#19 仲間 (1)

「…マークス君が…、いなくなったんです…!」

「何だと…!?」


 レオナルドはカリーナの言葉に対し、戸惑いを隠せなかった。


「…まさか、アイツ、また…!」


 そう呟いたレオナルドを見てカリーナは、「…はい…、マークス君はデヴィッドさんという方の屋敷に行ったかと…」と話した。


 レオナルドは思わず拳を太ももに叩きつけ、「クソッ!」と叫んだ。


「…アイツ、何をしているんだ…!」


 レオナルドの様子にカリーナは驚いていた。すると我に返り気づいたのか、レオナルドはカリーナに対し、「…す、すまん。驚かせてしまった…。つい…な…」と言った。


「マークス君なら多分きっと大丈夫です。今、エイト君がデヴィッドさんのお屋敷に向かいました…!とにかく、マークス君のことはエイト君に任せて、今はベイカーさんとハリー君の治療を最優先しないと…!」


 カリーナがそう話すと、レオナルドは頭を抱えた。


「だが…、中々ベイカーさんの熱が下がらなくてな…。しかもずっと高熱のままで一向に下がる気配がない…」


 そう話すレオナルドに対しカリーナは、「それじゃあ、この街の病院に行きましょう!」と話した。

 レオナルドの腕を強く掴み説得するが、カリーナはふとハリーの話したことを思い出した。


『…む、無理です…、貧民は…、病院に入れないんです……』


 カリーナは掴んだ手をゆっくりと離し、下に降ろした。


「…ハリー君が言ってた…、貧しい人は病気になっても病院に入れないっていう話は…、本当ですか…!?」


 俯きながら話すカリーナに対しレオナルドは「あぁ…」と答えると、次の瞬間、カリーナは思い切り足を叩きつけた。


「…じゃあ!貧しい人は病気になっても死ぬのを待つしかないってことですか!?それって…!それって、つまり人を見殺しにしてるってことじゃない!!医者のクセに!!ただの役立たずじゃない!!大きい設備も、的確な医術も兼ね備えてるのに、受け入れられるのは金持ちだけってわけ!?そんなの…、そんなのふざけてる!!」


 カリーナが叫ぶように話すと、息を切らしていた。その様子にレオナルドは呆気に取られていると、ベイカーの方を向いた。

 すると、数秒間程立ち止まると、次の瞬間レオナルドはベイカーを背中に担いだ。


「…行くぞ…!とにかく、今はベイカーさんもハリーもどちらも助けることを優先する!話は走りながらだ!」


 レオナルドが家を出ると、「カリーナ!君はその荷物を持ってくれ!」と言った。

 カリーナはレオナルドの医療道具が入ったバッグを手に取り、「はいっ!」と言ってレオナルドの後ろを走りだした――。



 ◇



 ――場所は、デヴィッドの屋敷。

 マークスは、どうにか屋敷の中から抜け出せないかと方法を練っていた。

 デヴィッドは、気力を失ったのか、ずっと俯いたまま階段に座っていた。マークスはそんなデヴィッドを見ながら、自分の行ってきたことを振り返っていた。


(…俺は、何も分からず…、ただいつか貴族の奴らやこの腐った身分制度を潰してやるっていう気持ちだけで生きてきた…。だけど…、それは間違っていたのかもしれない…)


 そう思っていた矢先、部屋の奥の方から声が聞こえてきた。

 すると、リチャードが引き連れていた武装兵の数人がマークスとデヴィッドの元へやってきた。


「…なんだよ、お前ら…」


 マークスが武装兵に対して呟くと、一人の男が不敵な笑みを浮かべた。


「これからお前達二人には死んでもらう…!何も分からないまま、そして…、凶悪なのまま名を残してな…!」



 ◇



 ――場所は、カミラの骨董屋。

 エイトとカミラはデヴィッドの屋敷にこれから向かおうとしていた。

 すると、ちょうどアトウッドが通りかかるのを見つけると、カミラは急いでアトウッドの元へ駆け寄った。


「ニック!!待って!!」


 アトウッドは驚いた様子でこちらを向くと、カミラに向かって、「おう!どうした!?」と答えた。


「ニック!!マークスが捕まったの!!デヴィッドさんの屋敷で!!だから、これから私達は屋敷に向かうわ。それで、あなたにレオやベイカーさん達に今の状況を伝えてほしいの!!お願い!!」


 カミラの必死の訴えにアトウッドは、「あ、ああ!分かった!」と言って、ベイカー達の元へ走り向かった。

 するとカミラは、「私達も屋敷へ向かいましょう」と言いながら走りだしエイトも、「はいっ…!」と言って、カミラの後ろをついて行った――。



 ◇



 ――今、それぞれの人々が、それぞれの場所で、様々な問題に立ち向かうとしていた。

 そして、街の外でも新たなる風が吹こうとしている。


 ――場所は、首都・ロスター、クエラルン地区。

 ベンやブラウン一家は、新居にて新たな生活を送っていた。ベンは家の外にある花壇に水遣りを行なっていると、オリビアが隣に近寄ってきた。


「ねぇねぇ、お爺さんはお花好き?」

「ああ、大好きだよ」


 オリビアの問いかけに対し、ベンは優しく答える。するとオリビアは、「このお花はなーに?」と黄色の花を指差した。


「このお花はマリーゴールドっていうお花だよ。綺麗だろう?」

「うん!他にも色んな色があるね」

「ああ、そうだね。マリーゴールドには沢山の種類があって、その色ごとにそれぞれ花言葉がついているんだ」


 ベンの言葉を聞いてオリビアは、「花言葉?」

と言って首を傾げた。


「花言葉っていうのは、その花一つ一つに象徴的な意味を持たせるために与えられる言葉のことなんだ。…つまり、花一つ一つにはそれぞれ意味があるんだよ。例えば、好きな人には薔薇を送るだろう?」

「うん!前にお父さんがお母さんに薔薇をプレゼントしてた!『何で?』ってお父さんに聞いたら、『お母さんが大好きだからだよ』って言ってた!」


 オリビアがそう言うとベンは、「うんうん」と頷いた。


「そう。だから、薔薇の花言葉は『愛情』っていうんだよ」

「そうなんだぁ!じゃあ、マリーゴールドの花言葉はどんな花言葉なのー?」


 ベンはオリビアの問いかけに、少し俯きながら答えた。


「オリビアが今指を差していた黄色のマリーゴールドの花言葉は『健康』だよ」

「へぇ、『健康』かぁ!じゃあ、黄色のマリーゴールドをプレゼントしたら、みんな元気に過ごせるかなぁ?」

「ああ、そうだね」


 ベンが笑顔でそう答えると、「さてと…」と呟きながら立ち上がった。


「よーし、そろそろお昼ご飯の時間だ。中へ入るとしよう」

「うん!」


 オリビアは元気よく答えると、家の中へ入った。

 ベンも中へ入ろうとするが、しばらくマリーゴールドの花を見ながら立ち止まった。


「オレンジ色の花言葉は『予言』…、まあ大体的なマリーゴールドの花言葉は『勇者』『可憐な愛情』だと言われているが、反対に『嫉妬』『絶望』『悲嘆』という花言葉も持っている…。…まるで、今を生きる人間と同じだな」


 そう言って中へ入ろうとするとそこへ、「すまないが、尋ねたいことがある」という声が聞こえてきた。

 するとそこには、頭にフードを深々と被りマントを羽織った三人の男が立っていた。


「なんでしょうか…」

「人を探しているのだが、この近くにエイトという青年と共にこの街へ来た者達が住んでいると聞いたのだが…、その者達がどこにいるのかご存知ではないか?」


 三人のうち左にいた男が話すと、ベンは心の中で、(真ん中にいる者は、恐らく高貴な者。両側にいるのは、臣下といったところか…)と思った。


「失礼ですが…、あなた方は…?」


 ベンが問いかけると、真ん中の男がフードを外し、顔を現した。


「…私はルキウス・カーター。この国の王子だ」


 ルキウス王子がそう話すと、ベンはハッとした様子で膝をつき、頭を下げた。


「これはこれは、ルキウス王子様…。大変失礼なことをしました」


 ベンがそう話すとルキウス王子は、「頭を上げよ」と言った。


「お前達だな。エイトと共にいた者達は…。名は何と申す」

「ベン・フォースターと申します」


 ベンが名を言うと、クラウス王子の臣下がお互いに顔を見合わせた。


「…ベン…、…ベン・フォースター…?…まさか…、あの、ベン・フォースターか…?」

「お前達、この者を知っているのか…?」


 ルキウス王子が疑問を投げかけると、二人は王子に向かって、「知ってるも何も!」と言った。


「あの数多くの苦難を乗り越え、様々な伝説を残したあの冒険家ですよ!ベン・フォースターと言えば、誰でも知っている名ですよ!」

「世界中、全ての国を訪れたという話もあります!」


 二人が興奮しながら話すとルキウス王子は関心したように、「そ、そうなのか…?」と驚いていた。


「そんな生きる伝説が何故ここに…」


 ルキウス王子がそう話している途中、扉が閉まる音が聞こえ、ふとベンの方を向くと、そこにはベンの姿がなかった。

 臣下達は家の扉を叩く。


「ベン・フォースター!待ってくれ!頼む!出てきてくれ!」

「この国はあなたにんだ!頼む!話を聞いてくれ!」


 臣下が大きな声で叫び、何度も何度も扉を叩くと、ルキウス王子は、「…やめろ。周辺の家にも声が響いてしまうではないか」と止めに入った。


「…ベン・フォースター。大変失礼なことをした。伝説の冒険家であるお方に…。…本当に、すまない…」


 そう言いながら、ルキウス王子は頭を下げ、扉の向こうに向かって訴え続けた。


「だが、どうしても頼みたいことがあるのだ…。頼む。この扉を開けてくれ…!」


 ルキウス王子が扉の向こうに向かってそう話すと、中から扉が開きベンが外へ出てきた。


「…ここは人様の家です。子供も怖がる。例え、あなた方が高貴なお方でもマナーがなっていないのではないでしょうか。…話があるのなら、隣の私の家でゆっくり致しましょう」


 ベンは三人に向かってそう話すと、「すまないが、先にご飯を食べていてくれ」と中にいたジョシュ達に言い残し、王子達を隣の自身の家に招き入れた。その様子を中から見ていたジョシュ、アシュリー、オリビアは不安そうな顔を浮かべていた。


「…大丈夫だろうか…。ベンさん」

「…何事もなければいいけど…。ベンさんの分のご飯は取っておいて、先に私達だけで食べましょう」


 ジョシュとアシュリーがそう話しているのをよそにオリビアは、「お爺さん、本当に大丈夫かな…」と呟いた――。


 ――そして、隣の家では、狭い部屋に三人の場違いな人間が座っていた。


「…すみませんな…。こんな狭い部屋で…」


 ベンが紅茶をテーブルに置きながらそう話すと、ルキウス王子は「構わない」と一言だけ言った。


「それで…王子であろうあなたが、なぜ王宮からこのような場所まで…?それに、話というのは…?」


 ルキウス王子に向かって、ベンが問いかけると、ゆっくりと香りを感じるように紅茶を口に含みながら、王子は本題に入ろうとしていた。


「…単刀直入に言う。力を貸してほしい」

「…それは、どういった理由で?」


 ベンの問いかけに対し、ルキウス王子はゆっくりと口を開いた。


「…もうすぐ、王位継承式が始まる。だが、その裏では、多くの臣下や市民が私の王位継承に対し、反対の声が数多く上がっているということを聞いた。…終いには、国を救ったというエイトが王位を継承するべきだという声が上がっている」

「…だが、エイト君はもうこの街にはいませんが…」


 ベンの言葉に対し、ルキウス王子は頷いた。


「ああ。もうエイトはこの街にはいない。…エイトは冒険家になりたいと話していた。あの者が王位を継承することなど望むはずがない…とは思っているが」

「つまり…、どうにかして、王位継承を穏便かつ緩やかに進めたい、ということですね?」


 ルキウス王子はベンの問いかけに対し、「あぁ。そうだ」と答えた。


「ですが、こんな70歳の老いぼれが何の役に立ちましょう…。私は大した人間ではない…。それに、冒険家というのは、もう随分も前の話だ…。王子様、あなたが望むような力は私には持ち合わせていないかもしれません…」


 ベンのその一言に対し、ルキウス王子はベンの目を真っ直ぐ見つめた。


「…マナーが悪いようだったら、ここで一つ筋を通します」


 ルキウス王子は、そう言って深々と頭を下げた。


「私は、もう二度とこれまでのような……、五〇〇年前のようなことは繰り返したくない…!今こそ国民のために国を立て直すべきなのです!…もちろん失った信頼を取り戻すには時間が必要かもしれない…。…ですが、私は諦めない。絶対に私はこの国を本来の平和な国に戻してみせます!」


 ルキウス王子は必死にベンに対し訴え続けた。

 父・ジェームズ王が自身で破壊した国を再建したい――、その一心で。


「そのために、私にはあなたのような力のある人間がどうしても必要なのです…!どうか、生きる伝説であるあなたの力を、私に貸してください!私達のになってください!お願い致します!」


 両側にいた臣下も驚いた様子だったが、ベンに向かって続けて頭を下げた。

 ベンはその光景に呆気に取られていたが、後に正気を取り戻し三人に対して、「顔をあげてください… 」と言った。

 そしてしばらくベンは黙り込み、部屋には沈黙が続いた。

 しかし、やがてベンは深く息を吐き、「…良いでしょう…、分かりました。王子様のお力になれるのであれば、ぜひご協力いたします」と答えた。

 ルキウス王子はゆっくりと頭を上げると、「本当ですか…?」と言った。


「ハハハ…、王子様であろう方に頭を下げられてしまっては、断れないでしょう。それに、一つ歴史のページに名を刻みたいというのも夢がありますのでね…」


 ベンはそう言って、柔らかな笑顔を見せた。


「老いぼれが何の役に立つかは分かりませんが、よろしくお願いいたします」

「…はい、よろしくお願いいたします…!」


 ベンとルキウス王子はそう話し、握手を交わした。そして、国の王権争いが静かに幕を開けるのであった――。

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