#6 ただいま

 エイトは、宮殿内の中をただ一人で潜入していた。

 周りに人がいないことを確認しながら、王の城の中へ入る。その時、イヴァン王からの頼みを思い出していた。


『私が今から城内の兵士達を引きつける。その間に君は城の中に潜入し、ルキウス王子にこの書状を届けてほしい。王子は我々の協力者だ。先日、ジェームズ王を説得するために、王子と内密に書状を送り合いながら作戦を立てていた。頼む、作戦を成功させるためには君の行動が左右する。必ずこれを王子に届けてくれ。私も後で行くが、よろしく頼むよ……!』


 エイトは静かに階段を駆け上がる。


(こんな大事なこと、僕に任せるなんて……。王子はどこにいるんだ……? 王子の顔なんて前に新聞で見たことがあるくらいだし……)


 ゆっくりと広い廊下に出ると、そこには兵士達がいた。


(兵士いるぅぅ! ……まずいぞ……! ……でも、多分ここが一番怪しい……!)


 エイトは恐る恐る様子を伺った。ある部屋の扉の前に兵士が五人ほど立っている。

 部屋に近づこうと思ったが、兵士がそばにいて中々前に進めない。


(……! そうだ、まずはあの兵士達の声を聞こう)


 エイトは力を集中し、耳を研ぎ澄ます。


『……王様と王子は、何を話しているんだ……?』


(……! やっぱり、この部屋の中に王子がいるんだ……! しかも、ジェームズ王と!)


 エイトは足が竦むのを感じた。


(……クソッ、考えろ……! 王様もいるなんて……! 考えてなかった! 待て待て、落ち着いて考えるんだ。……そうだ! ソウルの力を使って……って、どう活用すればいいんだよ! ……あああ、どうすれば……)


 そう考えていると突然後ろから、「おっすー」と声がした。

 ――背後から、気配を感じる……? エイトは後ろを振り向いた。


「……! い、い、い、……いやぁぁ……!」


 思わずエイトが叫ぼうとしたところを、背後にいた若い男性が口を塞いだ。


「お、おい……! 待てって、落ち着けって……! 俺はイヴァン国王の部下だ……! お前の手助けに来たんだよ」


 エイトは落ち着きを取り戻し、「えっ……?」と声を漏らした。


「……いいか、時間はない。俺があの兵士達を倒すから、お前は部屋に入って王子に手紙を届けろ。いいな」

「いや、だったら、あなたが手紙を届けた方が早いのでは……?」


 すると、部下である男がエイトの背中を叩いた。


「……バカ、国王が『お前に届けさせるように』ってうるさいんだよ。だから、お前が責任持って届けろ」


 エイトは身体の恐怖心が消えるような感覚がした。


「……お前、やるって決めたんだろ。なら最後までやり遂げろ。何かあったら、俺達が必ず助けにいく、だから……」


 ――エイト達は立ち上がった。


「迷わず行け」


 エイトは息を吸い、覚悟を決める。


「……はいっ」


 すると、部下の男が兵士達に向かい、剣を振りかざす。


「うぉるぁぁああ!」

「な、何者だ⁉︎」


 男は素早い動きで数人の兵士達を相手にしていた。


「行けぇぇぇ!」


 エイトは部屋に向かって走り出した。迷わず走った。

 ――そして、扉を開く。


「……バタン‼︎」


 扉を開くと、そこにはルキウス王子がいた。


「王子様!」


 ルキウス王子は驚いた様子だった。


「……お前は……?」


 エイトはルキウス王子の手にイヴァン王からの手紙を差し出した。


「イヴァン国王からです……!」

「……! そうか」


 すると、エイトは部屋の片隅から、冷徹な威圧感を感じた。


「何をしている……? 不届き者」


 エイトは声のする方を見ようとすると、突然発砲する音が鳴った。振り向くとそこには手に銃を持ったジェームズ王がいた。

 銃弾は部屋の壁を突き破り、煙が上がっている。その横で、ルキウス王子は手紙を見て何かを確信させた。

 エイトはジェームズ王の発砲に驚いていたが、(怯むな……!)と自分に言い聞かせ、すぐに正気を取り戻した。


「ジェームズ国王様、なぜこのようなことをなさるのですか……! 私達国民は罪も犯していないのに、あなたは働いている人間に満足な収入も、食べ物も与えてくれなかった! ……私の母は、五年前大不況の中、夜も寝ずに必死に働きました……! ですが最期は力尽きて、……亡くなったんです……!」


 エイトは溢れ出る涙を堪えた。


(ここで、泣いてはいけない……!)


「あなたは、一国の王という立場でありながら、どうして国民を苦しめるようなことをするのですかっ⁉︎」


 エイトが必死に訴えると、ジェームズ王は物凄い剣幕を見せた。


「うるさいっ‼︎ お前に何が分かる‼︎」


 ジェームズ王がエイトの方へ銃口を向ける。

 すると、ルキウス王子がエイトを庇うように前に立った。


「父上! もうやめてください! これ以上民を苦しめて何になるというのですか? ……私は、今まで見て見ぬ振りをしてきました……。ですが、もう我慢できません!」


 ジェームズ王は、絶句したような表情を浮かべた。


「お前まで……そんなことを……、なぜ、お前まで……! お前だけは味方だと思っていた……なぜだ……なぜだ‼︎ ルキウス‼︎」


 その時、エイトは何かを感じ取っていた。


(何だろう…王様から伝わってくるこの気持ちは……?)


 エイトはグッと掌を握り締め、意を決して口を開いた。


「……王様、恐れながらお聞きします。……あなたは今、悲しんでおられますね……?」


 ジェームズ王はエイトの言葉に驚いた様子でいた。


「母上のことで苦しんでおられるのですね……? ……父上」


 ルキウス王子の言葉に、エイトは思わず「えっ……?」と疑問を投げかけた。すると次の瞬間、ジェームズ王は部屋の窓に向かって発砲した。


「知ったような口を利くな‼︎ お前達に分かってたまるか‼︎ 裏切られた気持ちを‼︎」


 ジェームズ王は取り乱した様子で、エイトとルキウス王子に向かって銃口を向けた。


「ち、父上!」


 そして、次の瞬間、ジェームズ王は銃の引き金を引いた。


「バンッッ‼︎」


 ――エイトとクラウス王子は目を閉じた。すると目の前から、「キンッッ!」という音がした。

 目を開くと、目の前にはイヴァン王が剣を持ち立っていた。イヴァン王が銃弾を剣で跳ね返したのだった。


「ジェームズ王! お前は自分の息子までも死に追いやるつもりか!」

「イヴァン王……! なぜここに……⁉︎」


 ジェームズ王は、今ここにイヴァン王がいることに驚きを隠せなかった。イヴァン王は、ルキウス王子の手に持っていた手紙をジェームズ王に差し出す。


「この書状を見よ! これは私の母上が、今は亡きアイウォールの王妃・ユリアナから預かっていた手紙だ!」


 ジェームズ王は目を見開いていた。

 ――エイトは思い出した。五年前に新聞で見た驚きの記事。

 ユリアナ王妃が亡くなったという衝撃のニュース――。


(これが、王を狂わした原因なのか……?)


「……何を言っている! あの女は私を裏切り、部下と共に王宮を抜け出した! それを今更、手紙などふざけおって! 私はユリアナを愛していたんだ! いつも笑顔が綺麗で、とても心の優しい、そんな王妃を愛していた……! だがあの時、私やルキウスよりも平民の部下を選んだ……! 挙げ句の果てに金を脅し騙され、そして殺された! 私はあの時から人間を信じられなくなった……! 人間は平気で嘘をつき、欺く。国民も他国も自身らのことばかりで都合が悪くなればそっぽを向く。お前の父親もそうだ! 我が国と突如友好を断ち切った……! 信じていたのに……!」


 エイトは息を呑み、イヴァン王は黙っていた。ジェームズ王は涙を浮かべていた。


「私は、もはや王の立場などどうでも良かった。せめて、国民を苦しめてから死んでやると思った!」


 ――その時、エイトはふとジェームズ王の声が外からも聞こえるような感覚がした。ジェームズ王の言葉が街中へ反復していたのだ。


「……これは、スピーカー?」


 するとイヴァン王はエイトの言葉に頷いた。


「ジェームズ王……、今の言葉をこの街全体に聞こえるようにしていた。民にもお前の思いが届いているだろう」


 ジェームズ王は絶句するようにその場に崩れ落ちた。すると、イヴァン王は真っ直ぐジェームズ王を見つめる。


「……過去の辛き出来事がお前の心を黒に染めてしまったことを思うと胸が痛む。……だが、お前は勘違いをしているんだ! ……この書状を見て確信した。ユリアナ王妃はお前達を裏切ってなどいない!」


 ルキウス王子も涙を浮かべていた。


「……私も書状を見て初めて知りました……、父上、読んであげてください! 母上の伝えたかった真実を!」


 ジェームズ王は、手紙を手に取り読み始めた。


『王様、あれから一月経ちました。私は今、都市セレタで飢饉が起きている人々の手助けになるよう努力しています。王様はまだ今も私の心を誤解して恨んでいるでしょうか? あなたを安らかに休ませてあげることができなかったのではないかといつも心配しています。私は決して王様を裏切るようなことはしていません。ですが、あなたの心を知らぬ間に傷つけていたことは事実。私は責任を持って、今後王宮には関わらないことを誓います。しかし、一つだけ伝えておきたいことがあります。あなたとルキウスを愛しています。それだけはいつまでも変わりません。ルキウスをどうかよろしくお願いします。王様もご健康でいてください』


 ジェームズ王は涙を流していた。


「ジェームズ、お前が外交で忙しくしていた時、王妃は一早く町の異常に気づいていた。だが、お前はそれを見て見ぬ振りをしていた。だから王妃は部下と共に町に向かい、町の現状に立ち向かおうとしていた。それをお前は勝手な勘違いをし、王妃に酷い仕打ちをした!」


 イヴァン王の額には汗が見えていた。


「ユリアナ王妃は、町のために必死に尽力していた。だが、お前が国を狂乱に導き、そのせいで苦しみ恨みを持った民に殺されたんだ!部下と共にな!」

「……私が……、ユリアナを殺した……?」


 ジェームズ王は信じられない様子だった。そんな王から伝わってくる深い悲しみと絶望を感じながら、エイトは涙を抑えきれずにいた。


(何とかしてあげたい――!)


 心の中でエイトはそう思い、立ち上がってジェームズ王の元へ近づいた。


「……今まで王様は一人で悩み、耐えてきておられたのですね。私達は何も知りませんでした。それなのに、私はあなたを心のどこかで憎んでいました。だけど、それは間違いだった」


 エイトは膝をつき、頭を下げた。


「エイト君!」


 イヴァン王とルキウス王子は目を見開いた。ジェームズ王もエイトの行動に驚いていた。


「申し訳ありませんでした……! 私達は王様の気持ちに気づいてあげることができなかった。私達国民にも落ち度があります。ですが、もう王妃様は帰ってきません。ですが、これからは一人で抱え込まなくたって良いんです。強がらなくたって良いんです。……だって、王様にはルキウス王子様がいます。信じてくれている人がいます……! だからもう、苦しまないでください。……どうか、もう終わりにしてください……お願いします……!」





 ――その頃、宮殿から聞こえてくるエイトの声を聞きながら、カリーナは涙を流していた。


「エイト君……!」


 街の住人達も、静かに宮殿内の様子を耳にしていた。すると、城の方へ向かって声を上げる者や祈りを捧げる者が現れた。


「頑張れー‼︎ 青年ー‼︎」

「お願いします……‼︎ どうか私達の思い、届いてください……‼︎」


 その光景を目にしながらカリーナやベン達も城の方を向いた。


(お願い……‼︎ 神様……‼︎ エイト君を……、私達を助けて……‼︎)


 カリーナは心の中で願いながら、エイトの無事を祈っていた――。



 ◇



 イヴァン王はジェームズ王に近づき、手を差し伸べた。


「エイト君の言う通りだ。もう過去は戻ってこない。だから、終わりにしよう。この現実を……」


 イヴァン王がそう言って、ジェームズ王の手にあった拳銃を取ろうとした瞬間、ジェームズ王が突然立ち上がり拳銃をエイト達に向けた。


「父上!」

「イヴァン国王様!」


 ルキウス王子とイヴァン王の部下はジェームズ王を止めようとした。すると、ジェームズ王はエイト達とは反対の方向に銃口を向ける。イヴァン王は何かを感じ取り、焦りを露わにして叫んだ。


「危ないっっ‼︎ 逃げろぉおお‼︎」


 イヴァン王はエイトとルキウス王子を抱え、部下と共に窓から外へ出ようと走った。


「えっ⁉︎」


 エイトは突然のことに驚いていた。ルキウス王子はジェームズ王の方を振り向いた。

 ――ジェームズ王は、静かに「すまなかった」と言いながら銃の引き金を引いた――。


「バアアアアアアアアアアアアン‼︎」


 ――ジェームズ王の撃った方向には爆破装置が仕組まれていた。城は一気に崩れ落ち、イヴァン王達も爆風に巻き込まれた。

 ルキウス王子は城の方を振り向き叫んだ。


「父上ぇぇぇぇぇぇぇ‼︎」


 声の限り叫んだ。だが、応答はなく、ジェームズ王は自ら命を絶ったのだった――。

 自分に罪を感じたのか、はたまたどんな理由を持ち、ジェームズ王は銃の引き金を引いたのか、それは誰にも分からなかった――。

 イヴァン王達は無事に街へ降り立った。

 だが、ルキウス王子は涙を流しその場に崩れ落ちていた。


「父上……これから僕はどうすれば……」


 すると、イヴァン王はルキウス王子の肩に手を置いた。


「父上を助けられずすまなかった……。だが、今は悲しんでいる暇はない。我々も協力する故、共にこの街を元に戻していこう」


 イヴァン王の言葉にルキウス王子は決心をついた表情を浮かべていた。


「……父上……、……母上……、私が必ず、この国を再び豊かにしてみせます……! 見守っていてください……!」


 こうして、アイウォール列島の大不況、そして『ロスター事変』は終末を迎えた。



 ◇



 エイトはカリーナ達の元へ向かった。


(こっちの街は被害が少なそうだ……!)


 エイトが走っていると、向こうから声が聞こえてきた。


「エイト君!」


 そこにはカリーナやベン、ブラウン一家が立っていた。すると、カリーナがエイトに勢いよく抱きつく。


「エイト君! もー! 無茶してー! 心配したんだから!」

「ゴメンゴメン」


 エイトがそう言うとベン達は笑っていた。カリーナも笑っていた。そんな彼らの表情を見て、エイトはホッとしていた。


 そして、エイトはカリーナ達に一言、「ただいま」と呟いた。

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