#8 正義の運び屋 (1)

 真っ白な光が前方から薄らと見えて来る。

 これは、何かの境界線だろうか。いや、違う――、きっと夢だ。

 今、夢を見ているのだ。前にも同じ夢を見たことがある。

 マシューとチサが楽しそうに仲睦まじく話している場面。だが、そこにエイトの姿はない。二人が共にいる場面がただそこに映っているだけ。

 でも、それがどうとかというわけではないのだ。疑問点は他にある。

 一つ目はマシューとチサがいる場所がこの世界ではないということ。つまり、現実ではなく、全く知らない別の世界にいるのだ。

 見慣れない建物や作物、服装、食べ物、文字――、全てが超越されている世界。きっとこれは、現実逃避をしたいがための欲望から現れる幻想なのだろうか。

 エイトはその夢を思い出しながら、いつかマシューとチサとそんな平和な世界で暮らしてみたかったと思った。

 

 ――そして二つ目はその夢の中の世界には『電気』を利用して作られた便利な機能が沢山存在しているということだ。

 今、エイト達が住んでいる世界には電気が存在する。電気は暮らしのライフラインを変えてくれた画期的なものだ。しかし、その性質や正体は未だ歴史上明かされてはいなく、誰がそれを発見し、世界に広めたのかは未だ謎のままではあった。

 便利な機能性はこの世界を大きく変えたが、この世界に存在する電気には限度があり、まだまだ発展途上な部分は多く見受けられる。

 だが、夢で見た世界はまるで違った。夢の中の世界では家や街の建物、機械、装飾品など、ありとあらゆるところに電気が利用されていた。

 豊かで便利かつ均衡が保たれた平和な世界――。そんな世界がいつかこの現実にも現れる日はくるのだろうか――。


 ――そうしているうちにエイトは目を覚まし、新たな朝を迎えた。



 ◇



 ――首都・ロスターから約四〇キロ離れた場所に位置する、アイウォール列島もう一つの都市、セレタ。

 この街は元々金融業や毛織業で栄えていたが、八年前からの大不況以降、街では次々と店を閉める場所が多くなっていた。都市はどんどん廃れていき、街には失業による浮浪者が現れ始めたことによって極貧層が過密化していった。

 その為、多くの人々が満足な食事を得ることができず、飢えに耐えきれなくなってしまい、衝動的に盗みなどの犯罪を起こしたり、力尽きて亡くなってしまったり、自ら死を選んでしまうなど、沢山の問題が生じていた。


 ――だが、貧民層だけが住む区域が大半を占める一方で、未だ失業をしていない富裕層などが住んでいる場所も多くあった。

 貧民と裕福な民とに真っ二つに分かれてしまったこの街の仕組みは実に不条理なもので、貧民層は富裕層が住む区域に立ち入ることは決して許されず、金持ちは決して貧しく苦しむ人々に手を差し伸べることはない。

 その為、貧民層の住む区域にも立ち入ることもなかった。


 ――貧しい人々が酷く差別をされる街。そんな街の実情に立ち向かう者は誰一人いなく、どの国々も助けてはくれない。

 なぜなら、他国の人間の中でこの国の真の実情を知る者が誰一人としていなかったからだ。

 他国との関係性を強化しようとしていた国家は、街の真実を闇の中に葬っていたのだった――。

 多くの観光客を招き入れる玄関口は繁華街や富裕層などが住む区域にあり、人々も多く訪れ、街は活気を帯びていた。だが、それは表向きの姿なのだということを、世界の国々はまだ知らなかった。



 ◇



 ――ある夜、街の地区一帯を取り仕切る大商人デヴィッド・ジャーマンの屋敷では盛大なパーティーが行われていた。

 デヴィッドは、街の中でも有名な富裕層である。

 元々、不動産王であった父親の後を引き継いだ彼は、父親の昔馴染みの貴族・グレイス家との交流を深め、そして金銭面で助力をしてもらっていた。

 そうしたことにより、彼はこの街で失業せずに生き残った。

 今日も各国から貴族を呼んでは、酒や豪勢な料理を用意し、パーティーを開いていた。


「おぉ、これはこれはフレデリカ様、よくいらっしゃいました!」


 デヴィッドは声を高らかに上げていた。


「お久しぶりですね、デヴィッド。何年ぶりかしら。随分とお顔がおやつれになったんじゃないかしら」


 貴族のフレデリカは、煌びやかなドレスを靡かせながら話した。


「そんなことはありません!まだまだ張り切って仕事をしています!疲れなど滅相もない!」


 デヴィッドは声高らかに笑いながら言うと、フレデリカは手に持ったグラスの酒を口に一口流しながら、「…そう?」と静かに言った。

 すると、他の貴族達が次々と話し始めた。


「まあ、とりあえずこの地区一帯を取り仕切っているのは君だから安心だな」

「そうね、デヴィッド、あなたまであんな薄汚い人間達の巣窟の仲間入りになってはダメよ?」

「…そう、あんな人間達に手助けなど無用。何せ、私達があの人間達を生かしてあげてるんだから」


 すると一人の貴族の男がデヴィッドの耳元で囁いた。


「…だから、君は何もしなくていいんだよ」


 貴族の男は冷ややかな笑みを浮かべた。

 デヴィッドは、少し恐怖を感じたが、無理矢理口角を上げて、「も、勿論です!リチャード様!…さあさあ、今夜は飲みましょう」と言った――。

 ――貴族達はその夜、夜通しで酒を飲み交わしていた。


 デヴィッドは酔いが覚めないまま朝を迎え、昨晩の散乱とした状態のままの広々とした部屋の中をのらりくらり歩いていた。

 

「くっ…頭が痛い…、全く、貴族はこうも酒豪ばかりが多いのか…?」

 

 デヴィッドは酔い覚ましに水を飲もうとキッチンへ向かった。

 すると、あることに気がつく。パーティーのために昨日まで用意していた食材のほとんどが無くなっていたのだった。

 デヴィッドは薬が貯蔵してある倉庫へ向かった。


(まさか…!)


 デヴィッドの不安は的中していた。貯蔵されていた薬がほとんど消えていたのだ――。


「…ハァ…、またアイツか……」


 ここ数年になり、デヴィッドの屋敷では食料や薬などが何者かに盗まれるようになっていた。だが、その犯人の存在を、未だデヴィッドは知る由もなかった。

 すると、デヴィッドの後ろから男性の声が聞こえた。


「どうかしたのかい?」


 デヴィッドが振り向くと、リチャードが倉庫の戸の側で立っていた。


「…まだ犯人が分からないのかい?六年前からずっとなんだろう?早く捜せばいいものを」

「い、いえ…、どうせ食べ物に飢えた貧民の仕業です。あんな貧民の巣窟には行きませんよ」

「それならば…、私共の優秀な部下に探させようか?」

「いやいやとんでもない!そのお気持ちだけで十分です!犯人は、自分の手で突き止めますよ!」


 デヴィッドがそう言うと、リチャードは「そうかい…」と言って冷たく微笑んだ。



 ◇



 ――この街の中で生きる一人の青年がいた。

 名はマークス、一八歳。別名、『』。

 彼は毎日のように観光にくる人々を眺めながら、セレタの街の中で最も栄えている繁華街で靴磨きの仕事をしながら生計を立てていた。

 だが、マークスには弟が一人、妹が二人おり、養っていくには、靴磨きの仕事だけでは収入は微々たるもので、生活をしていくには貯金が足りなかった。

 そのため、仕事は靴磨き意外にも、得意だった歌を路上で披露したり、ある時は仕方がなく野菜や果物の他に、金持ちの家から奪い取ってきた肉や薬などを闇市に横流ししていた。

 街では、多数の富裕層の家が盗難被害を受けており、その噂は貧民層が住む区域にまで広がっていたが、その犯人はマークスの仕業だった。

 しかし、人々は彼の人柄からそのようなことをするはずがないと、誰一人として彼を疑う者はいなかった。

 マークスは一二歳の時に両親を亡くしている。

 その時から彼が親代わりを務めており、彼が生活を支えるしかなかった――。

 今では弟や妹達にも手伝いをさせるようになったが、ここまで弟達を育ててきたのはマークスだった。その姿を見ていた人々は、決して彼の人柄を疑うことはなかった。

 マークスが観光客の靴磨きをしていると、街の向こうから、「お兄ちゃん!」という声が聞こえてきた。

 十歳の妹・アニーだった。その横には六歳の妹・ナンシーと、手を繋いだ十四歳の弟ハリーがいた。

 すると、アニーがマークスの元へ走って来た。


「おっ、アニー!ハリー!ナンシー!みんなお疲れ様。今日は売れたか?」


 マークスの問いかけにハリーが答えた。


「うん!今日はボールドウィンさんの家とアトウッドさんの家が薬を高く買ってくれたよ」

「そうか!ありがとう、みんな!じゃあ、今日は早いとこ切り上げて、パーっと美味しいメシを食おう!」


 マークスの言葉にハリー達は喜んではしゃいだ。

 ――その夜、繁華街から少し離れた場所にある家の中で、マークス達は夕飯を食べようとしていた。


「さあ、今日はご馳走だぞ!」


 マークスはテーブルの上に、大きな袋から沢山の肉やパン、野菜、果物などを出した。


「わあ、食べ物がいっぱいだあ!」


 アニーとナンシーはリンゴを手に取り夢中で頬張った。


「おいおい、食べすぎるなよー?今から肉焼くからなー!」


 マークスの言葉にアニーとナンシーは「はーい!」と大きく答えた。

 早速、マークスが肉を焼こうとしていた側で、ハリーは不安そうな表情を浮かべながら話し始めた。


「ねぇ、お兄ちゃん。肉とか野菜とか、全部、デヴィッドさんの家のものなんだよね?大丈夫かな…?」


 するとマークスはハリーの頭を撫でながら、笑顔で言った。


「なーに、大丈夫だよ!今までお兄ちゃんがバレたことなんて一度もないだろ?お前は心配しないで、沢山食べろ!生きるにはちゃんと食べなきゃダメだ。あとは、しっかり勉強しなきゃダメだぞ?…そうだ!何か欲しいものがあったら、お兄ちゃんがとってきてあげるからな!」


 マークスがそう話すと、ハリーは「うん…」と頷いた。


「さあて、ハリー、大きい皿を持ってきてくれ。今夜はいっぱい焼くからなー」


 ハリーは側にある食器棚に向かう。

 そして、マークスは赤身の肉を焼きながら(大丈夫…、きっと大丈夫だ…。生きるためには仕方のないことなんだ)と一人笑顔を消してそう思っていた――。



 ◇



 ――場所は、アルハンブラ王国。

 その頃、イヴァン王は国に運びる新たな問題に直面していた。


「咳や熱が各地で多発している?」


 イヴァン王が問いかけると、臣下は頭を下げた。


「左様でございます。発症原因は現在詳しく調べておりますが、…どうもその症状に効く特効薬がないらしいのです…!」


 イヴァン王は驚いた。


「何…!?特効薬が…ない?何も効かないのか?」


 臣下は頭を下げたまま、「左様のようです…!」と答えた。すると、臣下は何かを言いたげにおろおろとしていた。


「…なんだ?何か言いたいようだが?」


 イヴァン王が臣下に問いかけると彼らは、「…そ、…その…」と恐る恐る声を漏らす。


「どうした?言ってみろ」

「じ、実は…、このような事態が起きているのは我々の国だけではないようなのです…!」


 イヴァン王は、「なんだと?それは、どういうことだ?」と驚いた様子で立ち上がった。


「…すでに多くの国で沢山の者達が発症しているという事例を耳にしました。恐らく、この事態はいずれ相当なものとなるでしょう」


 臣下の言葉を聞いて、イヴァン王は、「うむ……」と言葉を詰まらせた。


「アトリ、ブラッド」


 イヴァン王が、横にいた二人の兵士に聞く。


「はい」

「どう思う?お前達なら、この事態は何が原因であると考える?」


 すると、椅子に座っていたアトリが答える。


「そうですね…、考えられるのは何らかの食材から発症したケース…、例えば、畑で栽培された野菜や果樹園で育てられた果物などか、もしくは他国から輸入した物資の中から細菌が発生した…、それでなければ……」


 周辺にいた者達は、恐る恐る彼のことを見ていた。


「…何者かによる『 呪縛カース』の仕業かもしれないのではないかと考えます」


 アトリの言葉を聞いて、イヴァン王は「やはり、お前達も同じことを考えていたか…」と呟き、深く息を吐いた。

 ――ここ、アルハンブラ王国では新たな問題が広まろうとしていた。

 この問題が、のちに世界に恐怖をもたらすことになるとは、この時はまだ誰も予想していなかった。



 ◇



 エイトとカリーナが目的地であるセレタへ向かおうとロスターを出発してから一日が経った。


「いやぁ、私、木で火を起こすの初めて見たよ。エイト君がそういう知識を持っていたなんてね」


 カリーナは感心しながら話す。エイト達は昨晩初めて野宿を経験したのであった。


「前に父さんから冒険に必要なノウハウを教えてもらってたんだ。まぁ難しくてできなかったこともあったけど…」

「フフ…、それじゃあ、お父さんに感謝しないとね」


 カリーナが微笑みながら話す。父の教えが役に立つ日が来るとは――。

 エイトは、自分が冒険家としての道を着実に歩み始めたことを少しずつ実感し始めたのだった。


「よし!この調子でセレタまで一直線だね!私は頼もしい冒険家さんを信じて着いていくよ」

「…いや、カリーナ。僕、駆け出しの冒険家だからね」

「これからエイト君を見て勉強するよー」

「全く…、君はさぁ……」


 ――エイト達はそんな会話を続けながら、目的地のセレタへ向かった。

 時には下らない会話をして笑い合いながら、どこまでもまっすぐに続く道を歩み始めた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る