#5 見つからない在処

「私は、カリーナと申します。助けていただいてありがとうございました。イヴァン国王様」

「私は、エイトと申します。助けていただいてありがとうございます」


 カリーナとエイトは恐縮しながら話した。すると、イヴァン王は二人に向かって、「頭を上げなさい」と言った。


「それで……」


 イヴァン王はそう言って話を切り出す。


「君達も、さっきの抗議者達の仲間かね?」

「いえ、私達はさっき、この街に来たばかりで……、何があったのかと思い、宮殿近くに着いたら多くの人だかりができてて……」

「なるほど……」


 イヴァン王は、「ふむ……」と顎に手を当てた。


「失礼ながら、イヴァン国王様にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 エイトが尋ねると、イヴァン王は頷き真っ直ぐ見つめた。


「……そ、その……、どうして、このアイウォール列島にいらっしゃるのですか?」


 すると、イヴァン王は静かに言い放った。


「……この国を、救いに来たのだ」


 ――イヴァン王が何を言っているのか、エイトとカリーナには理解ができなかった。


「王様……! これ以上はむやみに話すべきではありません…! 彼らがジェームズ王の密偵かもしれませんし、信用できるかどうか、よく熟考してからの方がよろしいかと……」


 アトリがイヴァン王の耳元で話し出すと、イヴァン王は掌を上げ、「良いのだ、彼らは信用できる」と言った。


「アイウォール列島の実情は以前から耳にしていた。だが、この約八年間、どの国々も手を差し伸べようとはしなかった。私の父上も自分の国のことばかりを見ていた。私はそんな現実がどうしても許せなかった。世界はどうして見て見ぬ振りをするのか、と……。だから、私は一年前、父上が亡くなりこの王座についた時から心に決めていた。この国を絶対に、元に戻してみせるとな」

「……それでこの街に……。ちなみに、ジェームズ王はイヴァン国王様がこの街にいることをご存知なんですか」


 エイトが質問すると、イヴァン王は、「いや、分かってはいないだろう」と首を振った。


「何か、作戦があるんですか」


 カリーナが尋ねると、イヴァン王は俯いた。


「あるにはある。だが、この展開は想定外だった。まさか、自分の国をここまで痛みつけるとはな……」


 エイトは周囲を見渡す。建物は焼け崩れ、街は原型が分からないほどに崩壊していた。


「ベンやブラウンさん達は大丈夫かな……? 爆発に巻き込まれてないかな……?」


 カリーナは不安を漏らすと、エイトは思った。


(あの時、自分はブラウンさん達家族を助けると決めたんだ。なのに……、僕はみんなの安全を真剣に考えてなかった。浅はかだった……)


 彼らの生存が分からない。どれだけの被害が出ているのかも分からない。このままでは、国が崩壊する――。エイトは心の中でそう感じていた。

 するとイヴァン王は真剣な表情を浮かべ、エイトとカリーナの方を向いた。


「そこでだが……、新たに作戦を考えた。……というよりかは、作戦を少し変更するだけだが、エイト君、君にも協力してほしい」


 エイトは驚いた。


「きょ、協力ですか……⁉︎」

「あぁ。最初の作戦は、私を含め、部下数人でそれぞれ宮殿に潜入するつもりだった。だが、事態が事態だ。まさか街を破壊するとは思わなかったからな。そこで、強行突破することに決めた」

「強行突破⁉︎ そんなの無茶です! 下手をしたら死ぬかもしれませんよ⁉︎」


 アトリが焦りながら話すと、イヴァン王は大きく息を吐いた。


「アトリ……、元々ここに来た時点で覚悟はできていただろう。まあ、死ぬつもりはないがな。それに作戦を成功させるためには彼に協力してもらうほかない」

「ですが、この者は普通の人間です! 何ができるというのですか⁉︎ 能力でも持っているというのですか⁉︎」


 そうアトリが言うと、イヴァン王は大きく微笑んだ。


「エイト君、君はカリーナ君の声が聞こえていたね?」

「あっ、はい……!」


 そう答えると、エイトはふとあることに気がつく。


(……あれっ……? 確かあの時、カリーナは気を失って倒れていたはずなのに、何故、カリーナの声が聞こえたんだ……⁉︎)


 エイトは自分でも信じられない表情を浮かべていると、カリーナは驚いていた。


「……えっ……⁉︎ 私、気を失ってたのに……」

「その通りだ。確かにカリーナ君は気を失っていた。だが、エイト君には君の声が聞こえていた。しかも君が壁の向こう側にいるということを当てたんだ」


 イヴァン王の言葉にアトリは、「まさか……!」

と声を漏らした。

 イヴァン王はエイトの目をまっすぐ見つめた。


「エイト君、君は『ソウル』を持っているんだ」


 イヴァン王の言葉にエイトは理解が追いつかなかった。


「そ、ソウル……?」

「あぁ、そうだ。ソウルとは人間の奥底に眠る能力のことだ。まだ広くは知られていないだろうが、種類は沢山あって、君もさっき見ただろうが私にもソウルがある。『剣に力を集中させ最大限に力を発揮させる』能力だ。これもソウルの一つで、君の場合は『他者の心の声を聞き取ることができる』ソウルを持っているんだ」


 ――自分にそんな能力があったとは。エイトは信じられなかった。


「君には私と来てほしい。アトリはカリーナ君と街の状況を調べてきてほしい。カリーナ君、君も家族の安否が心配だろう?」


 カリーナは俯いた。


「でも、エイト君が死んでしまうかもしれないんじゃ……!」


 ――その時、エイトは思った。

 今まで自分は、何度も覚悟を決めて、何度も挫折を繰り返してきた。だが、次は絶対折れたくない。今度こそは役に立てるかもしれない。だからこそ、次は絶望などしたくない。


(それに、母さんは、この不況のせいで死んだんだ……!)


 頭には、母の顔が浮かんでいた。

 ――エイトはカリーナの手を優しく握る。


「……カリーナ、よく聞いて。僕は死なない。だって、約束したんだ。ブラウンさん達にも、ベンさんにも。色んな人達と約束して、何度も諦めかけた……、その度に自分は情けないって感じたんだ。だけど今度は絶対に折れたくない、逃げたくない……、この戦いに勝ちたいって思ったんだ……!」

「エイト君……」


 カリーナはエイトの目を見つめながら不安な表情を浮かべる。


「僕の母さんはこの不況のせいで死んだ。僕は、なぜ王様がこんな風に国を変えてしまったのか理由を知りたい。それに僕にはまだ叶えられていない夢がある。父さんと同じ、冒険家になるっていう夢を。だから、その夢を叶えるためにも、まずはこの戦いを乗り越えなきゃいけない。だって、『人生は自分自身で作るもの』だから。……だから……」


 エイトは彼女の手を強く握った。


「君も絶対に無事でいて。そして、ベンさん達と待っていてくれ。必ず生きて戻ってくるよ」


 するとイヴァン王は大きく微笑んだ。


「カリーナ君、大丈夫だ。さっき言っただろう。死ぬつもりはないとな。だから、安心しろ。絶対にエイト君を死なせたりはしない」


 カリーナはまっすぐエイトを見つめた。エイトの言葉に、彼女は決心がついたようだった。


「……エイト君、本当は、あなたには行ってほしくない。だけど、私もベンに大丈夫だって言っておいて、あなたを危険な目に合わせたりした……。まさかこんなことになるなんて考えてなかった。だから、私には何も言う資格はない。だから、エイト君がもし決めたことなら、私は反対しないよ。だって、私もこの現実を終わらせたいから……!そのために、私も必ずベンとブラウンさん達を見つけて一緒に待ってるから、エイト君も必ず帰ってきて!」


 エイトはカリーナの言葉を聞き、今度は確信を持って言った。


「うん……! 必ず帰るよ」


 ――そうして、カリーナとアトリはクエラルン地区の方へ向かうこととなった。


「王様! くれぐれもご無理をなさいませんように!」


 アトリはそう言い残し、カリーナと共にベンとブラウン一家が待つ街の中へと元へ向かった。

 そして、エイトはイヴァン王と共に宮殿へ向かおうとしていた。


「すまないな……、君には迷惑をかけて」

「いえ……、自分が役に立てるのか、まだ自信はありませんが、頑張ります」


 イヴァン王は微笑んだ。


「……最初に会った時と、表情が全く違うな……」


 エイトの顔を見て、イヴァン王は呟いた。


「では、行こうか。戦場へ」



 ◇



 ――宮殿内の中では、ジェームズ王が静かに街の崩壊の様子を見ていた。


「王様、ただ今、兵士達が逃走中の者達を追っています。大半は爆発の影響で死にましたが……」


 臣下が話している途中、ジェームズ王は掌を向けた。


「構わん、逆らう者は、全て殺せ……!」


 ジェームズ王は、鋭い目つきで、冷徹な表情を浮かべた。それを後ろから見ていた一人の若い男は、王の表情に恐怖を感じていた。


「……なんだ?」

「いえ……、何も……、ですが父上、これはやり過ぎでは……?」


 すると、ジェームズ王は怒りを露わにして言った。


「ルキウス! お前は何をほざいている! 一国の王子が、そのような口を聞くとは! 私がやっているのは制裁だ! 私に逆らった者達へのな!」


 王子・ルキウスは、ジェームズ王の言葉に対し反論をする勇気もなく、黙り込んでしまった。


(……くっ……、本当に来るのか……⁉︎ いや、早く来い……! 早く、一刻も早く、来てくれ……!)


 王子は、そう心の中で思っていた――。



 ◇



 エイトとイヴァン王は、兵士達に見つからないように宮殿前の瓦礫の山の陰に隠れていた。


「それで、作戦というのはどのようなものなのですか?」


 エイトが尋ねると、イヴァン王は宮殿の門を指差した。


「君には、あそこにいる兵士達の心の声を聞いてほしい。奴らの考えを読み解けば、必ず油断をする機会があるはずだ。私はそこを逆手に取り、あの兵士達を討ち取る。騒ぎに気づけば、私の部下達もきっと来るはずだ」

「……本当に来るんでしょうか?」


 イヴァン王は、少々険しい表情を浮かべた。


「まあ、優秀な部下達だ。……多分だけどな。アイツら、来なかったら許さんぞ……!」


 エイトは心の中で、(この人、優しいと思ってたけど、怒ったら絶対こわい人だー!)と思わずにはいられなかった。


「では、……よろしく頼む」

「……はいっ」


 エイトは全身に力を集中させる。


「君はまだ覚醒の前段階だ。まずはこの力を引き出せるようにならなければいけない。無茶だとは思うが、全身を集中させ、耳を研ぎ澄ませば、きっと聞こえてくるはずだ。頑張ってくれ」


 ――全身を集中させる。

 ――耳を研ぎ澄ます。


 エイトは復唱しながら、力を集中させた。

 ――すると、徐々にエイトの耳に声が聞こえてきた。


『……もう、ここに来るヤツなんかいないだろう……』

『……あと少しになったら、中に集合か……』


 エイトは聞き取った言葉をイヴァン王に伝えた。


「あともう少しで、宮殿内に入りそうです…その移動の間を狙えば……」

「……ああ、そうだな、よくやった。では、ヤツらが動き出したら、我々も中へ突入といくか……」

「はい……!」


 エイト達は兵士達が宮殿内に戻る機会を伺う。


(動け……動け……動け……!)


 エイトは、兵士達に向かって念を送る。

 ――その時、思いが通じたのか、遂に兵士達が動き出した。


(………! 動き出した!)


「……行くぞ、私の後ろをついて来い……!」

「……はいっ……!」


 ――兵士達は次々と宮殿の中に入ろうとしていた。


「まさか、王様もここまでするとはな……」

「あぁ、とんでもないお人だ……」

「次は何をする気だ……?」


 兵士達が話している隙を狙い、イヴァン王は兵士の背後から剣を構える。

 そして次の瞬間、目の見えぬ速さで兵士達を次々と切り裂いていった。


「グァァアアアッ!」


 兵士達はイヴァン王の剣により、次々と倒れていった。


「何者だ! お前たちは!」

「まだ、兵士達が! どんどんこっちに……!」


 エイトはイヴァン王の背後から、目の前に迫り来る兵士達を見て焦りを感じていた。


「……大丈夫だ。ちょうど良い、集まって来たヤツらをまとめて討ち取るチャンスだ」


 イヴァン王は冷たい笑みを浮かべ、兵士達に剣を突きつけた。

 そして剣を素早く両手で回しながら、風を纏うように振りかざした。


『風纏い・旋回落‼︎』


 エイトは、目を大きく見開き驚いた。


「あの沢山の兵士達を、剣一つで、空中に⁉︎」


 多くの兵士達が、イヴァン王の振りかざした剣によって、空に舞い上がっていき、そして、次々と落ちてきた。


「ドタッ、ドタドタッ、ドタッ!」

「……す、すごい……!」


 イヴァン王は、深く息を吐いた。


「これもソウルの力を使った技だ。これで、部下達も気づけば良いのだが……」

「……ちなみに、この兵士の人達は……」


 エイトが恐る恐る聞くと、イヴァン王は剣の刃先を見せながら、「大丈夫」と言った。


「峰打ちだよ。死んでいない」

「……なんだ……! そうだったんですか……」


 エイトは、ホッと胸を撫で下ろした。


「安心している暇はないぞ。本題はここからだ……。多分これから多くの敵が押し寄せてくるだろう。私はそれを抑える。その間に、君にはもう一つ仕事を頼んでもらいたいのだが……」


 エイトは「えっ?」と首を傾げるのだった――。





 ――川沿いの地区・クエラルン。

 エイト達が村から川を渡り、初めてロスターの地に辿り着いた街だ。この街は、宮殿から離れた場所にあり、爆発の影響による被害は少なかった。

 カリーナとアトリはクエラルンに着くと、街は騒然としていた。


「……この街は、被害がなかったみたいですね……!」

「ああ。だが、皆が混乱していることは確かだ……。とにかく避難を促そう」

「はいっ!」


 二人は街の者達を避難させようした。その時、声が聞こえてきた。


「お姉ちゃん!」


 オリビアだった。そして、横にはジョシュ、アシュリーとステラ、ベンもいた。


「みんな! 良かった、無事だったのね!」


 カリーナは喜びを浮かべながら走っていくと、ベンが彼女を抱き締めた。


「……心配したぞ……! もし、何かあったらと……。でも良かった……!」


 カリーナは強く抱き締め返した。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……‼︎」


 カリーナの目には涙が浮かんでいた。


「何があったんですか?」


 ジョシュがカリーナに聞くと、彼女は焦りを露わにしながら話した。


「この街で王への抗議活動が行われていたの。だけど王がその制裁に街に爆弾を投下したみたい……」

「……そんな……!」


 ベン達は驚いていた。


「……エイト君は?」


 アシュリーがカリーナに聞くと、カリーナは俯きながら話した。


「今……、アルハンブラ王国のイヴァン国王と一緒に宮殿に向かった」

「アルハンブラ王国⁉︎」


 カリーナは「しー!」と、ベン達に静かにするよう促した。


「どうして、アルハンブラの王が……」

「『この国を、救いに来た』って言ってた……」


 その時、カリーナはエイトの言葉を思い出した。


『君も絶対に無事でいてくれ、そしてベンさん達と待っていてくれ。必ず生きて戻ってくるよ』


 カリーナは宮殿の方を向いた。


「だけど、エイト君も王様もきっと大丈夫。必ず帰って来る」


 そう、カリーナは彼らに言った。

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