#13 人として (2)

「アイツは…!」


 マークスは男性を睨みつけ、拳をグッと握り締めていた。そんな彼の様子を察し、カミラはエイト達に向かって、「ごめんなさい…、大事なお客様が来たから、また後でね…」と話し、店の外へ出るよう促した。

 エイト達は外へ出るが、マークスの様子を見ると、当の本人は拳を握り締め、未だ店の方を鋭い目つきで見ていた。

 そんな彼を見て、エイトはカリーナと目を合わせる。すると、カリーナも戸惑いの様子を浮かべていた。どうやら彼女もマークスの様子の変化に気づいていたらしい。エイトはマークスに声をかけようとするが、中々かけられず、しばらく黙り込んでいた。

 ハリーやアニーもその場の空気を読み取ったらしく、何も話すことはなかった。その様子を見ていたナンシーは、力強く握られたマークスの拳を小さな掌で優しく掴んだ。


「おにいちゃん…」


 ナンシーの声に、マークスはハッとしたような様子でエイト達の方を向き、そして握っていた拳の力を解いて、大事な妹の手を優しく握り締めた。


「大丈夫?」


 カリーナが声をかけると、マークスはいつものような笑顔で、「あ…、あぁ!大丈夫だよ。ごめんな、何か俺、変な空気にさせてたよな」と話した。


「あの男の人と何かあった?」


 エイトがマークスに問いかけると、彼は何ごともなかったかのようにナンシーを抱き上げ、「ん?別に何もねぇよ?あんな貴族の人間と関わることなんて一度もねぇからな。ま、とにかくカミラさんは忙しそうだったから、後でまた来ようぜ」と言った。


 エイトとカリーナは、「うん…」と頷くも、マークスの突然の様子の変化に戸惑いを隠せずにいた。

 そんなことはつい知らずマークスは、「それじゃあ…」と切り出す。


「エイト、カリーナ。次のメインスポット、行こうぜ!」


 マークスの声に、ナンシーも「いこうぜー!」と声を合わせた。

 その様子を見て、エイトとカリーナは(とにかく今は何も言わないでおこう)というふうにお互いに目を見合わせた。

 エイトは心の奥底で、マークスの心を読もうかと考えた。だが、それは違うと感じた。今、ここで能力を使うべきではない。

 そう思いながら、エイト達は骨董屋の前を離れた――。



 ◇



「ここに何のようですか?高貴なグレイス家のご長男であろう方が、このような場所へ」


 カミラがそう話すと、リチャードは「ハハハ」と笑い、入り口の近くにあった椅子に腰掛けた。


「どうやら、歓迎ムードではないようだねぇ」


 リチャードはそう言うと、カミラは息を呑みながら目を合わせた。


「何もあの子供達を外へ出す必要はなかったのに。どうして追い出したんだい?」

「あの子達に話を聞かせる必要はないので。それより、早く用件を話してください」


 カミラは苛立ちを見せながらリチャードにそう言うと、再び彼は「ハハハ!」と笑う。


「君も分かっているはずだろう?僕が何を言いたいのか」


 リチャードは冷たい目でカミラの方をまっすぐ見つめた。


「君には一緒に来てほしいんだよ。僕達と一緒にね」


 その言葉に、カミラはしばらく黙り込んでしまった――。



 ◇



 カミラの店を出たあの後、エイトとカリーナはマークス達の薬品売りの客寄せを手伝っていた。


「さあ、貴重な漢方薬だよ!買った買った!」


 エイトとカリーナは見様見真似で行なってみたが、そのおかげからか、客が大勢押し寄せた。


(ここがメイン・スポット…?)


 エイトは一抹の疑問を抱きながらも体の動きを止めることなく働いていた。


「ありがとうな。エイト、カリーナ。助かるぜ」

「いや、全然大丈夫よ。私、結構こういうの得意かも!」


 カリーナは、異様にはしゃいでいるようだった。


「マークス達はいつもこういう仕事を?」


 エイトがマークスに問いかけると、笑顔で「ああ」と答えた。


「そうなんだ…」


 エイトは率直に感心すると、マークスは笑った。


「まあ、大変な時もあるけど、楽しいぜ。もうずっとこの仕事をしてるし、慣れてるしな」


 そうこうしているうちに、沢山の客が店へ足を運ぶ。その時、僕達の方へ近づいて来る一人の青年がいた。――マーティンだ。


「よぉ!お前ら、朝にベイカーさんにいたヤツらだよな。俺、マーティンって言うんだ。新聞売りをしてるんだ。今更だけどよろしく!」


 マーティンはエイトとカリーナに向かってそう話した。

 ――すると、マーティンはマークスには聞こえないような声で、二人の耳元でこう囁いた。


「お前ら、マークスには気を付けろよ」


 二人は思わず、「えっ?」と驚いた。


「マークスがここら辺の街でなんて呼ばれているか知ってるか?」


 エイト達は首を振り、マーティンの目を見た。


「アイツの別名は『正義の運び屋』だ」

「…『正義の運び屋』?」


 カリーナは首を傾げた。すると、マーティンは冷たい顔をして話し始める。


「マークスは、昔から困った奴には食料とか薬とかを供給してるんだ。まさに俺達貧民にとってはありがたいことだし、アイツは俺達にとっての救世主だよ。だけどよ、変だと思わねぇか?どうして、アイツの手にはたくさんの食料や薬が手に入るんだ?おかしいだろ?金持ちにでもよこされてるのか?だったら、最初からマークスじゃなく、そいつが俺達貧民に直接分け与えれば良い話だ」


(たしかに…!)


 エイトとカリーナはマークスの方を向いた。彼がまさか盗みなどを犯すわけはないだろう。あんな真摯な心の持ち主だ。信じられない。


(何だよ、『正義の運び屋』って。運び屋なんて言い方、聞こえが悪いじゃないか…)


 エイトは心の中でそう思っていた。


「まあ、お前らもまずいことに巻き込まれないようにしろよ」


 マーティンはそう言い残し、その場から去っていった。


(――まさか、マークスが物資を横流ししている…?)


 エイトの頭にそんな考えがよぎった。

 すると、マークスは、「エイト、どうかしたか?」と言ってこちらを向いた。

 その目はとても悪事を犯しているような目ではなかった。


「何でもないよ!」


 エイトは首を振りながら言った。

 とても信じられない。その気持ちはカリーナも同じだった。


「エイト君、とにかくマークス君の前では何も聞いていないように振る舞おう」

「うん…」


 エイトはそう言って首を縦に振った。



 ◇



 ――時は八年前。

 アイウォール列島の首都、セレタの街に一人の少年がいた。

 青年の名は、マーティン。

 彼には、両親がいない。

 とは言っても、両親は死んだわけではなく、マーティンを捨てて、何処かへ身を消したのだった――。


 その時から、マーティンは物乞いになった。

 彼は何度何度も様々な場所へ、食べ物を恵んでもらおうとした。しかし、大人は誰も彼を助けようとはしなかった。

 彼が家に来れば門前払い。その不条理な振る舞いに、マーティンは嫌気がさしていた。

 ――なぜ、自分は生きているのだろうか…?

 ――生きる必要性などあるのだろうか…?

 こんなに苦しいのなら、死にたい。

 マーティンは、自殺をしようとさせ考えた。

 ――だが、そんな時にマーティンが街で偶然目にしたのは、貧民なのにもかかわらず、沢山の人が協力し合い助け合う姿だった。

 その時にマーティンは、一人の少年に声をかけられた。


「俺、マークスって言うんだ。よろしくな」


 ――マーティンはマークスと知り合い、同い年ということもあってか、仲が良くなった。その頃からマーティンの生活は一変していった。貧しいながらも沢山の人達が食料や生活物資をマーティンに分け与えてくれた。

 更にベイカーという男性の紹介で、マーティンは仕事も見つけることができた。

 新聞売りだったが、中々の収入も得ることができ、マーティンの生活は見る見るうちに明るいものとなっていった――。

 ――どうして、あんなにも苦労をしていたのに、死にたいとさえ思っていたのに…、こんなにも心が温かいんだ…?

 ――俺は間違っていたんだ…。

 ――マークスや沢山の人達に出会えて良かった。

 彼は、そう心の中で感じていた。

 だが、その二年後、マークスの両親が亡くなった。二人ともが、過労と栄養失調による死だった。

 マークスはその時から、弟のハリー、妹のアニーとナンシーの親代わりにならなければいけなかった。

 だが、真面目に仕事をしてもまともな収入は貰えず、生活をしていくのがやっとだった。

 マーティンはそんなマークスのことを心配していた。


(アイツ、大丈夫かな…?)


 そして、心の中で決めていた。

 ――次は、自分がルーカスを助ける番だと。

 しかし、マーティンの想像とは遥かに違った光景が目の前にあった。

 マークスは笑顔で、食料や薬などを売っている。


(アイツ…!なんで…?)


 マーティンは驚きを隠せなかった。

 どうして、マークスの元に、あんなにも生きていくための必要なものが沢山手の中にあるのか。

 そして、何故彼の周りには、いつも人がいるのか――。


 ――その後、マークスは周囲に毎日生活物資を供給していた。

 周囲の人間は、まだ12歳ながらも、少年・マークスのことを崇めていた。

 ――あの子は良い子だよ…。

 ――マークスの家にはあんなにも食料や物資が残っていたのか…、驚いたな。

 ――それでも、俺達のことを常に心配してくれて、アイツは正義の味方だよ。


(『正義の味方』…?)


 マーティンはその時、一人心の中で思っていた。

 ――自分の周りには、誰一人として味方がいなかった。

 ――なのに、アイツだって貧民のくせに…なんでアイツにだけにはいつも味方がいるんだ…!!

 マーティンはその瞬間、心の中に何か熱く燃え上がるようなものが湧き上がってきたようだった。

 それは紛れもなく、マークスに対する嫉妬だった。その時から、マーティンはマークスに対し、偽りの表情を見せるようになった。

 全てを手にしているマークスが、憎くて仕様がなかった。

 だが時を同じくしてその頃から、マークスは『正義の運び屋』と呼ばれるようになった。

 マーティンは一人、(何が『正義の運び屋』だ…!ふざけやがって…!)と思っていた。

 いつの間にか心には憎しみだけが残っていた。



 ◇



 時は現在。一八歳になったマーティンは、今日も新聞売りをしていた。

 繁華街には人集りができており、周囲は、金を稼ぐために働く貧民達と、街の現状を何も知らずに観光に来た貴族達と分かれている。

 その様子を見ていたマーティンは、世界の不条理さを改めて感じた。

 ――だが、それでもマーティンの目には、そんな現状でも変わらず過ごしている人間が映っていた。


「さあ、貴重な漢方薬だよ!買った買った!」


 マークスは今日も変わらず商売をしていた。隣には名の知れない男女二人がいる。


(アイツらは、さっきベイカーさん家にいた奴らだ…!)


 ――どうして、マークスの周りにはいつも人がいるのか。

 知り合ったばかりなのにもかかわらず、マークスの周囲にはいつも味方がいる。

 ――何故、自分だけにはいつも味方がいないのか…。

 ――何故、自分はいつも一人なのか…。

 マーティンは耐えられず掌を握り締めながらマークス達の方へ向かった。

 しかしその時、ある言葉がマーティンの耳に聞こえてきた。


「ありがとな。エイト、カリーナ。助かるぜ」


 ――その言葉を聞いた時、マーティンは思った。

 自分は一度も感謝をされたことがない。いつだってそうだった。自分が何かを他人にあげても、相手は何も感謝をしてくれなかった。

 結局、自分は一人だった。

 見せかけの幸せに囚われていたのだ…。

 ――そのことに気づいたマーティンは意を決して、エイトとカリーナに近づいた。


「お前ら、ルーカスには気を付けろよ」


 彼はこの一言によって、自身の嫉妬心に拍車をかけるのだった――。

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