第3話ヤギとサソリ その3

 わしはもっとこの仕事は楽なもんだと思っていた。

 もしやり過ぎてもあれを使えば一発なんだし、まぁ痛めつけて黙らせればいいだろうと思っとった。オレのこいつは異形の姿へと変わり、そしてこの自由自在に動く10本の刃と聴力を授けてくれる優れもんだ、刃がワシの意思の通りに勝手に動いてくれるし、聴力を使えば音の反射を使って、視覚以上の空間認識能力をもち、どんな暗闇だろうと360°全方位が感じ取れるようになっちまう。

 しかし、だ。

 アイツはワシの想像を超えやがった。ちょいとナイフで傷つければ黙って何にもしなくなると思っとったが、いくら傷つけても対して意味を成さず、黙り込んでるその間もまるで闘志が消える事なく、どこかでワシの場所を探り入れるように行動を一つ一つ起こすたびに奴にヒントを与え、こっちが自分の首を絞めているようなそんな奇妙な感覚に襲われた。

 今はどこかの部屋で扉を背にしながらこっちを警戒してやがる。そう感じ取った瞬間であった。なんの脈絡もなく大きな地面を蹴る音が響く、その瞬間こっちの敏感な耳にノイズが走り、周りが一瞬見えなくなる。奴はこっちの手に気づいていたのかは知らない。だが、奴はこの状況で、こっちを出し抜きやがった。

 見えてきた時には奴は何処かへ走り出していた。方向は先ほどまで奴がいた茶の間の方向。オレはこの時思わずこう思ってしまった。


(まずい!逃げられる!)


 オレはこの時内心少しばかり焦っていた。このままでは間違いなく逃げられる。そう思い込んでしまったのだ。もし家から出られたらエコーが室内の10分の1まで下がってしまうことを加味しても、生身の人間とこの姿の方ならばこちら側の方が圧倒的に有利なことを咄嗟の判断に任せ、思わず、思わず仕留めねばと5本射出した。しかし、咄嗟に放ったためだろうか、うち2本は標的から逸れた方向に飛んで行き、残りも急所には刺さるものの、深く刺さらなかったためか深いダメージを与られず、奴の足を止めることはできなかった。

 どたん。

 しかし、ワシの予想に反して奴は突然としてその場に倒れる。

 どうやら流石にオレが最初につけてやった傷は流石に効いていたようで、心臓の鼓動もどんどんと弱くなっていくのがわかる。


(もうこれ以上の攻撃はいらんかぁ)


 そう思い込んで伸ばしていた足をすべとこちらに引き寄せた瞬間だった。奴は何かをその場で掴み取ると、顔の方へと近づける。


「しまっ、?!」


 気づいた時にはもうすでに手遅れであった。男はその場にむくりと立ち上がる。しかし、その風貌はまるで別物へと変化している。体は黒みかかったざらざらとした剣先のような毛で覆われ、足は逆関節へと変わり果て、つま先は二つに割れて、銀色がかった頭部の毛は月明かりを反射している。全身には筋肉がつき、腕は先こそ人と同じ5本指だが、獣がかる毛に覆われとても人のものではなかった。

 そして、そいつの顔は藍色の瞳に金色の大角を二本頭に着飾り、口元が乱雑に縫い付けられた、大山羊であった。


[がら、がら、どん]


 そいつはシンプルなもんだよ。


「暴力にはより強い暴力で抵抗すればいい」


 たったそんだけの存在なんだと。

 がらがらどんは瞬きひとつの間にわしの目と鼻の先に立つふさがると、次の瞬きの時にはわしの横っ腹に蹴りを入れてきやがった。衝撃は凄まじくわしの肉体はまるで野球ボールみたいな勢いで遠くへ飛んでいき、勢いよく着地点にあった車をぶち壊しながら貫き、地面へと転がり止まる。

 急いで体勢を立て直そうとするも、衝撃からだろうか、うまく体が言うことを聞かず、動かせる数本のナイフでスクラップとなった車をこちらへ近づけ、バリケードのように自分の体を隠すように配置する。

 次の瞬間であった。車の方に衝撃が走り、そこから車がまるで切り絵みたいにぶっ壊れて宙を舞う。

 が、そこに蠍の姿はすでになく、がらがらどんがなぜかと首を傾げると、突然体に鎖がまとわりつく。

 蠍は車が破壊される直前に上へと飛び上がり、近くの電柱に捕まりながらこちらをより強く縛り付けてきた。


「ちきしょがよぉ、テメェさんも面者かよめんどくせぇ、」


 蠍男はこちらを面者と呼ぶ。


「そっちもこれ持っとんのは意外だったが、まぁ。ワシのと比べたら単細胞な感じですがねぇ」


 勝手にベラベラと御託を調子よく並べるサソリにむかつくが、こちらが声を出そうとしても、口元がなぜか縫い付けられて口を開けず、詰まった音がその場になるだけだった。


「けっ、口も聞けんのかいな、まぁいい。おい羊」


 蠍はオレを縛っていない残りのナイフをまるひとまとめにぐるぐると巻き上げながら言う。


「なんでワシがこんなベラベラと話してるかわかるか?」


 オレはじっと螺旋状なったナイフがこちらを見てくる。


「これでお前さんをぶっ壊せっからだよ。タコ助!!」


 次の瞬間。オレの顔目掛けて銀色の螺旋状になった鎖はドリルのように回転し、直線上に突っ込んでくる。が、その瞬間オレは何を考えるまでもなく、その頭を差し出した。ただ、差し出したんじゃあない。こんな扇風機以下の回転力の一撃なぞ、オレの頭の金色のツノで十分だ。

 ツノとドリル紛いは激しく衝突し、大きな火花を立てながら硬直する。

 蠍は縛っている鎖をよりより強く締め上げるが、まともに聞いていないのか、両者一切のズレもなくその場で激しくぶつかり合っていた。

 その時であった。蠍は一瞬。ほんの一瞬の考えが頭をよぎる。


(縛っているあの鎖。こいつ剥がして攻撃に転用すれば。)


 その時、蠍は鎖のバラリとときヤギの頭目掛けて勢いよくそいつを飛ばす。

 外れたその瞬間。ヤギはドリルを上空へと弾き飛ばす。


(ちぃっ!だが、ここまでは予想の範囲内。このまま急所を狙う!)


 ナイフはがらがらどんの顔面目掛けて突っ込むが、パン!という空気の破裂するような音と共にナイフは粉微塵に砕け散る。が。

 怒号と共にがらがらどんの体が宙に浮かび上がり、状況もわからないまま続いて空中から地面へと何かで叩きつけられる。

 目前の先にあったのは巨大なドリル。あぁくそっタレ油断していた。やろうのドリルは未だ回転を休めることなくこちらの様子を覗いている。


「なぁ単細胞?」


 全身を強く打ち付けた影響だろう。体全体が激痛に襲われながらも立ち上がる

 やろう。表情もくそも変わってねぇの笑ってんのがよくわかる。


「テメェよぉ。一体全体何もんなんだよ?」


 急にこっちに探りを入れてきやがった。


「正直よぉ普段はこんな殺しにかかわる仕事はヤラねぇんだが、あんまりに報酬がいいんで引き受けてみたが、しっかし謎が深まったばっかりだぜ」


「てっきり実は極悪人とかヤベェ技術持ちとか思ってたけど。まぁ、そんなんじゃねぇよなぁ」


 どういう意味だと言うのか、そもそもお前こそなんなんだよ。


「今だってオメェのつけてるそいつがフィジカル全振りのタイプだからなんとかなってんが。使い慣れてねぇのが丸わかりなんだよ」


 クソォ。


「まぁあばよ。楽しかったぜ」


 轟音と共にドリルがこちらに向かって突っ込んでくる。ドリルもさっき壊した

ナイフも復活し、威力は先ほどの二倍ほどに跳ね上がっている。


「がぁ、ぁ!」


 その瞬間口を渾身の力を込め開いたのが原因か、口周りを回り込むように着いていた金属でていた拘束具のようなパーツが粉々に砕けて散る。


「、、き、、、かっ、、、」


「ギィっ!」


「好き勝手言ってんじゃねぇ!!!」


 本能的にだろうか、オレは飛び上がると渾身の力を込めた蹴りをドリルにぶつける。

 肉と骨が引き裂かれる音が、痛みが脳に響き渡る。


「無駄なんだよすこっタコ!テメェがそいつをどうにかしたってこっちにゃかすり傷もつかねぇんだからなぁ!」


 確かに奴の言う通りだ。こいつをどうにかしたって現状は対して変わらないのはわかってる。だが、ここで引くわけにはいかねぇんだよ!


「ふっ、、、!とっ、、、、あぁ!!」


「吹っ飛べ!!!」


 蹴り上げた右足が吹き飛ぶのと同時にドリルは蹴り上げられあらぬ方向へと飛んでいく。


「キッはぁ!!!わりぃがこいつで今度こそとどめだぁ!!」


 が、しかし。ドリルが言うことを聞かない。

「オレはお前には勝てねぇ」


「だがな」



 がらがらどん。装着に対し金色の槍と白い鎧を与える北欧の王たる仮面。

 そして、強靭な肉体による近接戦を得意とし、そして特質すべきはその特殊な力。足で蹴ったものの軌道を操ることができる。

 ノウェムピウスも必死に争おうとするも、自らの一部であるはずのドリルは一才のこちらの指令をきかずにこちらにその勢いをやめず突っ込んでくる。


「ちくしょぉ!ここで負けるわけにはいかねぇんだよ!ガァぁ言うことを聞きやがれオレの体ぁ、、、、、。」



「ちくしょぉ、ごめんな。姉ちゃん──────っ!」


 ドリルはノウェムピウスの体全体にぶつかると少し経ち、その場から姿を消す。

 いつの間にかアイのつけていた仮面は取れていた。


「じいちゃん。あんたは一体─────。」


 意識が完全に吹き飛び、その場に残ったのはひとつの仮面と二人の面者のみであった。





 ノウェムピウスvsがらがらどん

 勝者がらがらどんと下院アイ



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