#16 当たり障りのない話
マークスはただただ驚愕していた。
「…い、今、なんて言った…?」
「だから、君の友達…、いや、君が
男は静かにそう答えた――。
――マークスが捕らえられる数時間前。
『まあ、お前らもまずいことに巻き込まれないようにしろよ』
マーティンはエイトとカリーナにそう言い残し、その場から去った後、ある噂を耳にしていた。
『デヴィッドさんの屋敷で盗みがあったらしい。何でも六年間も続いてたそうだ』
そのことを聞いたマーティンは、すぐさまデヴィッドの屋敷へ向かった。すると、そこには貴族・グレイス家のリチャードとフレデリカがいた。
マーティンは意を決し、そして憎しみを込めて言い放った。
『…その犯人は、街の貧民・マークスだ…!』
――マークスは信じられなかった…。
マーティンは噂を聞いたことで、マークスが盗みを犯している犯人だと確信した。
だが、なぜあのマーティンが――、あの優しかった友人が――、自分を犯人だと気付いた瞬間、すぐさま伝えにいったのかと考えると、マークスは言葉が出てこなかった。
「マーティン君はとても冷たい顔をしていたなぁ。『犯人を教える代わりに金をくれ』と言ってね。どうも君に何か憎悪を抱いているようだった。その時の表情と言ったら…、もう怖くて仕様がない。だから、私は望み通り報酬を沢山やったよ」
マークスはただ男の言葉に怒りが湧いてきていた。
「デタラメを言うな!アイツが…マーティンがそんなことするわけがない!お前ら、ふざけるなよ!!一体…、一体、誰なんだよ!お前らは!」
「君もこの家に来ていたのなら、知っているはずだと思ったんだが…、やっぱり挨拶は必要だったかな?私はリチャード・グレイス。君の両親のこともよく知っているよ」
マークスは声を聞いてリチャードの存在に気付いたその時、ハッとした様子で過去の記憶を思い出していた。グレイス家がマークス達家族や街の住民に巻き起こした悲劇――。
マークスは怒りを抑えきれずに扉を思い切り叩き、「クソ野郎!!!!」と叫んだ。
「…昼もカミラさんの店にいたが…、こうやって話すのは初めてだな…!!人殺し!!よくも母さんを!!父さんを!!…街のみんなを…!!なんでお前らみたいなクソ野郎が街に来るんだよ!!ふざけんな!!!」
そう言うと屋敷に向かって、「黙れ」と男は重圧のある声で言った。
「君にそんなことを言える資格などはない。君は何も分かっていないんだ。『正義の運び屋』…だっけか?よくそんな呼び名が通ったもんだ。一度この大きな籠の中でゆっくり考えることだ。そして、覚悟をしていた方がいい。今まで良かれと思ってやっていた自分の行動が、悪夢に変えてしまうということをね…。では、また来るよ」
そう言ってリチャードは立ち去った。
「おい!待て!開けろ!」
マークスは叫ぶが、その後、返答はなかった。扉を力尽くで開けようとするも中々開かない。
さすが、金持ちの家ということもあってか扉が厳重になっている。マークスはその後も外に出られそうな扉を探した。しかし、どの扉も、そして窓までもが塞がられていた。こうなってはどうしようもなかった。
マークスはデヴィッドの元へ向かった。まだ息はしていて、気絶をしているだけだった。
だが、焦りを隠せなかった。
やはり気づかれていたのだということを改めて知ったこと、そして何よりあの優しかったマーティンに裏切られたことに、ただただマークスは落胆していた――。
「どうして……!!」
◇
あれからエイトは一日の疲れが一気に出たのかぐっすりと寝てしまったが、ふと深夜に目を覚ましてしまった。
そして、数時間前にベイカー達に話されたことを思い出していた――。
場所は、酒場・カムパネルラ。
エイトとカリーナはベイカー達に呼び出され、酒場・カムパネルラで話をすることになり、カウンター席に固まった様子で座っていた。
「どうぞ、召し上がってください」
ウェイトレスにアーモンドとドライフルーツが乗った小皿を手渡され、エイトとカリーナは「どうも…」と言うと、ウェイトレスは二人に向かって「あの…」と呟いた。
「私、メグって言います。このお店で働かせてもらっています。よろしくお願いします」
彼女に対し、エイトとカリーナはかしこまった様子で、「よ、よろしくお願いします」と言って立ち上がった。
するとアトウッドが、「そういや、メグちゃんはマークスと同い年だったよな?」と言った。
「それじゃあ、私達とも同い年ですね!」
カリーナがメグに向かって笑顔を見せると、メグも、「そうなんですね!」と微笑んだ。
その話を聞いていたマスターはメグにジンジャーエールが入ったグラスを差し出し、自分もワインが入ったグラスを手に取って、「では、彼らのこれからの友好を願って乾杯しましょう」と話した。
「そうね、乾杯しましょう」
カミラがそう言ってワイングラスを手に持つと、エイト達も続いて微笑みながらグラスを持った。
「乾杯」
エイトはジンジャーエールを一口飲んだ。冷たく、甘い味が口いっぱいに広がるのを感じる。
「それで…、話というのは…?」
カリーナはジンジャーエールの入ったグラスを手に持ち、本題に入るために問いかけた。
「今日、お前達を呼んだのは、どうしても話しておきたい、頼みたいことがあったからだ」
ヒルトンは問いかけにそう答えると、続けて「その前に、一つ確認しておきたいことがある」と話し、新聞を取り出してそこに書いてある大きな見出しを見せた。
見出しには、大きく『ロスター事変終結、ルキウス王子が新たな国王へ』と書いてある。
「…先日、新聞で見たんだが、あの首都騒乱事件はアレハンブラ王国の現王と、ある青年によって解決されたと書いてあった」
エイトは「えっ!?」と驚き、新聞の内容を読んだ。
確かに記事の内容によれば、イヴァン王と一人の青年が国を救ったと書いてある。
「…この記事を読むと、取材に答えたのは王宮の関係者で、国を救ったというその青年のことについても詳しく話をしたそうだ。それによると、その青年は冒険家になるために旅を始めたばかりで、これからセレタの街に向かおうとしていた矢先だったらしい…」
ヒルトンの言葉を聞いて、エイトは身体中に心臓の鼓動が鳴り響くのを感じていた。
「もしかして、その青年というのは、…お前か?」
エイトは思わず黙り込んでしまった。
――自分が関与していることを人に知られたくないという気持ちの方が強かったエイトは、同時に恥ずかしさも感じていた。
「…はい…、恐らく僕だと思います…。…でも、どうしてこんな記事が出ているんですかね……?…僕は特に何もしていないのに…。国を救っただなんて…」
「…まあ、とにかく分かった。お前がこの記事の内容に関係していることが確認できた。それだけで良い……。…では、本題に入る」
ヒルトンは落ち着いた様子で話すと、その場の空気が凍てつくように静まり返り全員が黙り込む。
エイトとカリーナは、この場の空気に押しつぶされるように縮こまるが、次の瞬間ヒルトンは頭を僕達に向かって下げた。
「…頼む!この街を…、セレタを救ってくれ!」
エイト達はヒルトンの行動に驚きを隠せなかった。
「…ど、どういうことですか…?この街を救ってなんて……」
カリーナは疑問を投げかけると、ヒルトンは静かに顔を上げた。
「…すまない。唐突で驚いただろうが、どうかその理由を聞いてほしい。…この街に何があったのかを」
エイトとカリーナは息を呑んだ。
「…十年前、この街は今よりも大きく活気に溢れていた。産業も盛んで、皆が平等に暮らせる街だった。…だが、六年前、ある貴族家が現れ、この街は大きく一変した。…貴族家の名は、グレイス家。奴らは街の至るところに投資をし金儲けをしていた。しかし、貧しい者達には決して手を差し伸べない人間達だった。奴らによって、その頃からこの街には身分制度が生まれ、差別は日常茶飯事、街は一気に奈落の底へ落ちていった。更に、国の不況の影響を受けたことにより、街は畳み掛けるように廃れていった…」
カミラ達は俯きながら黙り込み、エイトとカリーナはただ静かにヒルトンの話を聞いていた。
ヒルトンは拳をギュッと握り締め、悔しさを滲ませながら、言葉一つ一つを選ぶように話した。
「…その現状を見て、奴らは私達に二四時間労働を命じた。だが、命じられたのは私達のような貧しい民ばかりで、貴族はのうのうと暮らしていた…!!金の心配となったら、全て私達に回ってくる!私達は既に限界に近づいていた…!」
エイトはヒルトンの様子を見て、彼から伝わる心情を読み取った――。
その心から伝わるのは、大きな憎しみだった。
「…ユアンやジルも…、我が子を苦しませないように必死に働いていたわ…。だけどその結果、マークス達を残してこの世を去った…」
カミラの話を聞いて、カリーナは目を見開く。
「…そ、そんな…!」
「…私、マークス君達のこと…、何も知らなかった…」
「……私達は貧しい者同士、必死に働きながらも助け合いながら生きてた…。マークス君達や子供達には、できるだけ苦労をかけないように食べ物や生活物資を提供してたけど…、それにも限界があったわ…。…その時からかしら…。マークス君が、どんどん変わっていったのは…」
エリッカの言葉にカリーナは、「変わった…?」と疑問を投げかけた。
「…はい、マークス君は随分と変わりました。私も幼い頃、過重労働で両親を亡くしましたが…、私だけじゃなく、そういった子供達は大勢いました…。それだけでは留まらず、子供達も工場で二四時間休ませられることなく働かせて……。私はマスターに助けてもらい、今、こうして生きていられていますが、引き取られた子は中々いませんでした。きっと、マークス君はそんな状況を見過ごせなかったんでしょう…」
メグは記憶を振り返りながら話し、それに続いてベイカーが続けた。
「その時から、ルーカス君は貴族やこの状況に対して何の対応もしてくれない国を恨むようになり、そして
「
エイトとカリーナが驚くと、ベイカーはハッとしたように、「これから話すことは絶対にマークス君には知らないフリをしていてほしい…!」と言った。二人は静かに頷く。
「マークス君は私達貧民を助けるために日夜貴族の家を漁り、そして食料や薬を分け与えていた」
「それって、つまり横流しじゃないですか…!」
カリーナが話すとベイカーは頷いて、ヒルトンが話を続けた。
「俺達もこの話はベイカーさんから聞いたんだ。マークスは六年前からずっとそんなことをしている。だが、俺達がどこでこんな高価な物を手に入れたのかを聞いても、アイツは何も答えなかった。…だが考えてみれば分かることだ。あんな物をわざわざマークスが売らなくとも、俺達に在処を教えてくれれば良い話だ。それに、物を手に入れるには貴族の家から盗むしか方法はない」
エイトとカリーナはヒルトンの話を聞いて、マーティンの話を思い出した。
『お前ら、ルーカスには気を付けろよ』
「だからあの時、マーティンは…」
エイトが呟くとアトウッドは、「あぁ」と言った。
「…俺達は最初から分かっていたんだ。アイツが自分を犠牲にして俺達を助けてくれていたことを…」
アトウッドがそう話すと、グラスに入ったウィスキーを飲み干した。マスターはグラスを持ちながら、エイトとカリーナに向かって話した。
「だが、私達は何もできなかったよ。だから私達もマークスには何も聞かなかった。その時から、裏では皆、マークスのことを『正義の運び屋』と呼ぶようになった…」
エイトとカリーナは、この街の現状をようやく知ることができた。今まで自分達よりも遥かに苦しい生活を送っていたのだということを――。
そして、生死の境界線を行き来していたということを――。
「…だから、エイト君、カリーナちゃん。君達には分かっていてもらいたいと思ったんだ。マークス君のことを。…そして、頼みがあるんだ」
ベイカーはそう言って、エイトとカリーナの方を向くと、ヒルトンやカミラ達全員も二人の方を向いた。
「どうか力を貸して欲しい!首都・ロスターを救った、そして国を救った君達に…」
エイトとカリーナは息を飲みながらベイカーの目を見た。
「マークス君にはこれ以上苦労をかけたくない。だから、今度は私達が立ち上がる番であり、私達がこの現状を変えるべきなんだ!だが、私達だけでは力が足りない。だから、そのために君達の力を貸して欲しい!どうか、頼む…!私達と共に戦ってくれ!」
――静かな屋根部屋で、エイトは横になりながら天井にある窓から夜空を見上げた。
ベイカー達の思いを聞いたものの、自分が果たして力になれるのか不安を感じた。
そして自分には何ができるのか、考えていた。
(僕には、ソウルの力がある…。でも、それで何かできるだろうか…)
エイトはそう思いながら、再び眠りについた。
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