#14 お願い
すっかり辺りも夕方になった頃、エイトとカリーナ、マークス達は店じまいをし、家へ戻ることにした。
繁華街も段々と夜の街へと変貌していき、ポツポツと明かりが灯されていく。その様子を見ながら、僕達は人混みを交わしながら歩いていた。
「今日も沢山お金を稼いだね!お兄ちゃん!」
アニーは、嬉しそうに体を弾ませた。
「そうだなぁ、今日は何か美味しいものでも食べるか!」
マークスがそう言うと、ハリーやアニー、ナンシーは喜んだ。
「やったー!」
「マークス君、何を食べるの?」
カリーナがマークスに問いかけると、彼は向こうの方を指さした。エイト達はマークスの指さす方を一斉に向く。
その向こうには"Restaurant"と書いてあった。
「レ、レ、レストラン!!??」
エイトとカリーナは驚きを隠せなかった。何せ、村育ちだったため、二人にとって『レストラン』というものがどんなものか、イマイチ分かっていなかった。
それにこのレストランは、セレタの街でも特に有名で、貧民は勿論、庶民には到底入ることはできない店らしい。
中へ入ると、観光に訪れた貴族や金持ちそうな人々ばかりがいた。
「すごい…、こんなに広くて、キラキラしてて、テーブルが沢山あるの初めて見た…」
エイトは思わず声を漏らしてしまった。これぞ、まさにカルチャーショックである。
「ねぇ、カリーナ、レストランってどうなんだろう…?」
「私も分からないよ…!村からなんてもう数年も出てないし…」
とりあえずエイトとカリーナはメニューを見た。
すると、そこには高級そうな名前がぎっしり書かれているではないか。
二人はマークスの方に顔を向けた。彼はメニューを見ながら顔を引きつらせていた。
(えぇー!なんで言った張本人がーー!?)
そんな最年長三人の様子を見ていたハリー達は、メニューを見て、「お兄ちゃん達…大丈夫?」と言った。
するとマークスは、「大丈夫だ!何でも頼め!」と言った――。
そうして頼んだのは、全員同じエビのトマトクリームパスタだった。
「わぁ、エビのパスタかぁぁ!!」
エイトは興奮気味にパスタを見た。滑らかなトマトクリームの中に沢山のエビがゴロゴロと転がっていた。
「僕、エビ大好きなんだ!!」
「あぁ、そういえばエイト君、前にエビ好きだって言ってたもんね」
カリーナがそう言うと、エイトは目を輝かせた。
「うんっ!!大好物だよー!!」
そして、エイトは食い気味に興奮しながらマークスの手を握った。
「ありがとう!!マークス!!もう本当に感謝だよ!!ゴチになります!!」
「お、おぅ、急にテンション上がったな…。まあ、いっか!」
マークスは手を合わせ、「よし、みんな今日は贅沢しよう!」と言って、エイト達一人一人に顔を向けた。
「いただきまーす!!」
声を揃えて言った瞬間に、エイト達は勢いよくパスタを口に運んだ。
「美味しい!!」
「うんうん…!エビもプリプリだね…!」
全員が笑顔だった。エイト達にとって、一生忘れられない食事だった。
それと同時にエイトは、心の中で改めてマークスの人柄を確認した。悪事を犯す人間ではないと――。
◇
――場所は、カミラが営む骨董屋。
店を閉めてから、カミラは中で椅子に腰掛け、テーブルの上にあるキャンドルの灯りを見つめながらウィスキーを飲んでいた。
その灯りを見つめる姿は、どこか重い空気を醸し出していた。
昼間にリチャードから言われた言葉――。
『君には一緒に来てほしいんだよ。僕達と一緒にね』
カミラは数年前から、リチャードにそういった誘いを何度も受けていた。
グレイス家は五〇〇年前の世界の歴史について研究をしているらしく、カミラをそのチームに貴重な人材として招き入れたいそうなのだ。
しかし、カミラはグレイス家を毛嫌いしており、毎回申し出を断っていた。
それには、理由がある。
グレイス家がこのセレタの街に起こした出来事――。その出来事が、グレイス家を嫌う最大の理由だった。
カミラはグラスの中のウィスキーに浮かぶ水面を見つめながら、強くグラスを握った。
すると、外から店の戸を叩く音が聞こえてきた。
カミラは戸の鍵を開け、扉を開くと、そこにはヒルトンが立っていた。
「レオ…!」
街の医師、レオナルド・ヒルトン。
レオナルドはカミラと同年齢の四六歳であり、二人は幼い頃からの顔馴染みであった。
「どうしたの?ベイカーさんはもう大丈夫なの?」
「あぁ、もう大丈夫だ。それより…」
テーブルの上にあるウィスキーグラスを見て、レオナルドは、「何だ、もう飲んでたのか」
と言った。
「カミラ、お前、あの若者男女に会ったか?」
「えぇ、マークス達と一緒にいた若い冒険家さん二人よね。会ったわよ」
レオナルドはそばにあった椅子に腰掛け、「今からベイカーさん達と、あの二人に話をしようと思ってな。お前も一緒にどうか…と考えてたんだが…」と話した。
「いいわ。ちょうどあの二人に話したいことがあったし、私も行く」
カミラはそう言って、出かける支度をしようとしていた。
「だが、お前もう飲んでるよな…、大丈夫か?…何かあったのか?」
レオナルドが心配をしながら問いかけると、カミラは、「別に。…いつものことよ」と答えた。
「まさか…、また、アイツが来たのか?」
「えぇ…。もう本当に嫌なのに…。あの人達は何も分かってないわ。ルーカス達が気の毒でたまらないわよ…!グレイス家は何を考えているのかしら…!」
カミラが呆れたようにそう言うと、レオナルドは突然カミラの正面に立ち、肩を掴む。
「…お前、本当にアイツらにはついて行くなよ…?」
レオナルドはカミラの目を真っ直ぐに見つめた。
カミラは突然のレオナルドの行動に驚いていたが、「…い、行くわけないわよ!もうレオったら、大袈裟なんだから」と笑いながら話すと、レオナルドはカミラを抱き締めた。
「…どこにも行くな。…そばにいろ」
レオナルドに抱き締められ、カミラは赤面するも、やがてレオナルドの抱き締める手やそばから伝わる鼓動が不安を帯びているのを感じた。
カミラは優しくレオナルドを両手で包み込む。
「…大丈夫。どこにも行かないわ。この街を愛しているもの」
そう言って、カミラはレオナルドを強く抱き締め返した。二人はしばらく、お互いの温もりを感じていた――。
◇
「はぁ!美味しかった!」
レストランのその帰り、エイト達は街の夜道を歩いていた。辺りは昼間とは違う雰囲気を醸し出しており、全くの別世界のように感じた。
「今日はありがとう!マークス君!すごく美味しかったよ!」
「あぁ、まあたまには贅沢も良いもんだしなー」
カリーナとマークスの会話を聞いて、ハリー、アニー、ナンシーがマークスに向かって、「お兄ちゃん、今日はありがとう!」と言った。
「お兄ちゃん、またあのレストランに行こうね!」
アニーとナンシーがマークスの腕を掴む。
「そうだなぁ!また行くか!」
「ほんと?また連れてってくれる?約束だよ!?」
「あぁ、約束だ!」
マークスが小指を出して、「指切り拳万しよう!」と言って、ハリーとアニー、ナンシーは指切りをした。
すると、アニーが「エイトお兄ちゃんとカリーナお姉ちゃんも!」と言った。
エイトとカリーナも、「うん!」と頷いて小指を出し、六人揃って約束をした。実に明るい夜だった――。
◇
「エイトさんとカリーナさんは、どうして冒険家になろうと思ったんですか?」
突然ハリーから質問され、エイトとカリーナは戸惑う。
「ん?それは…」
エイトはカリーナと目を合わせると彼女は微笑んだ。
「…私は、エイト君と旅がしたかったんだ。エイト君に昔から世界の歴史とか色んな文化とかを教えてもらって、私もいつか世界を旅したいと思うようになって、…何より大切な友達と離れたくないっていう気持ちが強かったから…。それで、いつしか私の夢も冒険家になっていった…。今まで何となく夢とかも考えずにただ漠然と生きてきたけど、今の私がいるのはエイト君のおかげなんだ」
カリーナがそう言って笑顔を見せると、エイトは顔を赤くした。
「…な、何だか恥ずかしいなぁ。ハハハ…」
エイトが恥ずかしながら言うと、マークスは「ヒュー!良かったなー!お前ら、付き合っちゃえば?」と言って茶化した。
「な、何言ってるんだよ!」
エイトが更に赤面すると、ハリーは「お兄ちゃん!エイトさんを困らせちゃダメだよ」と言った。
「あっ、今度はハリーに言われちゃったぜ」
マークスが笑いながら言うと、カリーナやアニー、ナンシーも笑い出した。
「エイトさんは?」
ハリーに問われるとエイトは少し口を閉じ、間を開けてから話した。
「僕は…、父さんと母さんに憧れて冒険家になろうって思ったんだ…。父さんは世界中を旅して、まだまだ明かされていない歴史の謎を追い求めて、危険も顧みずに各地を回ってる。そして長い旅から一年に二回は家に帰ってきて、必ず旅の出来事を教えてくれた。母さんはいつも僕に歴史の勉強を教えてくれて、正しい行いを見せてくれて、僕を勇気づけてくれた。二人はいつも優しくしてくれて、僕はそんな両親が大好きで、憧れの存在だった」
エイトが答えるとカリーナは微笑み、ハリー達は頷きながら聞いていた。マークスもエイトを見て静かに歩く。
「僕も父さんや母さんのような人間になりたくて、そしてこうやって夢だった冒険家の一歩を踏み出すことができて嬉しかったし、何よりカリーナが一緒に旅をしてくれることが心強かった」
エイトがそう話しながら俯いた。
「…だけど、僕にはカリーナが窮地に陥った時に救いの手を差し述べられるほど、能力や実力、知力を兼ね備えているわけじゃない。世界には凄い冒険家がごまんといるし、旅を本格的に始めてもいない僕はまだ何者でもないんだ。だからハリー、最初に会った時に僕に『どうしたら冒険家になれるか』って聞いたと思うけど、正直君に教えられる答えはないんだ。だから、冒険家を目指すならもっと凄い冒険家をお手本にした方がいいよ」
ハリーに対してエイトがそう話すと、彼は急に立ち止まって、「違うんです!」と言ってエイトの方に近づいてきた。
「僕は最初に出会った時、エイトさん達がベイカーお爺さんを必死になって助けようとしていたところを見た時、本当に心の底から良い人だと思ったんです。…街の外から来た人が、見ず知らずの…しかも僕らみたいな人を助ける人なんていなかったから…」
ハリーの言葉を聞いて、エイトとカリーナはこの街の異常さに気がついた。
最初にこの街に来た時のベイカーやマークス達の暮らしぶりと、繁華街や港町の活気を見て、明らかな差があった。
(この街には、貧富の差があるんだ…)
エイトは今日見た街を風景を振り返りながらそう思っていると、ハリーは二人の目を真っ直ぐ見つめた。
「…だから、僕は二人を尊敬しているんです!人として優しい心を持った冒険家である二人を!」
ハリーはそう言って続ける。
「『何者でもない』なんて、言わないでください!」
◇
――デヴィッドの屋敷では、ある貴族家が訪れていた。
「ようこそお越しくださいました…皆様」
ソファには二人の男女が座っていた。貴族・グレイス家、その長男・リチャード、そして長女のフレデリカ。
二日前の夜のパーティーにもいた男女だ。あの時の二人が、何故再び屋敷を訪れたのか、デヴィッドは疑問を抱いていた。
「先日のパーティーは実に楽しかったよ。またぜひあのような盛大なパーティーをしたいね」
リチャードは笑みを浮かべ、グラスに入った水を口に入れた。フレデリカも静かに微笑んでいた。
「…それで、今日はどういったご用件で…?」
デヴィッドがそう問いかけると、二人は突然高らかと笑い始めた。
「アハハハハハハハ!!」
その冷たい笑い声が、屋敷中に響く。デヴィッドは息を呑んだ。そして、二人は落ち着きを取り戻すと、リチャードはグラスを勢いよくテーブルの上に置いた。
「ドンッッッ!!」
すると、リチャードは不敵な笑みを浮かべた。
「そんなこと、聞かなくたって、君が一番分かっていることだろう…?…六年前から始まっていることなんだから…」
リチャードはそう言って、指を鳴らした。その瞬間、デヴィッドは何者らかに口や目、体中を縛られてしまう。
デヴィッドは必死にもがいていた。フレデリカは、その様子を見てこう告げた。
「…さあ、裏切り者のデヴィッド…、あなたにはキツーいお仕置きを与えないとね…」
そして、リチャードはデヴィッドがもがく姿を見ながら不敵な笑みを浮かべた。
「…さて、カードは揃った。いよいよ、本当のパーティーの始まりだ」
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