#22 届かぬ思い (2)

 マークスは、ただ驚く――。

 先ほどまで俯き黙ったままだったデヴィッドが、相手の武装兵を顔面の原型が崩れるほどの強さで殴り殺している。

 無論、デヴィッドにそのような力があるとはマークスは思っていなかった。


「おい!どうしたんだよ、おっさん!」


 必死に叫ぶも、デヴィッドには届いていないようだった。だが、声に気づいたのか、デヴィッドはマークスの方を振り向き、目を見開く。

 瞳に赤白い光が浮かび上がり、異様な出立をしていたデヴィッドはマークスを見つめ、ふと我に返ったのか、苦しそうに頭を抱える。


「…ゲホゲホッ……!…逃げろ…!…私から………離れるんだ…!」

「……な、何なんだよ……。急に逃げろって……、意味分かんねぇよ!!」


 マークスは、突然のデヴィッドの言動に驚きを隠せない。その時、デヴィッドの背後から銃口を向ける兵士が立っていた。


「……この化け物め……!!死ねぇぇええ!!」


 ――すると突如外から、「ドドドドドドドドッッ…!!」と銃声のような音が聞こえてきた。

 その音により、銃弾を撃ち込もうとしていた兵士は銃口を下に向け、マークスも驚き立ち尽くしていた。


「……こ、今度はなんだ…!?」


 マークスがそう言った次の瞬間、玄関扉の側にある窓に、「…ビシャッッ!!」と血痕がつく。

 マークスが窓を見て驚いていると、鍵がかかった扉の向こうから、「ガチャガチャ…!」と扉を開けようとする音が聞こえてきた。

 すると、「…せーの!!」という男女の声が聞こえ、次の瞬間扉が打ち破れる。

 マークスは、打ち破れた扉の方を見ると、そこには銃を手にしたエイトとカミラの姿があった。


「…マークス!!大丈夫!?」

「…エイト!!…カミラさん!!」


 エイトの声にマークスが声を上げると、兵士は手に持っていた銃を再びデヴィッドの方へ向けた。

 カミラは兵士が身動きできなくなるように、兵士の左足を目掛け銃弾を撃ち込む。命中した兵士の太ももから血飛沫が上がる。


「い、ぎやあああいいい!!!い、いた…!!!い、痛ああああいいい!!!」


 エイトとマークスが驚愕しているとカミラは、「二人とも、下がってて…」と言った。


「本当はこんなことするつもりはなかったわ……!だけど、このままだったらあなた達の思うままにされる……!だから、やられる前にここ一帯の兵士達を私とエイト君で……殺したわ……!」


 そう言った後、悲鳴を上げる兵士に向かって、カミラは問いかける。


「…ここにいる兵士はもうあなたしか残っていない……。そこで、あなたに聞きたいことがあるの。答えてくれたら、命だけは助けてあげる……。リチャード達、グレイス家が指揮を取っているとは一体何?」


 カミラの問いかけに対し、兵士は痛みに耐え苦しみながら、「…フフッ…!フフハハハ…!口を裂けても話すものかっ!!」と言って、カミラの方に向かって唾を吹きかけた。

 兵士の唾がカミラの服についた瞬間、カミラは銃弾を兵士の右足に撃ち込む。


「…い、いやああああああ!!!いたあああああああああいいいっっ!!!」


 エイトとマークスは、カミラの容赦ない行動に度肝を抜かれていた。カミラは続けて、銃口を兵士の頭に向ける。


「…あなた達が、街や国はおろか、世界までも終わらせようとしているということをこの耳で確かに聞いた!!もうじき私達が呪縛カースによって苦しみながら命を終えるということもねっ!!あなたのお仲間の兵士が話していたのよ!!」


 兵士は苦しみながら痛みに耐えているところを、カミラは銃口を更に頭に近づける。


「……あなた達は…、一体何をしようとしているのっ!!?」


 カミラが必死に叫ぶ。しかし、兵士は何も答えようとせず、不敵な笑みを浮かべながら、胸ポケットの中へ手を入れ、何かを取り出そうとしていた。

 すると、後ろで苦しみに耐えていたデヴィッドが突如兵士の両腕を掴み、そして身動きが取れないよう羽交い締めをした。


「…は、早く…!!逃げろぉお!!」


 デヴィッドがエイト達に向かって叫ぶ。すると、カミラは何かに気がついた。

 兵士の手には、掌ほどの大きさの手榴弾がある。


「…ば、爆弾よ!!」


 エイトとマークスはカミラの声を聞いて、兵士の手の方に目を向けた。


「……ま、まずい……!!早く離れないと!!」

「……おっさん!!ソイツから離れろっ!!」


 声を上げるエイトとマークス。デヴィッドはそんな二人を、瞳に赤白い光を浮かべながら見つめた。


「…ゲホゲホッ…!…私のことはもういい…!頭が…はち切れそうに痛いんだ…!私にはもう……時間がない……。…今までの行いに対する報いだ…。…マークス……、すまない……。…私が…、お前に……、本当に悪かった……!」


 デヴィッドが兵士の両腕を力の限り掴みながら話す。


「……な、に…!?…何のこと言ってるのか、さっぱり分かんねぇよ!!」


 マークスはデヴィッドに向かって叫ぶ。


「……償おうとしても…、償いきれない……。…ゲホゲホッ!…悪いのは私だ……。…良かれと思って、お前のことを黙っていたが…、…それが間違いだった……。…こうして命の終わりが近いという時に今更気づくなんて……。……私が…グレイス一族に関わってしまったことが最大の罪だった……!!……だから、マークス……、お前は何も悪くない……」


 デヴィッドは、「離せ…!」と何度も何度も抵抗する兵士の手を食い止めながら言った。


「…お前が罪を背負うことや罪を感じることは何もないっ…!!お前は心の優しい純粋な人間のままでいて良いんだっ…!!」


 マークスはデヴィッドの話す言葉に驚いていると、カミラはエイトとマークスの手を引き、急いで屋敷から外へ出ようとした。

 エイトは驚き、マークスはデヴィッドの方を向く。デヴィッドの力が段々と弱まってきたように見えた。しかし、デヴィッドは力の限り叫ぶ。


「だから生きろっ…!!生きて…、生きて生きて、コイツらの計画を終わらせてくれぇぇえ!!」


 デヴィッドの叫びが響き、エイト達三人が屋敷の中から外へ出た瞬間、屋敷は大きな爆発音と共に炎の渦に包まれたーー。


「おっさあああああああああんん!!!」


 マークスは屋敷に向かって叫ぶ。

 そんな矢先、マークスは何かに引っかかり、その場に転んでしまった。マークスは周辺の光景を見て、地面には沢山の兵士の死体がいたる場所に倒れていることに気づく――。


「…そんな……こんなことになっていたなんて………!」


 マークスは、地面に自ら頭を叩きつけ、泣き叫んだ。


「うああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 頭を抱えながら、錯乱し、マークスは状況がうまく整理できていないようだった。そんなマークスの肩に、エイトは手をそっと置いた。


「……意味分かんねぇよ………!!…おっさん、ちゃんと分かるように言えよ!!!」


 炎で包まれた屋敷を前に、マークスは涙を流しながら何度も地面に拳を叩きつける。


「……どうなってんだよっ!!……俺の…俺のせいで……おっさんは殺されたのか……!?……もうわけが分かんねぇよっ!!」


 激しく慟哭するマークスの肩をエイトとカミラはそっと抱え、ゆっくりと立ち上がらせた。


「とにかくここは危ない…!!今は一旦ここを離れましょう…!!」

「…そうね…!!早くここから逃げましょう…!!」


 泣き崩れるマークスにエイトとカミラは必死に訴えかけながら、二人はマークスの肩を抱え、三人は燃え盛る屋敷を後にするのだった。

 マークスはいつまでも、振り向きながら屋敷の方を見つめていた――。



 ◇



 ――場所は、中央街・総合病院近く。


「…すまない…!…すまない…!」


 レオナルドは、ハーディの泣き崩れる姿にただ驚いていた。そして、そばにいたカリーナがレオナルドに向かって話す。


「…私達は今、同じ状況下にいるんです!こんなところで争っている場合じゃないですよ!…私は先生達の間柄をよく知らないし、何も言える立場ではありません…!だけど、とにかく今は…」


 カリーナは話しながら、周辺にいる苦しむ街の住民を見回した。


「ここにいる沢山の人達を助けないと…!ヒルトン先生だって、総合病院ここに来るために走ってきたんじゃないんですか!」


 レオナルドはカリーナの言葉を聞いて立ち上がり、周辺を見渡してそっと目を閉じた――。

 そして、カリーナの方を向き、「…そうだな…。ありがとう、カリーナ」と言って、再びハーディの方を向いた。


「…今は、ここにいる人達を助けなければいけない。それが私達、医者の使命だ。…だが、俺の力だけではどうしようもできない…。…だから…」


 そう言って、レオナルドはハーディに頭を下げる。


「今のあんたにも人を救いたい気持ちがあるなら、グレイス家のことは考えずにここにいる人達を受け入れろ…!俺も力を貸す」


 ハーディはレオナルドの言葉に目を見開いた。そして、レオナルドは周辺の人々へ言い渡す。


「皆さん、これから病院へ行きます。病院へは、落ち着いて一列になって入るようにしてください。良いですね?」


 身体の痛みに苦しむ人々は、レオナルドの言葉を聞いて頷く。


「…ゲホゲホッ!…せ、先生がいらっしゃるなら…安心だ…」

「…そうね…。ゲホゲホッ…!…とにかく、落ち着いて行動しましょう…!」


 そう言って、街の人々は立ち上がった。

 ハーディが引き連れた看護師達は、街の人々を病院へと先導する。カリーナもナンシーを背負い、アトウッドもハリーとアニーを背負いながら、街の人々を気遣いつつ先導した。

 レオナルドはベイカーを背負い、ハーディに向かって話した。


「…兄さんが今までやってきたことは間違っている。俺はそれを許す気はない…、これからもな。だが、あんたがまだ人であるなら、グレイス家が行なってきた罪の重さを理解できるはずだ…。…だから、あんたを信じるよ」


 ハーディは、数年ぶりにあった弟・レオナルドの言葉を深く胸に刻むようにして、その場に立ち上がり、白衣の襟を正した。

 そして(ここにいる人々を苦しみから必ず助ける)と心に決めるのだった――。


「…絶対に救ってみせる…!!」



 ◇



 ――エイトとカミラは、放心状態のマークスを引き連れ、やっとのことで街へ戻って来た。しかし、そこには人の気配がない静かな街の姿があった。


「…随分と静かね…」

「…そうですね…」


 エイトとカミラが話しているとそばで女性の「…ゲホゲホッ!」と咳き込む声が聞こえてきた。

 エイトは声のする方を振り向くと、女性が地面に倒れているのを見つける。

 その姿は、ボールドウィンだった――。


「…ボールドウィンさん…!」


 カミラが駆け寄り、倒れていたボールドウィンに懸命に話しかけるが、彼女は意識が朦朧としているようだった。ボールドウィンのおでこにカミラが手を当てる。


「…熱い…!凄い熱よ…!とにかく、レオの診療所に行きましょう!」

「…は、はいっ!」


 カミラはボールドウィンを抱え、エイトも肩に手を回し、病院へと向かおうとする。するとエイトのは、向こうから誰かがこちらへ向かって来るのを見つけた。

 それは、昨日に酒場・カムパネルラで出会った、オーナーとウェイトレスのメグだった。

 しかし、メグは咳き込み、ぐったりとした様子でオーナーに背負われていた。


「…どうしたんですかっ!?」


 エイトは驚き、オーナーに問いかける。


「…ああ、みんな…!いやぁ、メグが高熱を出してしまって…。しかも、それがメグだけではなく、この街一帯で高熱の症状が出ている人達が沢山いるらしくて、今、一斉にみんな中央街の総合病院へ向かったみたいなんだ…!」


 オーナーがそう話すと、マークスはハッとしたようにして呟いた。


「…ハリー達は…?」


 エイトはマークスに、「ハリー達には、カリーナが一緒にいるから大丈夫だよ」と話す。

 しかし、カムパネルラのオーナーが、「…そうだ…!」と声を漏らした。


「さっき、昨日のお嬢ちゃんやニックさん、ヒルトン先生がハリー君達やベイカーさんを抱えて走って行ったのを見かけたぞ?…もしかしたら、ハリー君達も高熱を出したんじゃ…」


 そう話すオーナーに向かってマークスは必死になって、「中央病院に向かったんだなっ!?」と問いかける。

 するとオーナーが、「…あぁ、さっき…」と話している途中で、マークスは走り出した。


「…マークスっ!!」


 エイトはマークスに向かって叫ぶも、彼は振り向きもせず、中央街の総合病院の方へと走っていった。


「…僕達も行きましょう!」

「えぇ!」


 エイト達はマークスに続いて総合病院へと走り出すのだった――。

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