#11 生きる為の術

 ――マークスが持ってきた薬と、ヒルトンの手によって、ベイカーさんの体調は徐々に安定していった。

 意識は未だないものの、顔色は良い様子だった。


「よし、取り敢えずはもう大丈夫だろう…。あとは安静にしておけば、きっと元気になるはずだ」


 先生の言葉を聞いてエイト達は安心しながらベイカーの様子を見守っていた。

 エイト達は、手助けをしてくれたアトウッドとボールドウィンが帰った後も、ずっとベイカーのそばにいた。


 そうしている内に外は暗くなり、気づけば夜になっていた。

 エイト達を気にかけたヒルトンは、マークスへ「今日はもう帰りなさい。それと、エイト君とカリーナ君を泊めてあげなさい」と言った。


「…俺は全然良いけど、エイト、カリーナ、ちょっと家狭いけど大丈夫か?」


 マークスが気まずそうに言うと、カリーナは「大丈夫だよ」と言った。


「とにかくお前達、あとは私に任せて取り敢えず休みなさい。そしてまた明日来ればいい」


 ヒルトンは背中を向けながら、ベイカーさんの汗を拭き取っていると、マークスは「……でも……やっぱ、俺もここにいます」と声を漏らした。

 するとヒルトンは、「ダメだっ」と言い放った。


「休むのも大事な仕事だ。ベイカーさんはここ最近働きすぎていた様子だった。だから倒れたんだ。マークス、お前までベイカーさんのようになってしまったらハリー達が心配するだろう?そうならないためにも休め」


 マークスはヒルトンの言葉を聞いて、ハリーやアニー、ナンシーを見た。

 ――自分が倒れてしまっては元も子もない。


「分かりました。また明日来ます」


 そう言って、マークスはハリー達を連れて外に出た。

 カリーナも、「それじゃあ、よろしくお願いします」と言って外に出て行き、エイトも続いて外に出ようとした。

 だが、その瞬間ふと立ち止まり、エイトはヒルトンの背中を見た。


(……この人、病院勤めではなさそうだけど……、どこかで診療所でも開いているのかな…?)


 エイトが扉を開けながら考えていると、ヒルトンは背中を向けたまま、「何だ?まだ何か用でもあるのか?」と言った。


「い、いえ、では失礼します」


 エイトはヒルトンの一言一言に何か重圧のようなものがあるのを感じながら家の扉を閉めた。


「フゥ……」


 エイトは息をつくと、カリーナ、マークス達の元へ向かった。

 ――それからエイトとカリーナは、マークスに案内されながら、彼らが住む家へ向かった。

 辿り着くと、そこは部屋が一つ、そして屋根部屋がある家だった。四人で住むのにちょうど良いくらいの広さである。


「ゴメンな二人とも。家、狭いだろ…?」


 マークスが申し訳なさそうに話すと、エイトは「いやいや、そんなことないよ」と言った。

 一方のカリーナも、「私の家もこんな感じだった。何か懐かしいな」と言って、家の中を見回していた。


「それじゃあ取り敢えず、二人とも座っててくれ。今から飯作るよ。アニーとナンシーも良い子も座ってるんだぞ。ハリーは、こっち手伝ってくれ」

「分かった!」


 ハリーは嬉しそうに台所へ向かうと、エイトとカリーナはイスに座ってアニーとナンシーと共に玩具を使って遊んでいた。


「そういえば、マークス君って何歳なの?」


 カリーナがふと質問すると、マークスは「俺は十八」と答えた。


「じゃあ、私とエイト君と同い年だね」

「へぇ、そっか!」

「うん!…あと、その……、ご両親は……?まだ、帰ってこないの?」


 カリーナが続けて聞くと、マークスは顔を少し暗くしていた。


「父さんと母さんは俺が十二の時に二人とも死んだんだ」


 マークスがそう言うと、エイトとカリーナは(まずいことを聞いたのではないか)と顔を見合わせた。


「二人とも同じ病気だった。病気が分かった時はもう手遅れで、俺はもうその時から覚悟してたよ。『俺がハリー達を育てなきゃ』ってさ」


 マークスはそう話しながら、皿にソーセージと玉ねぎをオリーヴオイルで炒めた料理を盛り付けていた。その横でハリーは静かにパンとサラダを準備していた。

 出来上がった料理をテーブルに置き、マークスとハリーは椅子に座った。


「…ごめんなさい…。私、あなたのこと、何も知らないのに、こんなこと聞いちゃって」


 カリーナは申し訳ない表情を浮かべながら言うと、マークスは「気にするなよ。俺は大丈夫」

と気丈に振る舞った。


「仕方なかったんだよ。八年前からの飢饉のせいで、失業者が増えて、人はたくさん働き口を失って、金も無くなって、食べ物も満足に食べれなかった。人が死んでいくのだって当たり前だった。父さんと母さんは、俺達には不憫な思いはさせたくないと思って、俺達にばかり食べ物を食べさせてた。自分達のことはほっといてな」


 エイトとカリーナは黙っていた。

 ――こんなにも苦労していた人がいたなんて。

 自分達だけじゃない。自分よりももっと酷く苦しんでいる人がいるのだと、二人は知った。


「でも…、俺、今なら父さんと母さんの気持ちが分かる気がするんだ。『子供達を大事にする気持ち』っていうのが。今の俺にはハリー、アニー、ナンシーしかいない。だから、俺はハリー達に生きていてほしいから、たくさん食べて、たくさん遊んで大きくなってほしいって思うんだ」


 ハリーとアニー、ナンシーはマークスの顔を見ていた。


「でも、生きる為には、ただ働いているだけじゃダメなんだ。それだけじゃ…ダメなんだ」


 マークスがふとそう言うと、エイトは「えっ?」と聞き返した。


「…いや、何でもない。さ、長くなったな。食べよう!せっかくの料理が冷めちまう。…とは言っても、簡単な料理だが…」


 話を逸らしたマークスは、頭の後ろに手を当てながら恥ずかしそうにしていた。

 するとアニーがエイトとカリーナに向かって笑顔を見せた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、このソーセージをパンに乗っけて一緒に食べるとすごく美味しいんだよ!マークスお兄ちゃんがいつも作ってくれるんだぁ!」


 マークスは顔を赤くしていた。エイトとカリーナは、言われた通りにパンに焼いたソーセージを乗せて食べてみた。


「…!!美味しい…!!」


 二人が口を揃えて言うと、マークス達は笑い出した。


「お兄ちゃんとお姉ちゃん、息ピッタリ!」


 アニーがそう言うとエイトとカリーナは顔を赤くし、そのうちに笑いが込み上げてくるのを感じた。賑やかな夜だった――。


 ――その後、アニーとナンシーは先にベッドに入って、ハリーに絵本を読んでもらおうと待っていた。


「お兄ちゃん、早く!」


 アニーとナンシーが口を揃えて言うと、ハリーは「そんな急かすなよ、二人共」と何度も読み返した跡のある絵本を手に取り、二人に読み聞かせた。


「…じゃあ、読むぞー。『昔々、その村に一人の男がいました。その男は画家で…」


 ハリーはアニーとナンシーが寝静まるまで、本を読み聞かせた。しばらくすると、自分も疲れてしまったのか、ハリーはそのまま寝込んでしまった。

 その様子を見ていたカリーナは、「良い弟さんだね」とマークスに言うと、本人は嬉しそうに微笑んでいた。


「あぁ、俺の自慢の可愛い弟達だよ。特にハリーには助けてもらってる。きっと、俺の姿見て…責任を感じているんだと思うな…」


 ――マークスはどこか暗そうな表情をしていた。

 エイトはマークスの言葉から、何かを感じ取っていた。


(さっきの『生きる為には、ただ働いているだけじゃダメ』っていう言葉を聞いて思ったけど、多分、彼には何か裏がある…)


 そう思い、エイトは意を決して聞いてみた。


「マークス…、さっきの『生きる為には、ただ働いているだけじゃダメ』っていうのはどういうことなのかな?」


 マークスはエイトに問いかけられ少しばかり驚いていたが、後々に正気を取り戻し、椅子から立ち上がった。


「二人共、コーヒー淹れるよ」


 そう言ってマークスは三つカップを取り出し、そこへコーヒーの粉を入れた。

 エイトとカリーナはそんなマークスの姿を見ていた。その姿はどこか、寂しげな雰囲気を漂わせていた。

 エイトは彼がどのような苦労をしてきたのか、彼がどのような生き方をしてきたのか、その背中を見て悟った。


「父さんと母さんが亡くなってから、俺はすぐ働きに出たんだ」


 マークスは二人の元にコーヒーを置いて椅子に座った。


「だけど、俺の働きだけでは食っていけない。そんなことは分かってた。同じような人がごまんといたからな。でも、結局は働かなきゃ金は貰えない。だから、夢中で朝から晩まで働いたよ」


 エイトはマークスの言葉を聞いて、母・メイの姿を思い出していた。

 メイは生きていく為の収入を得るために朝から晩まで必死に働いていた。だがその結果、過労により死んだ。


(もしかしたら、マークスも母さんと同じように死んでいたかもしれない…)


 エイトは心の中で、そう感じていた。


「…俺は、絶対に弟達に物乞いをさせたくなかった。だけど、国が始めた事だから、国は助けてくれないし、街もまともな政策はしてくれないし、金持ちは金持ち・失業者は失業者って分裂していくし、街はどんどんおかしくなっていった。だから、俺達貧民同士はお互い協力し合って生きていくしかなかった」

「…そうだったんだ…」


 マークスから伝わる苦難の感情は、冷たくて、どこか寂しげなものだった。カリーナはコーヒーが入ったカップから伝わる熱を手に感じていた。


「そんな時、俺達に親切にしてくれたのがベイカーさんやヒルトン先生だった。ベイカーさんはいつも食料をくれたり、弟や妹の世話をしてくれたり、困った時にはすぐ助けに来てくれた。ヒルトン先生は、ナンシーが熱を出した時、すぐに診てくれて、本当に助かった」


 マークスはコーヒーの表面に浮かぶ自分の顔を見ながら、掌を握り締めていた。


「でも、何年も経って、今度は俺達だけじゃなく、ベイカーさんもヒルトン先生もどんどん生活が貧しくなっていってる。…だから、次は俺が助ける番なんだ。俺が…金を貯めて、困った人には手を差し伸べる。それが俺の生きていく道なんだ」


 エイトとカリーナはマークスの表情に息をのんだ。マークスの目には、怒りが浮かんでいた。


「…だけど、ロスターでの出来事が終結して、新たにルキウス王子が王になったはず。だからきっと、この街の政策も変わるはずじゃないかな」


 エイトがそう話すとマークスは、「…いや、どうかな…。俺は人も国も…そう簡単に変わるとは思わねぇけどな。現に街の人間を見てみろよ。…金持ちは貧乏人になんて見向きもしねぇ。…お前らどう思う?おかしいと思わねぇか?なんで、こんなに困っている人達がたくさんいるのに、助けようとしないんだよ…!」と掌を握りしめながら言った。

 その様子を見て、エイトは心の中で感じていた。

 ――自分以上に苦労をしていた人間は他にたくさんいるのだ、ということを。


「…ごめん、つい取り乱しちまった。悪いな、変な空気にさせちまって」


 マークスが謝ると、エイトとカリーナは一瞬顔を見合わせた。


「いや…、私の方こそごめんなさい。あなたの気持ちを何も分かってなかった」

「…僕もごめん」


 今度はエイトとカリーナが謝ると、マークスは「いや…いいんだ」と静かに答えた。


「悪い、俺、先に寝るよ。二人共、狭いとは思うがゆっくり休んでくれ」


 マークスは床に枕を置き、体に毛布をかけて横になった。


「あ、じゃあ、僕らも寝るよ。コーヒーご馳走様」


 そう言ってエイトとカリーナは立ち上がって屋根部屋に向かおうとすると、マークスは「また明日、一緒にベイカーさんに行こうぜ」

と言った。


「ええ。じゃあ、また明日。おやすみ、マークス君」

「おやすみ、マークス」

「あぁ、おやすみ。エイト、カリーナ」


 三人はお互いにそう言い合って、それぞれ眠りについた。



 ◇



 一階より少し狭い屋根部屋で、エイトとカリーナはお互いに離れて横になった。

 さっきまで灯っていた蝋燭の灯りが消え、暗く静まり返った部屋を見回して二人は背を向け合って静かに話し始めた。


「…ねぇ、カリーナ。マークスのこと、どう思った…?」

「…良い人だと思う…。あんなに必死になって薬を届けにきてくれたり…、家族思いで優しい人だなって思った…」


 カリーナがそう話すと、エイトは口に毛布を当てて悩み込んだ。


「…だけど…、マークスから…、何かを感じたんだ…」

「…それって…、ソウルの力で…?」

「…うん…。…何か不安を感じているようだった…、マークスには何か悩みがあるのかも…」


 エイトがそう話すと、カリーナは静かに息を吐いた。


「…フゥ…。何か言えない事情なのかも…。でも私達にはマークス君の私生活や裏の顔を詮索する資格はないよ…」

「…そうだね…」

「…とにかく、明日マークス君達と一緒にベイカーさんの所へ行こう…」


 カリーナがそう言うと、エイトは静かに「…うん…おやすみ…」と呟き、眠りについた。

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