#21 届かぬ思い (1)

 グレイス家の手下である四人の武装兵を倒し、カミラは銃や銃弾など、使用できる武器を調達していた。

 エイトも銃を手に持つが、手が震えて上手く持つことができない。目の前には倒れて気を失っている武装兵と、一人額を弾丸で撃ち抜かれ死んでしまった武装兵がいる。

 エイトのは、ロスターの街で見た爆発による多くの遺体よりも、まだ体温が残った遺体の方が遥かに生々しく思えた。


「…エイト君、銃を扱ったことなんてもちろんないわよね…?」


 エイトは無言のまま、立ち尽くしていた。


「…エイト君?」

「…は、はいっ!!」


 カミラに呼びかけられ、エイトはハッとした様子で返答する。


「…はい…!…初めて持ちましたけど、結構重みがありますね…!」


 エイトは初めて銃を持ち上げ、その重みに驚きながらこれから生きるか死ぬかの境界線に自分が立つのだということを実感していた。

 そして、武装兵から取り上げたボディーアーマーを身につけていると、カミラは俯きながら話した。


「…ごめんなさい…。驚かせたわよね…。私、怒りに任せて、銃の引き金を…。殺すつもりはなかったの…!」

「…は、はい、分かってます…。緊迫した状況で…、仕方のないことだった。カミラさんは、ただ正当防衛をしただけのこと…。ただそれだけです」


 エイトはカミラにそう話すと彼女は、「…ありがとう…」と言った。


「だけど…、あそこまで格闘術や銃の扱いに長けていたなんて…。…カミラさんは、一体何者なんですか…?」


 すると、カミラは弾丸を銃に詰めながら、昔を懐かしむように話し始めた。


「私の父は、元々街の憲兵だった人だったの…。それで、私、子供の頃から父に『将来は憲兵になれ』と言われ続けて、毎日対人の格闘術を教えられたり、銃の扱い方を教わったりしていたのよ…」

「そうだったんですか…!だからか…」

「…まぁね…。だけど性に合わなかったのよね。私は元々、考古学者を目指していたから…。だから、私は父によく反抗していたわ。…それから父は私が一九歳の時に亡くなって、私は本気で考古学者を目指そうとしていた。…でも、そんな簡単な道ではなかった…」


 エイトは銃に弾丸を詰めながらカミラの話を静かに聞く。そして、エイト達は銃を構えながら、デヴィッドの屋敷へと続く道を再び歩き出す。


「…何度も後悔したわ。父の言う通り、憲兵になれば良かったのかもしれないって…。でも、あれから二〇年近く経って、国が何もしてくれなくなって、街の身分制度もどんどん差が開き、憲兵も国ではなく貴族の方針に従うようになった。まるで五〇〇年前のように…。私はそんな現状が許せなかった…、腹が立った……!だから、私は憲兵にならなくて良かったと思ってる。だけど……」


 カミラは、黙りこみながら俯く。


「…本当に憲兵にならなかったことが正解だったのか、今も悩んでる。そうしている内に私は四五歳になった。でも、今までの自分の生き方を悪いとは思ったことなんてないわ。それに、現に今、父から学んだ格闘術が役にたったんだからね」


 静かに笑顔を見せるカミラを見て、エイトはホッとする。


「…だけど、本当にびっくりしましたよ…。いきなり四人の武装した兵士に一人で飛びかかっていくなんて…。…僕、怖くて何もできませんでした…。…すみません…」


 エイトは申し訳なさそうに話すとカミラは、「いいのよ…」と言った。


「…あなたの役割は、相手の心から情報を掴むことだったんだから。…それで、相手の心を読んで、何か分かった?」


 カミラの問いかけに対し、エイトは頷いた。


「はい…。奴らの心からは、『……早く様に伝えなくては……!!このままでは、が台無しになってしまう!!』という声が聞こえてきて…」


 エイトがカミラに話すと、彼女はハッと気づいた様子でその場に立ち止まり、「…リチャード…!!…それに、あの兵士の話していた言葉……!!」と呟く。

 エイトはカミラが呟いた言葉を聞き、兵士が死ぬ間際に話していた言葉を思い出した。


『…フフ…ハハハハハ!!…殺すなら殺せ!!どうせ、この街も!国も!世界までも終わるのだからな!! もうじきお前達は呪縛カースによって苦しみながらその生涯を終えるのだ!!ハハハハハ!!アハハハハハ!!』


 カミラは顔を引きつらせた。


「…グレイス家は、この街を滅ぼすつもりなの……!?」


 エイトはカミラの言葉に絶句する。


「…ど、どういうことですか…!?」


 エイトのはカミラへ問いかけるが、彼女からの返答はない。カミラはそのまま、ただ立ち尽くしていた――。

 『呪縛カース』という力――、その存在をエイトはまだ知らなかった。だが、この力がのちに起きるであろう悲劇の幕開けに繋がっているということをエイトの達はまだ知る由もなかった。

 そして、地獄へのカウントダウンが最後の一秒までに差し掛かっていることにも気づいていなかったのだった――。



 ◇



 ――場所は、セレタ、中央街。

 カリーナとレオナルド、アトウッドは、それぞれベイカー、ハリー、アニー、ナンシーを抱えながら、街の大きな病院へ向かうために足を走らせていた。

 やっとのことで、総合病院のある中央街へ辿り着くと、そこには信じられない光景が広がっていた。

 ――三人は街の様子を見て絶句する。街には、沢山の貧しい民達が座り込んでいた。


「こ、これは……どういうことなの…!?」

「…何故だ…!?何故、貴族しか住まないこの区に、こんなにも…人がいるんだ…!?」


 二人が街の様子に驚いていると、近くにいた男性が話しかけてきた。


「…ヒ、ヒルトン…先生……ゲホッ!ゲホゲホッ!」

「…な、何があった!?どうして、この区は貴族しか立ち入れないはずなのに…、こんなにも人が…?…それに、皆、ベイカーさんやハリー達と同じ症状を発症しているようではないか…!?」


 レオナルドが男性に問いかけると、向こうから声が聞こえた。


「…私がここへ連れて来た」


 カリーナとレオナルド、アトウッドは声の聞こえた方を振り向く。すると、そこには白衣を着た男性が立っていた。医師のような出立だった。

 男性の横には看護師のような男女が数人おり、全員とも口元に布を覆っていた。


(顔がよく見えない……。一体誰なの…?お医者さん…かしら……?)


 カリーナがそう思っていると、レオナルドは拳を握り締め、向こうの男性を睨んでいた。


「……なんで、……なんで、あんたがここにいるんだ……。……兄さん」


 レオナルドがそう話しているのを聞いて、カリーナは驚いた。


「…に、兄さん………!?」


 すると、向こうの男性が口元の布を下げた。


「久しぶりだな…、レオナルド…」


 男性がレオナルドに向かって話すと、レオナルドも口元の布を顔から外した。


「ヒ、ヒルトン先生…、どういうことですか?」

「…あの男は、私の兄のハーディだ…」

「……じゃあ、あの人は……本当に……」


 カリーナが驚いていると、レオナルドはベイカーをそっとその場に下ろし、「……カリーナ、ニック、下がっていてくれ……」と、強張った表情をして言った。

 そして、レオナルドは兄・ハーディに近づき、力強く胸ぐらを掴んだ。


「……!!ヒルトン先生!!」


 カリーナが叫ぶと、周辺にいた貧しい民達が驚いた様子でレオナルド達の方を向いた。


「……な、何を…する…、レオ……!!」

「…なぜだ…!!なぜ、今、この状況でこんな真似をした!?あんたは人々をなんだと思ってる!?」

「…ち、ちが…う……、私は…、苦しんでいる人…を、診ようとしただけだ……!!」


 ハーディがそう話すと、レオナルドは勢いよくハーディを地面に叩きつけ、ハーディの体の上に乗り掛かった。


「苦しんでいる人を診ようとしただけだと…!?今更何をほざいているんだ!!あんたは!!」


 レオナルドは、表情を別人のような恐ろしい形相に変え、息を切らしながらハーディを睨んだ。


「…なぜ今まであんたは貧しい人々を病院へ迎え入れなかった!?なぜ貴族だけしか受け入れなかった!?理由を言え!!!」


 レオナルドが更に強くハーディの胸ぐらを掴むと、ハーディの横にいた看護師達が止めにかかった。


「ヒルトン先生…!!落ち着いてください…!!」

「離せ!!理由を聞くまで一歩も動かんぞ!!……私は許せなかった……!!罪もない人々を見捨て、挙句の果てには街の端くれへ追い出した貴族と同類のあんたが、どうしても許せなかった!!」


 周辺の人々は、驚きながらも顔を下に向けていた。


「…病院を受け継いだあんたが、生きるべき命を絶やし、そして父さんの意思を裏切った…!!そして、貴族も平民も平等に診なければいけないあんたは、この街の人間を傷つけ続けた凶悪犯なんだよ!!……分かるか!?凶悪犯が今更になって貧民を助けようなんてふざけた真似をするなと言っているんだよ!!」


 カリーナは、レオナルドの必死の訴えを見つめていた。街の人々が受けてきた苦しみを、全て代弁しているかのようだった――。

 すると、押さえつけられたハーディが、胸ぐらを掴むレオナルドの腕を掴む。


「……私だって……、助けたかった……!!以前のように……、父さんが大切に捧げてきたこの病院を……、受け継ぎたかった……!!」


 ハーディが涙ながらに話しているのを見て、レオナルドは驚いた。


「……確かに…私はお前の言う通り、多くの人々を裏切った凶悪犯だ……!!医者でありながら……貴族ばかりを受け入れ…、…罪のない多くの平民を……殺してきた……!!私は……医者失格だ!!」


 レオナルドは、ハーディの胸から手をゆっくりと離した。周囲は、一気に静まり返る――。ハーディは起き上がり、レオナルドの目を真っ直ぐに見つめた。


「だが、私は……私達医師は、決して平民を無視するつもりはなかった!…何度も何度も、誰もが平等に診られるよう励んだ!…しかし、それをグレイス家が許さなかったんだ!!」


 ハーディは叫びながら泣き崩れ、「…すまない…!…すまない…!」と何度も何度も続けて言った。レオナルドは、ハーディのその姿に驚きを隠せずにいたのだった――。

 そんな二人をカリーナは、ただ涙を浮かべながら見つめていたーー。



 ◇



 ――場所は、デヴィッドの屋敷。


「これからお前達二人には死んでもらう…!何も分からないまま、そして…、凶悪なのまま名を残してな…!」


 武装兵が話した言葉に対し、マークスは動揺していた。


「…凶悪な…!?…おい、どういうことだよ!!…おい!!」


 マークスは武装兵へ問いかけるも、何も答えは返ってこない。

 そして、武装兵達は黙ったまま、マークスとデヴィッドの両腕を掴み、注射のようなものをマークスとデヴィッドの元へ近づける。


「…おい、何だよそれ…!?何なんだよっ!!!」


 透明な液体が入った注射の針が、マークスの首元へと近づいていく――。


「…や、やめろよ…」


 マークスはそう言いながら、心の中で必死にもがいた。


(…死にたくない……!!…まだ、俺には…、大事な家族がいるんだ……!!…そして、俺には家族を守る義務があるんだ!!…こんなとこで…、訳が分からないまま死ぬわけにはいかないんだよ!!)


 針をマークスの肌の表面まで到達する。


「…やめろ…!!…やめろ…!!」


 マークスは、必死にもがくーー。


「…やめろ…!!…やめろぉぉぉおおおお!!!」


 ――マークスの叫びが家中に響いたその時、「…ウァァァァアアア!!」という呻き声が聞こえた。


「…な、なんだ!…や、やめろぉお!」


 マークスは声のする方向を向く。

 すると、そこには、人を殴るような鈍い音と共に武装兵が次々と倒れていく光景が見えた。そして、そこには武装兵の頭を掴み、首を圧し折るデヴィッドの姿があった。

 マークスは、デヴィッドの奇行を見て驚くと同時に、いつもと違うその様子に恐怖を感じていた――。


「…お、おっさん……!?」

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