#7 いつか

 ――ロスターでの騒乱が終結してから、二日が経つ。

 まだまだ街の復旧は進まず、遺体の捜索や瓦礫の処分が続き、イヴァン王はルキウス王子と共に国民の安全を最優先するために、各地区に医師を派遣したり、食料を供給するなど復興活動に尽力していた。


 一方、街の人々は安全のためオリーヴ村など各地へ避難をすることになった。

 当のブラウン一家とカリーナ、そしてベンは、ロスターのクエラルン地区の復旧活動に携わりながらこの街で暮らしていくことになったが、エイトはこの状況で冒険を始めてもいいのか、はたまた街に残るべきなのかどうか悩んでいた。


 日が沈んで辺りが暗くなった頃、赤く燃える焚き火の前で、エイト達はアシュリーが作った野菜スープを食べていた。だが、エイトは中々食事を口にすることができない。


「エイト君……、大丈夫?」


 カリーナがそう話すと、アシュリーは「口に合わなかった……?」と言って不安そうな顔をした。


「……い、いえ!すみません。……ただちょっと疲れちゃって……。でも、大丈夫です! いただきます」


 エイトはそう話しながらスープを口に運んだ――。



 ◇



 周囲が寝静まってから、エイトは街の川の畔に来て、月の光が輝く水面を眺めながら座っていた。すると、カリーナが近づいて来てエイトの隣に座った。


「前も、こんな風に川を眺めたよね、私達」

「そうだね…」


 可愛らしい顔立ちは昔から変わっていないな――と、エイトはカリーナの顔を見ながら思った。


「…ねぇ、何かエイト君悩んでるよね。…ダメだよ。私と約束したじゃない。『一人で抱え込まない』って。だから、悩みがあるなら教えてよ」


 エイトは手元にあった小石を川に投げる。


「僕…昨日の夜、イヴァン王に呼ばれて色んな話をしたんだ」

「…もしかして、能力のことやこれからのこと?」


 カリーナの問いかけにエイトは頷いた――。



 ◇



 昨夜、エイトはイヴァン王に呼び出されていた。


「すみません、遅くなりました」

「いや、大丈夫だよ。こちらこそすまないね。こんな時間に呼び出して」


 イヴァン王は空を見上げながら笑った。


「それに、君には大変迷惑をかけた。こちらこそ謝らなければいけない。それに、君には感謝しているんだ。今日はそのことを伝えたくってね」

「いや、僕はそんな……」


 恐縮しながら聞いていると、イヴァン王は気持ちを察したのか、気にかけながら話してくれた。


「何か、聞きたいことがあるような顔をしているな」


 イヴァン王がそう話すと、エイトは恐る恐る問いかけた。


「…あの、どうして僕に手紙を届けさせようとしたんですか?」


 星が光る夜空を見上げながらイヴァン王は答える。


「君なら必ず説得してくれると思ったからだ。君の能力は人の感情を読み取れるが、人の心を動かす力も持っている。私は君がカリーナ君に言った言葉を聞いたときに確信した。君は人の心を動かせる人間だとね。だから、君にジェームズ王の心を動かせると思って頼んだんだ」


 エイトはイヴァン王の言葉を聞いて俯いた。


「でも結局、僕はジェームズ王の心を動かせなかったし、何の役にも立てなかった。……情けないです」

「そんなことはない。君の思いは確かに、王の心を動かしていたはずだ。ルキウス王子が言っていたよ。『最期に父が謝ったんです』とね。きっと君の言葉が王の心に伝わっていたんだ。役に立ってないことなんてないさ」


 イヴァン王は優しく語りかけてくれたが、それでもエイトは顔を上げられずにいた。


「……だけど、あの時は国王様が助言して下さったおかげで僕一人だけでは何の解決もできなかった。僕は一人だけでは強くもないし、一度決心したことでもすぐに心が揺らいでしまう弱い人間なんです。この機会を通して更にそれを痛感しました。……僕、いつか父のような冒険家になって自分自身の力で生きていけるようになりたかったんですけど、こんなんじゃダメですよね…。そんな甘いものじゃなかった」


 エイトがそう話すと、イヴァン王は深く息を吸って吐いた。


「…弱い人間、か…、それなら私だって同じだよ。人間はみんな弱いんだ。だが、弱く見られたくないがために強く見せようとする。皆、目には見えない殻に閉じこもっているんだよ。だから人は一人で悩み、苦しもうとする。しかし、そんな人々ばかりの世界にしてはいけない。その為に君の力が必要だと私は思うんだよ」


 その言葉を聞いてエイトはハッとした。


「自分の力が必要……?」


 エイトは疑問に思いながら顔をそっと上げると、イヴァン王は微笑んでいた。


「君は今、冒険家になりたいと言っていたね。だったらその夢を諦めるな。君は冒険を未知の財宝を発見したり文化の探検をすることばかりだと思っていると思うが、それだけが冒険ではないと私は考えるよ。君の能力を必要としている人々のために旅をすることも一つの冒険であると私は思うがね。だから、エイト君、私は君にこの事件のせいで夢を簡単に諦めてほしくないんだ」



 ◇



 ――エイトはカリーナに思いを打ち明けた。


「僕はイヴァン王の話を聞いて思った。旅は決して安全なわけじゃないし、最悪の場合、突然命を落とす可能性もあるって。並大抵のことではないし、普通の人ならそんな道には進まない。だって誰もが冒険の先に辿る末路を分かっているから。だから、冒険家という名前を身震いするほど恐ろしく感じているんだ。村も、国も、世界すらも」


 カリーナは静かに聞いていた。


「だけど、今は探求黄金時代で、世界中では多くの冒険家が名を連ねているし、みんな日々、浪漫や夢を追い求めている。夢を持つことは誰しもが持っている自由な権利だから」


 エイトは空を見上げた。星が輝く、暗闇を。


「その度に不安や現実的なことを考えてしまうこともあると思う。でも…、それでも僕は他の人とは違う形で旅をしてみようと思うんだ。この能力のことも知りたいし、必要としてくれる人がいるのなら、僕はその人達のために助けに行きたい…!そう思ったんだ」


 カリーナはエイトの顔を見て少し驚いていたが、それと同時に安堵していた。


「何だ…、いつものエイト君だ…」

「いつもの?」

「悩みに悩んで、最後は自分で答えを導き出す。やっぱりエイト君はそうでなきゃ」


 微笑みながら話すカリーナにエイトは戸惑いを浮かべる。だが、そのうちに二人はお互い笑い合っていた。


「いや…、僕は色んな人に助けてもらってばっかりだよ」


 カリーナの顔を見ながらエイトは決心を固めるように言った。


「明日、みんなに話してみるよ」


 エイトがそう言うと、カリーナは静かに、「うん」と頷いた――。



 ◇



 ――次の日もエイト達は街の復旧作業に携わっていた。段々と瓦礫などが片付いてはいったが、中には遺体が見つかった場所もあった。

 街の機能が正常に戻っていくには、まだまだ時間が必要かもしれない――。そんな気持ちを抱きながら、エイトは瓦礫を運んでいた。

 すると後ろから、「よっ!」と声が聞こえてきた。


「わぁぁ!」


 エイトは驚きながら振り向くと、そこには城での事件の際に手助けをしてくれた男が立っていた。


「わりぃわりぃ、ちょっと驚かせたな」

「…ちょっとどころじゃないですよ。いつも背後から突然現れますね」


 エイトがそう話すと男は、「まあ、そうだな」

と飄々とした態度で言う。

 そんな男を見てエイトは後退りをしていると「おい、ブラット。驚かせるな」と話す声が聞こえてきた。アトリだった。


「アトリさん!」

「やぁ、エイト。すまないな、驚かせてしまったようで。彼の名前はブラット。私と同じく、イヴァン国王様の護衛を行っている我々の仲間だ」


 エイトはやっと理解をした様子で二人の姿を見た。アトリとブラット、二人がとても大きく見える。


(これは目の錯覚か、それとも……)


 そう思いながらエイトが佇んでいると、ブラットはアトリに向かって、「そういやお前、どうしたんだよ?」と言った。


「エイト、ルキウス王子がお呼びだ」

「えっ?」

「すぐに連れて来いと命令があった。頼みたいことがあるらしい。何故、お前に頼みがあるのかは分からないが……」


 アトリがそう話すと、ブラットは「そんなの決まってるだろ」と言った。


「この国の王は死んだばかりだし、国を立て直すにも時間がかかる。ましてや臣下達も王子にとっちゃまだ信用できない状況だろうし、そうなったらあの場にいた英雄・エイトを頼るしかないだろ」

「珍しくお前、まともなことを言うなぁ。いつも飄々としているクセに」

「…あの、英雄じゃないです…」


 エイトが自信なさげに話すと、スルーしながらアトリが「そういえばお前こそ、どうしてここに?」とブラットに言った。


「あ、そうだ。エイトに言いたいことがあったんだよ。俺達今日国に帰るから」

「えっ?」


 エイトは驚きながら体を硬直させた。

 そんなエイトを見てアトリは、「とにかく行くぞ」と言って手を強引に引いていく。


「えええぇぇぇーーー!?」


 驚きながら連れられていくエイトを見ながら、ブラットさんは、「ファイトー」と言って手を振った。


「アイツも、気の毒だなぁ」



 ◇



 場所は、宮殿前。

 そこには診療所や物資の供給所など、無数のテントが立ち並んでいた。そんな中、崩れた城の前に一際大きなテントがあり、そこには多くの護衛達が立っていた。

 エイトはアトリに連れられ、その大きなテントへ向かう。


「青年を連れてきた」


 アトリが護衛達に向かってと話すと、彼らはテントの入り口を開け、エイトとアトリを中へ通した。すると、そこにはルキウス王子が座っていた。


「ルキウス王子様、青年を連れてきました」

「礼を言う。すまないが、この青年と二人で話したいので外してくれないか」

「承知しました」


 王子の言葉を聞いてアトリが外へ出ていくと、ルキウス王子は笑顔を見せて、「さあ、座ってくれ」と自らが座っている向かい側の椅子へ誘う。

 エイトが恐縮しながら座るとルキウス王子は「そう緊張するな」と笑った。


「お前、歳は?」

「一八です…」

「ハハハ!それじゃあ私と同い歳だ」

「そうなんですか!?」


 エイトが驚くと、ルキウス王子は笑顔で頷いた。


「だから、お前とは気楽に話したい。それに、まだお前に礼を言っていなかったからな。こうした場を一度設けたかった」

「そんな…、僕は何も…」

「何も、なんてことはない。あの時お前が来てくれなければ、私は生きていられなかったかもしれないし、それにお前が父上に向かって話してくれたこと、あの言葉がなければ父上は怨念を持ったままだっただろうしな」


 エイトは驚いていた。自分がそのように思われていたとは考えもしていなかったからだ。


「私を恨んではいないのですか…?もしかしたら私の言葉で王様が……」

「恨むわけがないだろう。八年もの間、地獄の中にいた私達家族や国民を救い出してくれたんだ。お前やイヴァン王達には感謝してもしきれない。本当にありがとう」


 ルキウス王子はエイトに向かって深く頭を下げた。


「そ、そんな、頭を上げてください…!」


 エイトが慌てていると、ルキウス王子は頭を上げてまっすぐ目を向ける。


「私はお前達が救い出してくれたこの平和を無駄にはしない。必ずこの国を豊かにしてみせる。そこで、一つ頼みがあるのだが…」

「な、なんでしょうか…?」


 恐る恐る聞くと、ルキウス王子はエイトの手を掴んで、「私の友になってくれないか!?」と言った。


「えっ?」

「私は今までずっと宮殿の中にいたゆえ友人がいなかった。だから、自分にも心が通じ合える相手がいたらな…と、『友達』というものには強い憧れを持っていたのだ。だが、昨日イヴァン王から聞いたところ、お前は冒険家になるのだそうだな」

「はい…」

「これから旅に出るのだったら、会えなくなるのは承知している。しかしそれでも良い!私は友人と呼び合える仲になれたらそれで良いのだ!だから頼む!友になってくれ」


 ルキウス王子の言葉を聞いて、エイトは固まっていたが次第に緊張が解れていくのを感じた。


(王子も国民と同じような心の持ち主なんだ…)


 そう思いながらエイトは王子に向かって、「はい、喜んで」と言って笑顔を浮かべた。


「…ありがとう…!…エイト」


 ルキウス王子はエイトの手を強く握り締める。


「エイト、お前はこの国を救ったんだ。もっと自分に自信を持て。そして気にせず自分の夢を追いかけろ」


 エイトはルキウス王子の言葉を聞き、まっすぐ目を向け、そしてより一層決心を固めるのだった――。



 ◇



 エイトはベンさんやイヴァン王達にこれからの進む道を打ち明けていた。


「…そうか、エイト君とも、いよいよお別れか…」


 ベンはしみじみとした表情でエイトを見た。


「すみません、街が大変な時に。僕だけが街を抜け出していいのか、すごく悩んだんですけど…」


 エイトが申し訳なさそうに言うと、ベンは「そんなことないさ」と言った。


「君は夢を叶えるべきだ。街は時間が経てばいつかまた元に戻る。だから、君は気にしないで旅に出るべきだ」


 その言葉にエイトは勇気を奮い立たされた。そばで聞いていたイヴァン王がエイトの肩に手を置いた。


「エイト君、私達は今日、国に戻らなければならない。だがその前に君に伝えておきたいことがあるんだ。……君がもしも旅を通してソウルや歴史に触れたいと思ったなら、ぜひアルハンブラに来るといい。私の国には様々な歴史書が残されている。気になったらぜひ来てくれ。いつでも歓迎するよ」

「はい!」


 そう言ってイヴァン王とエイトは微笑み合った。


 ――こうして、イヴァン王達はアルハンブラへ戻っていった。いつかまた、再び会うことを約束して。


 その時、アトリは微笑みながら話していた。


「もしかしたら、いつかあの青年は、大物の冒険家になるかもしれないですね、王様」


 すると、イヴァン王はエイトの姿を思い出しながら話した。


「あぁ、まるで……だな」



 ◇



 ――イヴァン王がカルハンブラ王国へ戻ってから三日後、ロスターの街並みは、段々と形を取り戻しつつあった。

 エイトは明日、ロスターを出て冒険家としての旅を始める。ベンやブラウン一家は、エイトの門出を祝っていたが、ただ一人カリーナだけは表情が暗く、ベンはその様子に気付いていたようだった。

 ――明日になったら、エイトと会えなくなる。カリーナの心には、その気持ちだけが張り巡らせていた。そんな気持ちのまま、カリーナは夜を迎えるが、気持ちは抑えきれずにいた。


 カリーナはベンに思いを打ち明けることを決心する。


「ベン…、ちょっといいかな」


 ベンは「ん?」と振り返る。


「…私ね、実はずっと考えていたことがあるの。私も色んな国や島を巡って、色んな文化を知って、自分の目で沢山のことを勉強したいの!だから…!」


 カリーナがそう話している途中で、ベンは微笑んだ。


「カリーナ、行ってくるんだ。エイト君と一緒なら大丈夫だ。自分の夢を追いかけなさい」


 ベンの言葉にカリーナは最初は驚いたが、次第に気持ちが高まっていくのを感じていた。


「……い、いいの?本当に、いいの?」


 するとベンは、ハァと息を吐いた。


「…何かあったら、いつでも帰ってくればいい。その時は美味しいご飯を作って待っているよ」

「…ありがとう…!ベン…!」


 カリーナはそう言ってベンの元に近づきお互いに抱きしめ合った。

 ベンはカリーナが小さかった頃を懐かしむように彼女の温もりを感じていた――。



 ◇



 ――次の日の明け方、エイトは何も入っていないバッグに、衣類や水、食料に蝋燭やマッチ、そして薬など、様々なものを詰め込んだ。

 空は少し明るくなってきたが、まだ陽は登っていない。薄暗く静まり返った辺りは、気温のせいなのか、もしくは何かに取り憑かれているせいなのか、異様に空気が冷たかった。

 エイトは少しでも寒さが和らぐよう、頭にフードを被り、それでも凍える体を震わせながらカリーナやベン達の元へ向かった。

 すると向かった先では、ジョシュやアシュリー、オリビア、ステラ、そしてベンが立っていた。


「おはようございます。皆さん、本当に今までありがとうございました。皆さんのことは一生忘れません。どうか、お元気でいてください」


 エイトがそう言うと、ジョシュ達が笑顔で笑った。


「エイト君、本当に君には助けられた。感謝している。本当にありがとう」

「エイト君、またいつでも帰ってきて。私も美味しい料理を作って待っているから」

「お兄ちゃん!またね!」


 エイトはジョシュ達に「本当にありがとうございました」と感謝を伝えた。


 すると、エイトはカリーナがいないことに気がつく。


「あの…ベンさん、カリーナは?」


 エイトが問いかけると、ベンは微笑みながら背後に隠れていたカリーナの頭をポンと優しく叩いた。


「…!カリーナ…!」


 カリーナの背中にはリュックが背負ってあった。


「エイト君!私も一緒にエイト君と旅をしたい!だから、私も連れてって!冒険に!」


 エイトはカリーナの言葉に戸惑いながら、ベンの方に顔を向けた。

 ベンは「カリーナのこと、よろしく頼むよ」とエイトに向けて言った。

 エイトは笑顔を浮かべながら、「はい!!」と答えた。


「カリーナ、嬉しいよ!これからもよろしく」


 エイトは手を差し出した。


 するとカリーナも笑顔で手を差し出し、二人は握手を交わした。


「こちらこそよろしく!エイト君」


 ――そうして、エイトとカリーナは、ベン達に別れを告げた。

 いつか再び帰ってくることを約束して――。

 ベン達は手をいつまでも振っていた。

 エイトとカリーナも手をいつまでも振っていた。

 二人の向かう先には、日の出が差し、輝きを放っていた。まるで二人の旅の始まりを祝うかのように。

 こうして、エイトとカリーナの長い旅路がいよいよ始まったのだった。

 世は、探求黄金時代ーー今、壮大な冒険の幕が開けたのだった。

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