#18 小さな掌

 エイトは、デヴィッドという人物の屋敷へと向かった――。


『…バカな奴らだな…!今頃アイツ、デヴィッドの屋敷で痛い目に遭ってるっつーのに…!まさか、アイツがあの屋敷にいると思わねぇんだろうなぁ!』


 ――ソウルの力を使ってマーティンの心の声を聞き取った時、マークスがデヴィッドの屋敷にいることを知ったエイトは、昨日、酒場・カムパネルラで話していたことを思い出しながら足を走らせていた。


『マークスは六年前からずっとそんなことをしている。だが、俺達がどこでこんな高価な物を手に入れたのかを聞いても、アイツは何も答えなかった。…だが考えてみれば分かることだ。あんな物をわざわざマークスが売らなくとも、俺達に在処を教えてくれれば良い話だ。それに、物を手に入れるには貴族の家から盗むしか方法はない』

『私達貧しい者同士、必死に働きながらも助け合いながら生きてた…。マークス君達や子供達には、できるだけ苦労をかけないように食べ物や生活物資を提供してたけど…、それにも限界があったわ…。…その時からかしら…。マークス君が、どんどん変わっていったのは…』

『…はい、マークス君は随分と変わりました。私も幼い頃、過重労働で両親を亡くしましたが…、私だけじゃなく、そういった子供達は大勢いました…。それだけでは留まらず、子供達も工場で二四時間休ませられることなく働かせて……。私はマスターに助けてもらい、今、こうして生きていられていますが、引き取られた子は中々いませんでした。きっと、マークス君は、そんな状況を見過ごせなかったんでしょう…』

『その時から、マークス君は貴族やこの状況に対して何の対応もしてくれない国を恨むようになり、そしてを犯すようになった…』

『マークス君は私達貧民を助けるために日夜貴族の家を漁り、そして食料や薬を分け与えていた』

『マークスは六年前からずっとそんなことをしている。だが、俺達がどこでこんな高価な物を手に入れたのかを聞いても、アイツは何も答えなかった。…だが考えてみれば分かることだ。あんな物をわざわざマークスが売らなくとも、俺達に在処を教えてくれれば良い話だ。それに、物を手に入れるには貴族の家から盗むしか方法はない』

『…俺達は最初から分かっていたんだ。アイツが自分を犠牲にして俺達を助けてくれていたことを…』

『だが、私達は何もできなかったよ。だから私達もマークスには何も聞かなかった。その時から、裏では皆、ルーカスのことを『正義の運び屋』と呼ぶようになった…』

『…だから、エイト君、カリーナちゃん。君達には分かっていてもらいたいと思ったんだ。マークス君のことを――』

『マークス君にはこれ以上苦労をかけたくない。だから、今度は私達が立ち上がる番であり、私達がこの現状を変えるべきなんだ!だが、私達だけでは力が足りない。だから、そのために君達の力を貸して欲しい!どうか、頼む…!私達と共に戦ってくれ!』


 ――マークスの真実を知ったエイトは、(…もしかしたら、何か危険なことに巻き込まれているかもしれない…!とにかく今は一刻も早く例の屋敷に向かわないと!)と思いながら街の中を走り、デヴィッドさんの屋敷が何処にあるのかを尋ねようとする。

 そこでエイトは、昨日さくじつにマークス達と訪れた、カミラが営んでいる骨董屋へ向かった。

 屋敷の居場所は街の住人に聞けばすぐ分かることであるが、エイトはそれ以外にも聞きたいことがあった。

 どうしても聞きたいことが――。



 ◇



 ――場所はデヴィッドの屋敷。

 マークスとデヴィッドが監禁されて、五時間ほどが経っていた。

 二人は無言のまま座っていた。何も話すこともなく、ただ同じ場所に居続けた。

 その時、マークスは昨晩のことを思い出していた――。


 ――昨晩のレストランで、エイトやカリーナ、マークス達は夢について語り合っていた。


「そういえば、エイトさんとカリーナさんはこれから色んな国に行くんですよね?」


 ふとハリーから問いかけられ、二人は驚きながらも、「あ、うん。そのつもりだよ」と答えた。


「てことは、これからが本当の旅の始まりなんですね。…あの、エイトさんはどうして冒険家になろうと決めたんですか?」


 ハリーの質問にエイトは少し口を閉じてしまったが、「ちょっと、待ってて」と言って、父・ナッシュと母・メイと共に写った写真を取り出した。


「僕は、昔から歴史がすごく大好きで、よく小さい頃は歴史の本ばかりを読んでいたんだ。そのうちに、自分もこの世界中を旅して、冒険家として色んな歴史に触れてみたいと思った。そう思わせてくれたきっかけは冒険家である父さんの影響もあった。自分もいつか父さんのような、日々新たな歴史の真相を探究する冒険家になりたいって思った、…それが、僕が冒険家になろうと思った理由かな」


 ハリーやアニー、ナンシー達はエイトの話を聞いていて目を輝かせていた。カリーナとマークスは微笑んでいた。


「そうだったんですね…!」


 ハリーは掌をギュッと握り締めながら笑っていた――。


 ――マークスは、昨晩エイトやハリーが話していたことを思い出し、頭を抱えていた。


(…もしかしたら、俺は、知らぬ間に人を苦しめていたのかもしれない…!マーティンの気持ちも知らないで俺は平気な顔して接してた…!ハリーにも、アイツにだって夢があるのに、俺はアイツに…苦労ばかりかけて…!俺は…俺は…なんて情けないヤツなんだ…!)


 そう、マークスは感じていた。



 ◇


 

 ――場所は、カミラの骨董屋。エイトは店の中へと入り彼女を探した。


「…すみません!カミラさんにお聞きしたいことがあるんです!いらっしゃいませんか!?」


 すると、奥の部屋からカミラが出てきた。


「あら…、どうしたの?…そんなに慌てて…!」


 エイトは息を落ち着かせながら、ゆっくりと話し始めた。


「あ、あの…、実はマークスが夜中に急に家を出て、そのまま帰ってなくて…。それで…そしたら、デヴィッドさんという方のお屋敷にいるかもしれないと聞いたのですが…、デヴィッドさんのお屋敷は何処にありますか?」


 エイトが必死に話すと、カミラはそっと近づいた。


「…デヴィッドさんの屋敷ですって…?あの方の屋敷に…!?ちなみに誰に聞いたの?」


 エイトはハッとした。


「…そ、それは……」


 口を噤みながら、エイトはカミラの目線を逸らした。


「…良いわ、話して。あなたの知っていることの全てを」


 カミラがそう言うと、エイトは事の全てを話し始めた。


「…実は僕、ソウルの力を持っているんです」

「…ソウルって、まさか、あの…?」


 カミラさんは驚きながら話した。


「はい。僕は人の心の声を聞くことができる能力を持っているんです」

「まさか、あの首都騒乱事件も、その力で…?」


 エイトはカミラの問いかけに対し首を振った。


「…具体的には僕が能力を使ってどうこう解決したわけじゃないんです。あの時は、イヴァン王もいましたし、僕はジェームズ王の心の声を聞いただけで、何の力にもなっていないんです」


 カミラは「そうだったのね…」と静かに言った。


「…だから、今回、皆さんから力になって欲しいと言われて、僕らが皆さんの力添えになれるとは自身がありませんが…、僕らも皆さんと同じ気持ちですし、皆さんが住むこのセレタの街を変えたい…!だから僕らも、出来る限り協力したいです!」


 エイトがそう話すと、カミラは笑顔を見せ、「えぇ、私達もあなた達のような協力な味方がいてくれて嬉しい。よろしくね、エイト君」と答えた。


「それで…、ここからが本題なんですが…、マークスがいなくなったのは、多分マーティンが関係していると思います」


 カミラはエイトの話を聞き、驚いた様子で「嘘…、マーティン君が…?」と呟いた。


「はい。昨日、僕とカリーナは日中、マーティンと会ったんです。その時、マーティンはマークスのことを恨んでいるような…、憎しみを込めたような感情で僕らに話しかけてきたんです。『マークスには気をつけろよ?』と…」

「…そ、そんな…。あんなに仲が良かったのに…」

「…いえ、恐らくマーティンは以前からマークスを妬んでいたんだと思います。自分には何もなかったから…」


 エイトは静かに答えた。


「マークスは何でも持っている。…例え、それが盗みを犯して運んできた物資でも、周りの人は何も言わない。それどころか『正義の運び屋』と呼ばれるようになり、更に人望は増していくばかり…。マーティンはそんなマークスや周りの状況に対して苛立ちを隠せず、そして彼のことがどうしても許せなくなったんでしょう」


 カミラは後悔を露わにしているように見えた。


「…そうね…。確かに周辺の人間はみんなマークスのことばかり目をかけていた。私達も悪かったわ…。他の子達のことをあまり考えていなかったかもしれない…。むしろ、マークスがいてくれたことで、勝手に安心してしまっていたのかもしれないわ…」


 頭を抱えながら話すカミラに対し、エイトは続けて話し始めた。


「マーティンはその後、何かしらの形でマークスが犯人だということを誰かに伝えたんです。さっき、マーティンに会ってきて心の声を聞いたところ、デヴィッドさんの屋敷で捕まり痛い目に遭っていると言っていました。多分、急がないとマークスが危ないです…!このままでは、もっと危ない状況に陥ってしまうかもしれません…!」


 エイトがそう話すとカミラは立ち上がり、「分かったわ。とにかく今からデヴィッドさんの屋敷に向かいましょう。その前にレオやベイカーさん達にもマークスのことを伝えなくてはいけないわ」と言った。


「はい…!」


 エイトは頷き、マークスの無事を祈りながら、デヴィッドの屋敷へ向かおうとしていた――。


「…絶対に助ける…!マークスは僕らの友達で、仲間だから…!」



 ◇



 カリーナは、ハリーを助けるためにレオナルドの元へ向かおうと走っていた。


(大丈夫だよ!今、ヒルトン先生を連れて来るから!)


 カリーナは真っ先に、ベイカーの家へ向かった。

 ベイカーの元へ行けば、レオナルドが診療のために家を訪れているかもしれないと思ったからだ。

 カリーナは必死に走り、そしてベイカーの家へ辿り着くと扉を何度も叩いた。


「…すみません!ベイカーさん!いらっしゃいますか!?」


 そう叫ぶと、扉が開き、中からはレオナルドが出てきた。


「…カリーナ…!どうした…!?」


 レオナルドの額には汗が滲み出ていた。


「…あ、あの、ハリー君が、急に倒れて!咳もしていて!熱もあって凄く苦しそうなんです!助けてください!」


 カリーナは必死に伝えると、中から「ゲホッ!ゲホゲホ!」と咳き込む声が聞こえてきた。

 中を見ると、ベイカーも熱を出し、苦しそうな様子で横になっていた。


「…ベイカーさん!」


 カリーナはベイカーの元へ近づいた。

 ベイカーの額には大粒の汗が滲み出ており、顔は赤くとても熱そうな様子をしていた。


「…朝、診療に来て、昼頃までは何ともなかったんだが…、急に倒れて…」


 レオナルドがそう答えるとカリーナも、「ハリー君も朝までは元気でした…!」と話した。


「同じ症状…か…。エイトやルーカス、アニーやナンシーは?」

「アニーちゃんやナンシーちゃんは大丈夫そうでした。ただ…、その…」


 カリーナが俯くとレオナルドは「何かあったのか…?」と問いかけた。


「…マークス君が…、いなくなったんです…!」

「何だと…!?」


 レオナルドは驚いた様子でそう言った――。



 ◇



 ――場所は、マークスの家。

 ハリーはベッドの中で苦しそうに寝ていた。

 その様子を見ていたナンシーはその小さな掌で、ハリーの掌をギュッと握り締めていた。

 アニーはカリーナに、『ヒルトン先生を呼んでくるから、それまでタオルで顔の汗を拭いていて』

と言われていたのを思い出しながら、何回も何回もタオルを水に浸し絞っては汗を拭き、またそれを繰り返していた。


「ハリーお兄ちゃん…!」


 ナンシーが手を握り締めながら、苦しそうにいるハリーを見つめていると、突然目の前が歪むような感覚を感じた。

 すると、次の瞬間ナンシーはその場に倒れ込んだ。


「…ナンシー!」


 アニーが慌てて、ナンシーの元へ駆け寄った。


「しっかりして!ナンシー!しっか…り…」


 必死にナンシーに向かって声をかけていたその時、アニーも目の前が歪むような感覚を感じた。

 次の瞬間、アニーはその場に倒れ込んでしまった。


「…た、たす…け…」


 アニーはそう呟きながら、ナンシーの小さな掌を握ろうと手を伸ばす。しかし、アニーは力尽き、意識を失ってしまうのだった――。

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