第9話 二人と王山羊

 大蛇は走る。人では到底出せることのない速度をその巨体から叩き出しながら、その力を使い目の前の障害物をなんとも思わずすり抜け探していた。

 そうして動き回っていたその時であった。

 船の底の方。本来ならば大型の車などが置いてある駐車場のような場所でそいつを見つける。

 がらがらどんだ。そいつは両手に折れた鉄パイプを持ち鉄筋の上にしゃがんでギロリとその真っ赤な瞳でこちらを見ていた。


「よぉ、壊し屋。ついさっきぶりだな」


 大蛇が景気良く言葉を投げかけるもがらがらどんの方は一才返事も何もせず、じっとこちらを見つめていた。

 大蛇はその様子を見るとすぐに、肉体を臨戦体制へと置き換えると、そのすぐであった。

 大蛇の体を巨大な鉄筋が、通り抜け、先の地面へと突き刺さる。


「不意打ちは?失敗か、壊し屋?」


 ニタニタと気色の悪い笑顔を浮かべた大蛇はそのまま地面へと潜航し、この姿を地中深くへと沈める。その様子を見てか、ヤギもその場から立ち上がり、毛を立て、手に持っている鉄パイプを軽く逆手に持ち変へ、その場から急ぎ、移動する。


(ヤロウ。まさかさっきので終わりってこたぁねぇよな?)


(しかし、どっちにせよ壊し屋が変身しているということ何処かに五億が隠れ潜んでいるはず、逃した可能性も高いが、今とるべきはまずは壊し屋の始末!)


(五億の方は俺以外にも狙ってるやつなんぞごまんと居る。どっちにしろ今急がなくても金が入ってこないのは良くねぇが、まぁいい。)


(と、なると──────けっ、)


(壊し屋!あんたは此処で潰す!)


 それと同時に不可逆の死を司る蛇はギアを3上げ、自信を殺し屋から追跡者チェイサーへと可変した。

 ギアの上がった大蛇はそのまま物理法則全てを無視しながら、直進で逃げ回るがらがらどんを追跡する。

 がらがらどんもその様子を見てか、さらにその脚力を生かし縦横無尽に飛び回り、船内を這いずり回るも、一周して戻ってきた頃だろうか、先ほどいた駐車場の辺りに来たところで、蛇の姿が消えてなくなる。

 その一瞬、がらがらどんは一瞬その足をほんの数コマほど、1フレーム程だろうか、遅れをとる。ただ、それだけ。その一瞬、刹那ほどの時間をチェイサーは逃さない。

 その瞬間大蛇な最初の時と同じように床からその大顎をかっぴらき、大きく上へと持ち上げる。その時共に両足の骨が負荷でボグリュリと折れる音ががらがらどんの脳に響くと、そののまま空中にほっぽり出され、そのまままたあの時と同じように大蛇のドス黒い殺気の籠った尾ががらがらどんの体全体に降りかかり、そのまま距離約10m前後離れた壁へと叩きつけられると同時に、背のコンクリートがひび割れ、沈み込む。

 この瞬間まで、大蛇は一瞬たりとも御託を並べず、聞こえるのは研ぎ澄まされた仮面を扱う者としての技術スキルと数ヶ月単位とはいえ、使いずらいであろうインビジブル13を使ってきた経験のみで出来た、私情の一切挟まぬ、ヒットマンとしての影のみがターゲットという光に照らされた、日陰者の、いや日に焼き殺される大蛇の影のみががらがらどんの目には映り込んでいた。

 そして、その瞬間大蛇は壁に叩きつけられてから時間にして4秒後、自らの体をバネのように捻り、ギチギチと筋肉と鱗が擦れ、熱がこもっていく音を立てながらその肉体を身動きのできないがらがらどんもの方向へ

【パン!】

 という、空気の膜を破裂させる音を出しながら突っ込む。

 その大顎をこれいっぱいに広げ、狙うはその面一つ。時間にして1秒もかからない。状態からして一切の抵抗能力はなし。


(勝てる!)


 そう大蛇が確信したその一コマ。突如としてがらがらどんの仮面が外れる。

 仮面を外した状態で大蛇の攻撃をまともに喰らえばまず生きてはいられない。しかし、そんなことは大蛇からすればどうせ適当に処理する予定なのだから無問題だった────────────はずだった。


「よう。!」


 眼前に映ったのは壊し屋ではない。五億───────。


「下院アイ!?」


 その瞬間大蛇は自らの体をそれまでと違い、必死に止めようとする。

 いくらなんでも話が違う。今までは自然と護衛の仕事をしているのだから壊し屋が逃しているとばかり確信していた。いや完全に決めつけていた。していた。だが、今此処にいるのは逃さなくてはならないはずの下院アイその、張本人その人である。

 しかしこの時、大蛇はこいつを殺しても特に何か自分に不都合があるわけではない。もとよりなんらかの形で処理しなくてはなわなかったが、もう間に合わんと諦めていて、他の誰かに任せようとしていたものが偶然自分の元になんの因果から知らないが、現れただけである。それだけ、それだけなのである。

 しかし、この時大蛇の頭に一つの言葉が浮かび上がっていた。


(五億!五億円!)


 バカな話だ。この際金なんぞ気にしている暇なぞないのに、それなのに、大蛇の脳内に鎮座する。黒い黒いドス黒い欲望の釜は蓋を、殺意とプロの根性と言う漬物石を置いといたと言うのに、意図も容易くひっくり返され、その肉体と同じように渦巻き、螺旋つくりて禍ツまとった大蛇へ姿を変え、必死に目の前の金の原石に当たるまいと、肉体、心身、脳みそ全部にブレーキをかけた。

 その時間わずかにして秒にも満たないその数コンマ。

 それを壊し屋は待っていた。

 頭上より壊し屋 特攻者 逆威アギト来襲─────────。


 これより少しばかり前


「しかしだアギト」


「んあぁ?」


 アギトは乗り込み前に買ったカルピスを飲みながら、なんとも気の抜けた返事をする。

 抜け出して、船内の駐車場近くで座って、いっときの休息を味わっていた。勿論。そんな余裕なぞ二人にはなかったが、こうも二日間動いていては体力なぞ持たん上に単純にクズどもに連戦なんぞやってられっか!

 そんな調子で休んでいたが、時間は無い。と言うか此処に留まっていれば、すぐに見つかってしまう。


「アギト、どうする?逃げるか?」


 するとアギトは残ったカルピスを全てラッパのみでノーハンドで飲み切るとペットボトルを投げ捨てて、それまでとは目の色を少し寒色に似た色に変えた。


「悪いが、逃げは意味がねぇ。第一あいつ以外にも外に敵がいる可能性があるからな、それにもし一人でもあっちはそれなりの準備をしているはずだ、素足×2のこっちじゃなんかしらの足用意されたら一瞬で追いつかれちまう」


「つまり─────?」


「好戦一択だねワシは」


 言っていることはわかるし筋も通っている。だが、疑問が一つアイの脳内に浮かび上がる。


「しかし、あいつにどうやって物理的攻撃を与えるんだ?」


 すると、アギトは自慢げな笑い顔を挙げると、ニヤつきながら、ドヤついた態度を取り始める。

 控えめに言ってキショい。


「実をいっちまうとな、仮面でああ言う透過タイプは珍しくねぇんだ」


「アイツは得意げだったけど、そう言うもんなのか?」


「伊達に10年近くこんなのに壊し屋やってんだ、舐めんな!」


 アギトは腕を腰につけフンす!と得意げにポーズをとる


「ああ言うのは大抵2パターンた。」

「一つが、【体の透過箇所が固定されてて常にすり抜け続ける箇所とすり抜けない箇所の二つに分かれてるやつ】こっちの方がこの後のやつよりも対処は楽」


「あいつは違うのか?」


「あぁ、 今のは単純にすり抜けない部分を狙えば良いからな、わかれば楽なもんよ」

「問題が、二つ目だこっちは【全身が透過可能で、透過する部分としない部分を自由に決め変えれるやつ】だ。あのヘビはこっちだな」

「単純に攻撃された瞬間に入り変えればいい訳だから強いも強いよ。割の打つ手なしなことも多いな」


「でも─────あるんだろう手?」


「あぁ、あるぜ、それも超単純な」


 要するに簡単にいっちまえば認識外から攻撃すりゃいいだけの話よ、さっき俺の散りばめた瓦礫が刺さったのもそれが理由だな。

 要するにあのヘビ野郎をぶちのめすにゃぁよぉ────────。


「不意打ち上等───。」


 全身の透過状態が解除された大蛇の肉体はどんな方向からの接触も可能となる。

 控えているは、壊し屋アギト。

 天空より振るい落とされた、豪雷という名の鉄パイプの一撃が、蛇の仮面に向かって驚くほどの直線上で追突する。

 大蛇の断末魔という名の勝利の鐘が二人を讃える。


第1ゲーム【船上の野槌】

クリア


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