね。私、戻って来ますよ」
「……そうなんですか?」
「えぇ。親戚の葬儀に出席するだけなので。用が済んだらお土産を買って、即帰国して、真っ直ぐお家に帰ります。その間、きみには研究室の管理をお願いします」
「……捨てられないんですか、僕」
「勿論」
「……良かった。本当に戻らないつもりだったら、地の果てまで追い掛けて殺すつもりでしたよ」
そう言って、助手くんは爽やかに笑う。清涼飲料水のCMさながらに。
はてさて。一体どんな教育を受ければ、こんなヤンデレ風に育つのでしょう。これまでの経験ゆえに、でしょうか。全く、親の顔が見てみたいものです。
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