第2話 ヤギとサソリ その2

 とある片田舎の町。

 世闇の中をかける一匹の魔獣がいた。そいつは人のような姿をしていながら顔面には巨大な瞳と辮髪のように1箇所に纏められた長い赤紫色の髪を持ち。体は崩れたブリキの人形の様に両腕が途中で引きちぎられ、上半身に円盤状の最早足腰とは呼べぬ異形の下半身に9本の鎖が付き、その先には鋭いナイフが付いていた。

 人口600人の少子高齢化どころか微少子極大高齢化と言わんばかりの現代日本を体現したような田舎にとんでもない爆弾が眠っている。

 本来ならこんな田舎にわしが赴く必要などないはずだが、そうは言ってられん。使っていない足で器用にケータイ電話を使いこなし、一枚の写真を取り出す。写真に写っていたそいつはツンツンとした黒い髪の毛に頭悪そうにヘラヘラと笑う特に何も違和感がない凡庸な大学生であろう。しかしこいつを生きたまま場所まで持っていけば賞金三億円。殺してても二億はよこすわけだ。

 勿論こいつは連続殺人鬼でも放火魔までは無い。犯罪歴などかけらもないむしろ過去に街中で心筋発作で倒れた老人に対して適切な対応をしたことで表彰されたことすらあるような人間にだ。そんな善人になぜこれ程の多額の金がかけられた理由を私は知らんしかしだ、これ程の安上がりな仕事もない普段こんなブラックな仕事はしないが今回ばかりは他の付属物も気になる

 何よりワシには他の人間にはない唯一無二の武器がある。

[ノウェムピウス]

 今宵は新月。こいつのテリトリーだ。


 とある片田舎のちょいとした古風な広い家に一人ぽつりと男が茶の間であろう場所でだらりと大の字で横になっていた。

 しかし、どこか飽きたのか、テーブルの上にあった木箱と三つにおられた紙を取り出す。

 なんの気無しにじいさんの書いた文を開く。


(こいつを読んでるってことはわしは死んだのだろう。アイ。これからお前に少しくらい話をすることとなる。)


 普段のじいさんの言動のノラリクらりしたものではなく、律儀に少しばかりかしこまったような文章が書き連なっていた。しかしながら、文はまだ続いておりオレは続きを読み進める。


(まずこの文章を読むのなら一緒に渡されてあるであろう木箱を開けて中にあるものを見てほしい。)


 オレは言われるがまま木箱の紐をしゅるりと解く。

(中に入っているそいつは)

(お前さんの身を守ることのできる唯一の武装)

 オレは生唾を飲み込むとギシリとミイラの面を外すように木箱の蓋を開ける。

(そう!そいつは!)

 中に入っていた物はたった一つ、いや。たった一枚。

「お面・・・。」

(仮面だ!)

 木箱の中にあった一枚の仮面がピッタリとはまり込むかのように箱の中にあった。お面の外見はなんの撚りもなく見たまんま羊を模したような外見で一般的にオレが見たことのあるような狐やひょっと見たいのじゃなく。黄金色のツノと真紅の瞳の羊であった。

(そいつはお前の肉体を大きく変える劇物だ、簡単にはつけるなよ)

 オレは遺言書を読むのをやめその仮面を手に取ってみる。重量は大した事はなく、片手で持てるくらいの重さ、羊の顔は白い体毛を再現するように綺麗な彫りが彫られ、目は飲み込まれそうなほど紅く紅く紅く。真夏の太陽を直視したくなるかのような、見ていればダメになってしまうような輝きがそこにはあった。ツノは黄金色に輝きながらその狂気性をその奥に隠すのではなく奥の奥に静かに吐息一つ外界に漏らさせずに潜ませていた。そしてその裏面に一文がポツリと載っていた。


「がらがら・・・どん?」


 しかし、こいつには一つ大きな欠点があった。こいつには一切の留め具がついていなかった。ベルトや紐で縛って固定する事はできず、輪ゴム一つですらそいつについておらず。被る事はできるだろうが固定する事は叶わない。

 オレはこんな物でどうしろってんだと思うが、そういえばまだ遺書の続きがある事に気がつき再び文を手に取り続きを読み始めようとする。

 しまった。どこまで読んだかわからなくなってしまった。適当に文を目で追っていると、とある一節が目に止まる。


(これからお前の首を狙った奴らが現れるだろう)


 は?

 そんな言葉が喉奥から現れる。冗談にしたってきついぜそれは。しかし、後ろの方を見るもどこにも[嘘だの][冗談]なんかの言葉を見つからず、仕方なくまた続きから読み始める。

 文は仮面についての説明な一切なく、ただ、その後は特にこれといった事は書かれずに


[これからお前の元に首を狙ってくる人間たちが現れるだろう。]


[そいつはお前に与えられる唯一の防衛手段だ]


 そして最後に一言


[東京に向かへ。無事を祈っている]


 そうして遺書は終わりを告げた。

 手に持っていた遺書をポトリと手から落とすと、何も考えられなくなり、なんとなくケータイからマイさんへと電話をかける。

 しかし電話がマイさんに通じることはなく。無機質な機械音声が聞こえてくるだけだった。

 最後によくわからないものを残してまともに答え合わせも何もなく、深夜に一人ほっぽり出されてしまったアイは「あぁー!!クソっ!」と一人汚く吐き捨てると途端に面倒くさくなったのか手に持っていた携帯をその場に投げ捨てると、寝室に行って今日はもう寝ようと思い立ち、ふらりと立ち上がり、そのまま歩き出す。


(一体じいさんとマイさんは何を考えているのだろうか、こんなふざけたことなんてやらない人たちなのになぁ)


 そんな時、そいつは突然とアイを襲った。

 屋根を突き破る音と共に肩に刺さる銀色のナイフ。そいつは深く深く肩に突き刺さり、熱い痛みがアイへと襲ってくる。

「へ?」

 しかしアイはそいつを見ることはできなかった。あまりにも唐突な今まで感じたこともないような激痛に脳の処理が追いつかず、またゆっくり痛みが襲ってくる。しかし、そんな痛みをより深く与える様にナイフは奥へ奥へとズルズルと体内へと入ってゆく。

「やばい、こいつはまずい!」

 咄嗟に抜こうとナイフの尾の方についている鎖を掴み思いっきり引っ張ると意外なことに簡単に抜き取ることができた。

 へっ、と声が出るが。ナイフを遠くへと投げさるとその場からすぐさま距離を置き、ナイフの方へと目をやるが、すでに投げた方向にナイフはなく、オレの血溜まりがその場に残るだけだった。


(ナイフはこの際いい。今は血を早く止めないと)


 方からは血がまだダラダラと出てきており、とにかく早く止血せねばと洗面所のタオルを取ろうと傷口を手を抑えながら歩き出す。


「ギシィ・・・。」


 床板の軋む音と共に窓ガラスが割れると同時にまだナイフが勢いよく飛び出してくる。アイは先ほどのこともあってかすぐにその場からよろける様に前方に飛び出し、ナイフは2本は床に刺さるとすぐさま飛び出してきた方向へウミヘビの様に戻っていく、とその瞬間刹那であった。4本のナイフが飛び出してくる。

 咄嗟に避けようとするも、間に合わずそのうちの2本が腹に深く突き刺さる。


「あ。かぁあは、、、。」


 痛みからか、息が追いつかず、喉が空っぽになりながらもアイは咄嗟にナイフを2本ともより深く入ってくる前に抜くと床を必死に這いつくばりながらも目的地であった洗面所まで辿り着くことはできたが、とうに応急処置でどうにかなるレベルはとうに超えており、なんとかあのナイフから自分を守ろうと扉を縦にして息を整える。

 その間も血は一向に止まる気配はなくどくどくと垂れ流れており、近くのカゴをひっくり返してその中にある生乾きのタオルをつかむと傷口へ思いっきり押し付ける。しかし、そんな素人行動など大した意味を持たず、一向に流血が止まる様な様子はなかった。

 今にも飛びそうな意識の中必死に思考を回す。このわけのわからん状況を乗り越える方法。正直こんなことは言いたくないがこのままでは自分が消えちまうのは考えなくともわかる。ナイフを飛ばしてきたやつもその事に気づいているのか攻撃を仕掛けてはこない。警察や消防を呼んだところで上をどうにか出来るわけがない。


「つみ、かぁ、、、。」


 ふと言葉が溢れる。そんな時ふと、あれを思い出す。


「人生最後なんだ、」


 口元が少し上がる


「─────悪かぁねぇ!」


 次の瞬間オレは拳を思いっきり床に叩きつけて、走り出していた。目的地はわかっている。

 しかし敵も油断なんかしてはいなかった。走り出したと同時に5本の刃がオレの方に磁力に引っ張られる砂鉄の様に飛んでくる。だが、そんなものに構っている暇はない。3本ほど腹と胸に命中するが、その足は止まる事なくまるで動じる事なく突き進む。火事場の馬鹿力というものなのだろうか痛みなどもうすでに感じなくなって五感が真水の様になった時ついに体は立つことも叶わなくなる。しかしだ、どうやらオレは存外神さまに見捨てられてなかったらしい。倒れた先にあったそいつをオレは一才の思考を捨て正気のなくなった顔に貼り付ける。

 気がつくとオレは立ち上がっていた。

 金色の角を持つ北欧の王の化身たる大山羊はゆっくりとその白色の肉体を月明かりに照らされながら立ち上がる。

 ねらうはなんぞ?ねらうはなんぞ?

 あはとうに見えておる。

 そんなもん肉体が、心が心身共にてめぇのことを知っている。

 狙いは見えた。あとはうつのみなり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る