#10 マークス、登場
マークスという青年が白い布袋から薬草や漢方薬を袋から取り出すと、ヒルトンはそれを見て掌に取り、「よし、この薬草を使う。ボールドウィンさん、これを水で煮詰めて半量になったところで布で濾してくれ」と言って、女性に手渡した。
「はいっ!」
ボールドウィンという女性が薬草を煮詰めに行く横で、エイト達は不安を抑えきれずにいた。
「大丈夫なんですか?」
マークスが不安そうにヒルトンに問いかける。ヒルトンは微笑みながらマークスの肩に手を置いた。
「あぁ、安心しろ。お前のおかげですぐ回復しそうだ。よくやったな、マークス」
ヒルトンがそう言うと、マークスは少し安心したように、「良かった…」と言葉を溢した。
エイトとカリーナも安心し、お互いに顔を見合わせていると、そばにいた少年が二人に、「あ、あの…ありがとうございました…。ベイカーお爺さんを助けてくれて」と言った。
「あぁ、いや…僕は…」
エイトは少しはにかみながらそう言うと、会話を聞いていたマークスが、「お前達がベイカーさんを家まで運んでくれたんだな。助けてくれて本当にありがとう…!」と言って頭を下げた。
「いや…そんな…、君が薬を一早く持ってきたおかげだよ。とにかく、助かって良かった…!」
エイトがそう言うと、カリーナはマークスに「ところで、あなたはベイカーさんのお孫さん…?」と問いかけた。
するとマークスは頭を上げて大きく笑った。
「アハハ!違ぇよ。ベイカーさんとは知り合いなんだ。……そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はマークス!そして弟のハリー、妹のアニーとナンシーだ。よろしくな」
マークスがそう話すと、ハリー、アニー、ナンシーも続けて礼儀正しく頭を下げた。
「あぁ、そうだったんだ…!僕はエイト。今は冒険家……になろうと旅を始めたところなんだ。よろしく」
「私はカリーナ。私もエイト君と一緒に旅を始めたところなの。お供第一号よ。よろしくね」
「第一号って…」
エイトが恥ずかしそうに言うと、マークス達は笑っていた。
「エイトさん達、冒険家なんですかー!?」
「お兄ちゃん達、冒険家なのー!?」
「なのー!?」
ハリー、アニー、ナンシーが続けて話すと、戸惑いながら、「い、いや…でも、まだ旅を始めたばかりだからね!僕、そんな凄い人じゃないからね!」
と言った。
その様子を見ていたマークスが、「おいおい、困らせるなよ、エイトを…」と、ハリー達を止めようとした。
だが、それでもハリーはキラキラと目を輝かせて興奮しながら話し始めた。
「あ、あの!僕も、冒険家を目指しているんですけど、どうしたら、冒険家になれるんですか!?」
エイトは戸惑いながらカリーナ、マークスと目を合わせた。
(まだ、旅を始めたばっかなんですけどーー!)
エイトは心でそう思いながら、ハリー達の圧に押し負かされていた。
「僕、夢は冒険家になることなんです!凄いなぁ!エイトさんとカリーナさん!こんな生の冒険家さんを見るのは初めてです!」
ハリーがエイトとカリーナを見つめて興奮しながら話すと、二人はそのキラキラとした熱い視線に戸惑いを隠せなかった。
「あ、あのね、ハリー君。私もエイト君もまだ旅を始めて二日しか経っていないんだ。…ね、ねっ、エイト君」
「う、うん。そうだよ!ハリー君、だから僕達、別に凄くないからね!…何度も言うけど」
二人はそう訴えるも、ハリーには伝わっていない様子だった。
「お願いです!どうしたら冒険家になれるのか教えてください!」
ハリーが二人に更に詰め寄る。エイト達はマークスの方を向いた。
彼は、掌を合わせてジェスチャーをしている。
エイトはソウルの力を使ってマークスの心の声を聞いた。
(すまねぇ!ハリーは一度言ったら聞く耳を持たないんだ!)
その時、エイトは(言わなきゃよかった…)と後悔するのだった――。
◇
――その頃、街の港にはあるクルーズ客船が停泊していた。
船の名は、ニルヴァーナ号。
この船の名はその意味の通り、繰り返す再生の輪廻から解放された状態のように、最高の幸福を体感してほしいという願いを込められて付けられた。
この船は、主にアイウォール列島とカルハンブラ王国を航路として運航している。
運航は四日後であり、多くの観光客がこの船に乗り、カルハンブラ王国へ向かおうとしている。
――だが、その裏で、ある者達が怪しい動きを見せていた。
ニルヴァーナ号の中のホールにて、ある貴族とその部下達が集まり、話し合いを行なっている。
その中には、この船の船長もおり、様子を見ていた多くの乗組員達が不安を感じていた。
「何をしようとしているんだ?」
「船長まで貴族の方達と話し合いなんて、何かまずいことでもあったのかしら…?」
「いや、もしくは何かパーティーやイベント、サプライズ企画でも考えているんじゃないか?」
そんなことを考えていた乗組員達であったが、貴族達の思惑はそれと相反するものだった。
「ねぇねぇ…、あそこにいるの…、有名な貴族一家のグレイス家じゃない…?」
「…そうよそうよ!きっとそう!あの格好良い聡明な男性が兄のリチャード様、そしてその横にいる綺麗な女性がフレデリカ様よ!」
――そう、その場にいた貴族というのは、デヴィッドのパーティーにいたあの二人だった。
「例の件、進んでいるかい?」
リチャードが船長に問いかけると、船長は「はい、順調です」と答えた。
「そうか…、分かった。では、次の段階に進むとしようか…。決行は三日後だ。君達…、準備をしたまえ…」
静かにリチャードはそう話した。
◇
場所は、アイウォール列島の首都・ロスター。
瓦礫の撤去が完了し、街は少しずつ再建をしていった。そして徐々に街は、以前のような生活を取り戻しつつあった。
そんな中、王宮殿の再建も進み、街の間では近々王位継承式が行われるのではないかという噂が立っていた。その噂は、ベンやジョシュ達ブラウン一家にも届いていた。
ジョシュ達は、クエラルン地区にある二階建ての家に住むことになり、ベンもその並びの隣の家に住むことになった。
部屋には以前の居住者が使用していたテーブルと椅子があり、そこにタンスが一つあるだけだったが、それでもベンは十分だと感じていた。
ベンが村から持ってきた大切なカリーナとの写真などをタンスの上に並べていると、そこへジョシュがやって来た。
「ベンさん、何か手伝うこととかありますか?」
「いや、大丈夫だよ。それにしても、立派な部屋だなぁ。今日からこの家で一人暮らしだ」
ベンの言葉を聞いて、ジョシュは下を向く。
「…やっぱり、寂しいですよね。今までそばにはカリーナちゃんがいましたもんね」
ジョシュがベンにそう言うと、ベンは部屋を見渡した。
「…確かに、一人は静かで寂しいかもしれないが…、不思議と安心感もあるんだ。あの子がここまで大きくなってくれて、自分が進むべき道を見つけて、少しずつ自分の人生に向かって歩み始めている。勿論、心配もあるが、それよりも今は安心感の方が大きいんだよ」
そう言って、ベンは微笑み、その表情を見たジョシュが安堵していると、そこへオリビアとステラを抱えたアシュリーがやって来る。
「ベンお爺さん!」
オリビアが勢いよくベンの元へ抱きつくと、ベンは、「おぉ…!オリビア」と驚いた。
「ねぇねぇ、これから毎日お爺さんの部屋に遊びに来てもいい?」
オリビアがそう言うと、ベンは笑顔で、「あぁ、勿論いいとも」と言った。
「ベンさん、大丈夫です。私達も一緒にいます。頼りないとは思いますが、これから隣同士頑張りましょう」
ジョシュがそう話すと、アシュリーも続けて話した。
「そうだ!ベンさん!これからは毎日私達と一緒にご飯を食べませんか?オリビアもステラも喜びますし、私達もベンさんがいてくれたら嬉しいですし、喜んでご飯を作りますよ」
ベンは驚いていたが、ジョシュとアシュリーに「いや、でも…私の分まで作ってもらうなんて…、迷惑じゃないかね…」と申し訳なさそうに話した。
「迷惑なわけないじゃないですか。一緒に食べましょう」
ジョシュがそう言うと、アシュリーとステラも笑った。オリビアもベンの方を向いてにっこりと笑うと、ベンは微笑み、「…それじゃあ、これからよろしく頼むよ」と言った。
――そうして、その夜ベン達は楽しく食卓を囲んだ。
ベンはその時、心が温もる感じがした。今までそばにいたカリーナ――。
自分の孫、娘、友人、いやそれ以上の存在だと感じていた彼女が自分の元から巣立っていた――。
寂しさも感じていたが、今は新たな居場所を見つけることができたと、ベンはそう思っていた。
その時、ジョシュがベンに問いかける。
「そういえば、聞きましたか?王位継承式のこと」
「あぁ、聞いたよ。ルキウス王子が王位を正式に引き継ぐ式だ。とても重要な式になるだろう。この国にとっても、そして、これからの未来にとっても…」
◇
場所は宮殿内。
そこでは、王位継承式の挙行に向けて様々な準備が行なわれていた。
「具体的な日にちは決まったのか?」
ルキウス王子が話すと、四人の臣下達は深々と頭を下げる。
「はい、三日後を検討していますが、いかがでしょうか?」
すると、ルキウス王子は考え込むように座った。
「お前達は、それで良いと思っているのだな?」
「そ、それは、…どういうことでしょうか…?」
臣下達はルキウス王子の言葉に戸惑いを隠せなかった。
「私が王位を引き継ぐことについて、反対派の意見があると聞いた。そのことについてはどう感じている?」
ルキウス王子がそう話すと、臣下達は頭を下げたまま黙り込む。その中で、一人の臣下が話し始めた。
「確かに、反対派の意見が国に四割ほどいると聞きました…。理由は、ジェームズ前王様の血を引くルキウス王子様が王位を引き継ぐということは、これまでの惨劇を再び引き起こすことになるかもしれないからだ…ということだそうです…」
臣下の言葉を聞いて、ルキウス王子は拳を握り締め壁に思い切り叩きつけた。
――これほどまで国民の信頼を失っているとは、覚悟をしていたつもりではいたが、ルキウス王子は驚きを感じていた。
そんな時、臣下は更に言及する。
「そして、国民の間では次期王位の候補に、宮殿崩壊の際に王子様と一緒にいたあの青年の名が挙がっているそうです…、名前は確か…」
「エイトか?」
ルキウス王子はエイトの名を口にすると、立ち上がって焦りを露わにした。
(あの時、街の民に届いていたエイトの声。エイトの謙虚で誠実な発言が、父上の心を動かした。若き青年によりこの国は救われたというその事実がすぐに国中に広まったことによって、国の世論が変わったということか…!?)
ルキウス王子はそう思い、すぐに臣下に告げた。
「エイトはもうこの街にはいないだろう…。だが、あの者には生活を共に過ごしていた者達がいたと聞いた…。まずは、その者達に会いたい。まだこの街にいるか探してくれ」
「了解いたしました」
臣下達はそう言って、すぐに動き出す。
一方のルキウス王子は、いつまでも拳を握り締めていた。
その掌には汗が滲み出ていた――。
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