#9 正義の運び屋 (2)
――首都・ロスターから出発して二日が経ち、エイト達はアイウォール列島から出国するための船に乗ろうと、海の見える都市セレタに向かうために、建物など一つもない緩やかな一本道をただひたすらに歩いていた。
どこまでも続く道は、いつまでもいつまでも終わりが見えることはなく、街に近づいている気配は全くなかった。
「…ねぇ、エイト君、あとセレタの街までどれくらい?」
カリーナはリュックから水筒を取り出し、残りわずかの水を口に含み、乾いた喉を潤した。
「そうだなぁ、もう少しのはずなんだけど…」
エイトは地図を見ながら、街までの道を指でなぞりながら辿っていた。
するとカリーナは、「ぷはぁ」と声を出しながら濡れた口を手で拭った。
「まあ、そう簡単には着かないよねぇ…。正直街まで近い距離なのかなとは思ってたけど、油断してた…」
カリーナは溜息をつきながらその場にしゃがみこんだ。
「ねぇ、ちなみにさ。カリーナ、もしかして、水…全部飲んだの?」
エイトが不安になりながら問いかけると、カリーナは、「うん…」と頷いた。
「だってすごい喉渇いてたから…我慢できなくって、えへへ」
「ハァ…、まあ街まですぐ近くだと思うから何とかなると思うけど、それまで大丈夫?」
エイトが心配をしていると、それを振り切るかのようにカリーナは立ち上がって、「大丈夫!」と声を上げて言った。
「もう体はピンピンだよ!さあ、街まで一気に行こーう!」
カリーナはエイトの背中を叩いて、再び歩き出した。エイトはカリーナの切り替えの早さに驚きつつも、元気に歩く姿を見て、(自分もしっかりしなきゃ!)と自らを鼓舞するのだった。
「でも冒険家って、結局やっぱり自給自足だよね…、覚悟はしてたけど、結構キツイな…」
カリーナは、どこまでも続く道を目にしながらそう言って、足を前に前に進ませた。
エイトも下を向き地図を見ながらゆっくりと歩き始めた。
――しばらくすると、道の横に畑が広がってきた。
「エイト君!畑が広がってる!もしかしたら街までもうすぐじゃない?」
カリーナが興奮しながら話すと、エイトも期待を膨らませながら、「そうかも…!」と言って足を進ませようとした。
その時、畑の方から声が聞こえてきた。
「おーい、お二人さん。見かけない顔だが、街へ行くのかい?」
エイトとカリーナが畑の方を向くと、そこには優しそうな顔立ちをした老人の男性が立っていた。
「あ、はい!私達、セレタに行こうとしているんですけど、街まであとどのくらいかかりますか?」
カリーナが問いかけると、男性はエイト達の方へゆっくりと近づいて来た。
「ああ、この道をまっすぐ行けばもうすぐだよ。わしの家も街の中にある……、……っ!!」
「そうなんですか!?ああ、良かった!やったね、エイト君!!」
カリーナが喜びを露わにしながら話していると、突然、「ドタッッ!」という鈍い音が聞こえた。二人は音のする方を振り向くと、地面に男性が倒れていた。
「…!お爺さん!?だ、大丈夫ですか!?」
カリーナが必死に呼びかけるが、男性は意識が朦朧としている様子で全く反応を示さない。
「カリーナ!とにかく、このお爺さんを街の医者に連れて行こう!!」
「…う、うん!」
二人はそう言って、男性を背中に背負い、カリーナと共に急いで街に向かって走り出した――。
◇
――場所は、セレタ。
今日もマークスは、生活費を得るために繁華街で働いていた。生きのびる為に――。
毎日夜になれば、デヴィッドの家から食料や薬を盗み、翌日に街で高値を付けて売る。そんな生活を続けて、もうすぐ六年が経とうとしていた。
街には多くの国外からの観光客が訪れており、特に市場にはたくさんの人だかりができていた。
マークスはその光景を目にしながら、
「さあ、ナスチカ民国から仕入れた貴重な薬草や漢方薬だよー。体にすごく効くよー。さあ、買った買った!」
マークスが客寄せのために声を上げると、多くの観光客達が彼の元へやって来た。
「あら、すごく効きそうな薬ね。いくらするのかしら?」
観光客達は、我先にと貴重な薬を手に入れようと買って行った。すると、その様子を見ていた新聞売りのマーティンがマークスの元へ近づいて来た。
マーティンはマークスの幼少期からの幼馴染みである。
「よお、今日も売れてるなー。マークス。俺にも教えてほしいぜ。儲かる為のテクニックをよー」
「マーティン!…それは無理だな。俺にも分かんねぇから」
マークスは、はにかみながら話すとマーティンは新聞を差し出してきた。
「まあ、それよりこれ見ろよ。お前知ってたか?王が死んでから、次は息子のルキウス王子が王座につくそうだぜ。何だか当たり前の事だけどよぉ、王が変わるからにはこの国の政策も少しは変わってほしいよなぁ」
マーティンは笑いながら話すと、マークスは差し出された新聞を読んだ。
『ロスター事変終結、ルキウス王子が新たな国王へ』
大きな見出しを見たマークスは、掌に力が入るのが分かった。
――自分でも抑えられない力。マークスすぐに新聞から手を放した。
すると、その様子を見ていたマーティンが「大丈夫か?」と気にかけた。
マークスの表情は暗くなっていたが、すぐに正気を取り戻した。
「ああ、大丈夫さ。…まあ、どうせ何も変わんないだろ」
そう言うと、そこへハリーとアニー、ナンシーが息を切らしながら駆け出して来た。
「お兄ちゃん!!」
「どうした、みんな!そんな急いで」
ハリーは、少しずつ息を落ち着かせて話し始めた。
「今、ベイカーお爺さんが倒れたって!だから、早くこの薬持って行こう!」
「何?ベイカーの爺さんが倒れた!?…分かった!急いで行こう!!」
マークスは急いで側にあった白い布袋を手に取り、沢山の薬草や漢方薬を中に入れ、その場を後にしてベイカーという老人の家の元へ向かった――。
◇
一時間前。
「大丈夫ですよ…!もうすぐ街に着きますからね…!」
カリーナが男性に話しかけながら走る。エイトも、(必ず助ける!)という一心で走った。
しばらくするとやがて建物らしきものが見えてきた。
エイト達はセ・レタの街に辿り着いたことを知った。
「…街に着いたみたいだね…!…とにかく病院を探そう!」
カリーナは息を切らしながら話すと、向こうから声が聞こえてきた。
「…ベイカーさん!?ちょっとどうしたの!?」
街の住人らしき女性が近づいてくると、他にも逞しい体つきをした男性が近づいてきた。
「何があったんだ!?」
エイトは額から大量の汗を流しながら経緯を話した。
「…僕達、ここに来るまでの道中で、この人に声をかけられたんですけど、突然倒れちゃって…」
すると男性は、「じゃあ早く医者に診せよう!よし、俺がヒルトン先生を呼んでくる!」と言って走って行った。
「あの…、病院に連れていった方が良いのでは…?」
エイトがそう言うと、女性が険しい表情をした。
「…この街の病院はダメだわ。ヒルトン先生に診てもらった方がいいわよ。とにかく今はベイカーさんを家へ連れていきましょう!」
女性はそう言って、エイト達をこのベイカーという男性が住んでいる家まで案内した。
エイトはベイカーを家まで運び、ベッドに寝かせた。すると、外から男性が息を切らしながら家の扉を開けた。
「今、先生を呼んできたぞー!!」
男性が入ってくると、後ろには、医者らしき白衣を着た『先生』と呼ばれる男性が立っていた。
「ヒルトン先生!早くベイカーさんを診てあげてください!」
女性がヒルトン先生という男性にそう話すと、彼は無言のままベイカーさんの具合を確認した。
エイトとカリーナは乾いた喉を水で潤し、不安そうな表情を浮かべながらベイカーの様子を見ていると、ヒルトンは表情を変えずに話し始めた。
「…多分これは、疲労からくる貧血だろう。すぐに貧血に効く薬を用意しなければ…。アトウッド君、薬草などは家にないか?」
「薬草…ですか…!?」
ヒルトンの言葉にアトウッドという男性が戸惑っていると、突然、「トントントン!!」と扉を叩く音が聞こえた。
「俺です!!マークスです!!」
扉の方から声がして、アトウッドが扉を開けると、袋を持った青年達が入って来た。
「ヒルトン先生!薬草とか漢方薬とか色々持ってきました!」
エイトとカリーナは、彼らの必死な様子に驚いた。そして、ふとエイトとカリーナは『彼』と目を合わせる――。
これがエイト達にとって、初めての出会いの瞬間だった。しかし、この出会いが後に僕達のこれからの運命に大きな影響を及ぼすことを、まだ誰も知ることはなかった――。
◇
場所は、カルハンブラ王国。
「まずい…!このままではベッド数が足りなくなるぞ!」
「治療薬がない!くそっ…!どうすればいいんだ…!」
各地の病院では、多くの患者が溢れ返り、すでに医療崩壊の一途を辿っていた。
この異常事態に対し、国王イヴァン・ローレンスと臣下達が宮殿内で話し合いを行なっていた。
「王様、既に多くの地域で沢山の人々が亡くなっております。更に病院のベッド数は足りなくなり、患者を受け入れられない状態になっています」
「医療従事者達は一日中勤務を続け、既に限界がきています」
飛び交う臣下達の言葉を耳にし、イヴァン王は頭を抱える」
「…くっ…、時間の問題か…」
すると、そこへアトリが焦りを露わにしながらやって来た。
「失礼いたします。王様、各地の状況を調査しまとめたところ、新たに分かったことが…!」
「何…!?新たに分かったこととは何だ?」
イヴァン王や臣下達の視線がアトリに集中する。
「咳や熱などの症状が発症した者達を調査したところ、どうやら人から人への伝染はないようであり、これは感染症ではないようです」
「では、何だというのだ」
「そうだ!感染症ではないというのなら、何だというのだ!」
そばにいた臣下達が次々とアトリに向かって疑問を投げかける。
すると、イヴァン王が静かに告げた。
「『
イヴァン王が発した言葉を聞いて、宮殿内は一瞬にして静まり返った。アトリはイヴァン王の目をまっすぐ見つめ頷く。
「か、
「そ、そんな…!」
ざわつき始める周辺をよそに、イヴァン王のそばにいたブラッドがアトリに向かって話した。
「つまり、これは誰かが故意に行なったことであり、国を陥れようとしているということか?」
アトリは視線をブラッドに移し、「あぁ」と頷いた。
「しかもこれは、一人二人で始めたことではない可能性がある。十人、二十人…いや、一〇〇人以上の人間が仕掛けたことかもしれない」
イヴァン王はアトリの言葉を聞いて、更に頭を抱える。
「……このままでは国中が危ない。崩壊してしまうのも時間の問題だ……」
イヴァン王はそう呟きながら、親衛隊、そして臣下達に命令を下す。
「皆、静まるのだ!これより、新たにこれからの行動について宣言する!アトリは今まで通り発症者の病状の経過について調査を」
「はっ!」
「ブラッドと親衛隊は手分けをして反逆者がいないか国中を周り調査を」
「了解です」
「我々は国民に対して生活の維持に必要な場合を除き、外出を自粛させるよう対策を行なっていく。医療現場や各地のあらゆる場所で支援に取り組んでいる者達への敬意と感謝の気持ちを持ち、今こそ一致団結しこの闘いに勝たなければいけない!皆心して行動せよ!」
「はっ!!」
イヴァン王の言葉に対し、宮殿内の者達は皆、決意を新たに固めた。
見えざる敵――、それは一体誰なのか。
今、まさに新たな国難が静かに蠢き始めるのだった――。
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