#3 カリーナ、登場

「……ありがとう……。君のおかげで、少し気が楽になった」

「……ホント……? それは良かった」

「……ねぇ、君は僕達家族のことを何とも思ってないの?」


 エイトが問いかけると少女は微笑んだ。


「……思ってないよ。それに私、あなたの気持ち分かる気がするし……」

「えっ……?」


 少女は俯きながら話し始めた。


「……私ね、数年前にこの村に移住してきたんだけど、村の人に『部外者だ』っていじめられてさ……。私だけならともかく家族の悪口も言われて……」

「……そうだったんだ……」

「……私、両親が物心ついた時からいなくて、ベンっていうお爺さんと暮らしてきたの。ベンはとても優しくて、いつでもそばにいてくれて、私をここまで育ててくれた。だから、凄く感謝してる。……なのに、村の人達は心にもないことを言った。何も知らないクセに……、何だか大好きな人まで否定されたみたいでとても嫌だった」


 エイトは深く息を吐いた。彼女がそのような経験をしてきたとは――。聞いていてとても胸が痛くなった。


「だから、あなたやあなたのお母さんとお父さんが感じてきた苦痛は痛いほど分かる気がする」


 少女は川に石を投げ、それから水色と桃色に染まった空を見上げた。


「約束する。絶対、私は村の人達みたいにあなたを見捨てたりしない。……ご両親の代わりにはなれないと思うけど、あなたの味方になることはできる。これからは一人で悩まないで、私に相談して」


 エイトは嬉しかった。少女の言葉に嘘偽りはない、そう感じた。


「それにしても、あなたのお父さんとお母さんは凄いよ。自分を貫いているところ、尊敬しちゃう」

「……うん。僕もそう思うよ。……父さんはいつも明るくて、旅から帰って来るとよく冒険話を聞かせてくれた。一年に三回しか家には帰って来なかったけど、それでも僕は良かった。色んな国の話を聞くのが本当に楽しかったから……」


 少女は、優しく微笑み頷いた。


「……母さんはいつも優しく接してくれて、色んなことを教えてくれた。母さんの作るご飯が本当に大好きだった。……次、また会えたら食べたいな、母さんの料理……」


 エイトと少女はいつまでも、水色と桃色が混ざり合う空を見上げた。そして父の無事を祈り、母に別れと感謝を告げた。





 ――夕刻が過ぎ、辺りが暗くなった頃。エイト達は葬儀場へ戻って来た。


「みんな、帰ったみたいだね」

「うん……」


 エイトは頷くと、棺桶に近づきチサの顔を見た。とても美しい綺麗な顔立ちだった。


「……まだ寝てると思うんだ。つい昨日まで、同じ屋根の下で寝ていたのにな……」


 エイトはチサの顔をそっと撫でた。それから、母の顔を忘れないよう記憶の片隅に閉まうように見つめた。


「大丈夫。お母さんはいつまでも君のこと見守っていると思うよ。ずっとね」

「……うん、そうだね……」


 エイトは、最後の別れを告げようとした。だが、涙が出てきてうまく話すことができない。考えがまとまらない――。

 気持ちを落ち着かせるために、スッと息を吸い、そして吐いた。


「……ありがとう、母さん。僕は大丈夫。これからは一人でご飯だって作れるし、身の回りのことはちゃんとできる。母さんの手伝いをよくしてたからね。もう大人と一緒だ。将来のことだってちゃんと考えられるし、村のみんなに何言われたって気にしない。母さんや、父さんみたいな大人になるから。……だから……、……だから、心配しないで。僕は大丈夫だから。ゆっくり休んで、そして、見守っていて……。……今まで本当にありがとう……」


 エイトは涙を流しながら母への最後の別れを告げ、棺桶を閉じた。静かな葬儀場の中には、エイトの悲しみの声が響いていた――。





 それからエイトと少女は葬儀場を後にし、冷たい夜風が吹く外へ出た。


「もう冬だね。そろそろ暖かくして寝なきゃなぁ。それじゃ。私、帰るね。ベンが心配していると思うから」

「うん。今日は、本当にありがとう。君のおかげで自分を取り戻せた」


 すると少女は、笑顔で振り向いた。


「私は何もしてないよ。君自身の力で自分を取り戻したんだよ」


 そう言って、少女が立ち去ろうとすると、エイトは慌てて「あ、あの……!」と声をかけた。


「……君の名前は?」


 少女は振り向いてエイトに近づく。


「私の名前はカリーナ。よろしくね。エイト君」


 カリーナはエイトに掌を差し出した。エイトは驚きながらもゆっくりと掌を握り返す。


「……こちらこそ、よろしく……! カリーナ」


 これがエイトにとって初めて友人ができた瞬間だった。エイトとカリーナは星空の下、いつまでも笑い合っていた。





 チサが亡くなってから三年が経ち、エイトとカリーナは一八歳になった。

 アイウォール列島全体の大不況は相変わらず回復せず、その影響でオリーヴ村の住人達は次々と村を出て行き、街へ移住するようになった。街へ行けば今よりかはマシな生活ができると思ったからだ。

 我先に村を出ていく者、他の住人から金を借りて夜逃げをする者などが続出し、村の人口は大幅に減少していき、年々村の機能は低下していった。

 一定の生活水準を維持できなくなった今、当のエイトも村に残るべきか離れるべきか迷っていた。

 このまま村にいたとしても、何かが変わる様子はない。しかし、街へ移住したとしても今より安定した生活を送れるとは限らない。そんなことは分かっていた。

 だが、踏ん切りがつかないまま気づけば一週間が経っていた。朝、目を覚ませば閑散とした部屋が広がるばかり。しばらくして感じるのは母がいないということ。もう、三年も経っているのに、未だに自覚がないのだということに気づかされるようだった。

 エイトはベッドから起き上がり、桶に汲んでおいた水で顔を洗う。桶の中の水面に浮かんだ顔を見て溜息をついた。


「……ハァ、……なーにやってんだろうなぁ、僕」


 エイトは一人部屋の中で呟き、戸棚にしまっておいたリンゴを取り出して一齧りした。


「……そういえば……、最近、まともなご飯……食べてないなぁ……」


 そう言って齧ったリンゴをまじまじと見ると、そのリンゴをテーブルの上に置いた。それから着替えて服を沸騰したお湯で洗濯し、外に出て天日干しした。


「……今日は良い天気だなぁ」


 衣類などを全て干し終えると、空を見上げながらポケットからメイの遺骨が入ったガラス管のカプセルペンダントを手に取り、首から下げた。


「母さん……、綺麗な空だね」


 エイトはペンダントを見ながら、(大丈夫だ。母さんはそばにいる……)と心の中で思った。

 すると、「おはよう!」女性の大きな声が聞こえてくる。

 声のする方を向くと、そこにはカリーナが立っていた――。


「カリーナ……! おはよう」

「はい、これ!」


 カリーナは茶色い紙袋を差し出した。


「朝に家でパンを焼いたの。エイト君にもお裾分け!」


 エイトは紙袋を開け、香ばしい香りがするパンを手に取った。


「ハァァ! 凄く良い匂いだね! ありがとう! これであと一週間は生きられるよ!」


 カリーナは「えっ?」と驚き、家の扉の方へ向かった。


「ちょっと中を見してもらうよ」

「ちょっ、えっ、待って!」


 エイトが止めようとするもカリーナは扉を開け、その閑散とした部屋を見渡して呆れていた。


「何これ⁉︎ 生活感がまるでないじゃない!」

「……いやぁ、ここ最近片付けしていて、必要のないものは捨てるようにしてたんだ」

「なるほど……。でも、この様子じゃ最近外にも出かけてないでしょ? それに、リンゴの食べかけ……、買い出しもしてないんじゃない?」

「う、うん……」

「やっぱり……」

「ゴメン……。買い出しには行こうと思ったんだけど、……こんなご時世だから……」

「まぁね……。ハァ……、じゃあしょうがない!」


 カリーナはそう言ってエイトへ指を指した。


「今夜、君は私の家で一緒にご飯食べてもらいます!」


 エイトは思わず「えっ?」と驚いた――。





 日が沈んだ頃、エイトはカリーナの家を訪れた。


「こんばんはー、エイトです」


 扉を叩くと、家の中からカリーナが出てきた。


「お、来た来た! さぁ、入って」

「お邪魔しまーす……」


 中へ入ると、一部屋の中にロフトがあった。


(そういえば……、カリーナの家には何回か来たことあるけど、中には入ったことなかったな……)


 エイトはそう思いながら家の中を見渡した。すると、椅子に座っていたベンが立ち上がり、「やあ、久しぶりだね。エイト君」と言って笑顔を見せた。


「お久しぶりです、ベンさん。今日はありがとうございます。僕も一緒にご飯なんて……」


「いやいや、エイト君ならば大歓迎だよ。それに、二人よりも三人、人数が多い方が楽しいからね。今日は存分に食べていってくれ。……まあ、大した料理ではないが……」


 そう言って、ベンはテーブルに朝焼いたというパンと、羊肉の欠片が入った塩のスープ、畑で採れた野菜のサラダ、山羊のチーズを置いた。

 一見、普通の家庭の食卓に見えるが、エイトにとっては一週間ぶりのまともな食事だった。


「お、美味しそう……!」

「さ、エイト君! 座って座って!」


 カリーナに背中を押され、エイトは椅子に座る。

 温かい食事、そして美味しそうな匂い――。テーブルの上の料理に釘付けになりながら、エイトは腹をグーッと鳴らした。


「す、すみません……!」


 エイトは顔を赤らめると、ベンは微笑みながら椅子に座った。ベンはいつも穏やかで紳士的である。


「さあ、食べようか!」

「うん! よし、二人とも手を合わせて……、せーの……!」


 カリーナの掛け声に合わせ、三人は手を合わせ「いただきまーす!」と言った。

 エイトはパンにチーズを乗せて、思いっきりかぶりついた。


「パン凄く美味しい!」

「でしょー? 今日はうまく焼けたんだー」


 カリーナは喜びながら、自分もパンにチーズを乗せて食べていた。しかし、終始夢中になって食べていたエイトだったが、段々と口に運んでいた手を止めた。


「大丈夫かい? 口に合わなかったかな?」

「いやいや! 凄く美味しいです! ……だけど……、その……、何だか申し訳なくて……」


 エイトがそう話すと、二人は首を傾げていた。


「えっ? どうして……?」

「こんな不況の中、僕の分までご飯を用意してくれるなんて……、大変なんじゃないかって思って……」


 するとベンは「なーに言ってるんだ」と笑った。


「そんなことは気にしなくていいよ。君にはいつも野菜や薬を分けてもらって、いつかお返しがしたいと思っていたんだ」

「そんな……、僕の方こそ、いつも頂いてばかりなのに……」


 二人の会話を聞いていたカリーナが、「もう! そんなことは置いといて」と言って、違う話題へ変えようとしていた。


「あのね。実は今日来てほしかったのは、相談もあったからなの」

「相談?」

「……実は、ベンと前から話していたんだけど……、私達もこの村を出てロスターに行こうと思ってる」

「えっ? ロスターに?」

「うん。村も段々と人が減ってきて、生活していくにもそろそろ限界が近づいてきてる。これからどうなっていくかも分からない。だから、今はとにかく街に行ってみるしか方法がないと思って……。それで、エイト君も一緒に私達とロスターに行かない?」

「ぼ、僕も?」


 すると、ベンはエイトの顔を真っ直ぐ見つめた。


「エイト君。君が家を離れたくない気持ちも分かるが、このままでは十分な生活は送れないだろう。だからエイト君、君も考えておいてくれ」





 ――夕食を終えて帰宅した後、エイトはベッドの上でベンから言われたことを頭に浮かべながら考えていた。


(……もしかしたら、これが良いタイミングなのかもしれない……)


 自分が冒険家になるという夢を叶えるためにも――。


「……よし、決めた……!」


 エイトはそう呟いて、カリーナ、ベンと共に首都・ロスターへ向かうことを決めた――。

 それから三日間かけて荷造りを始め、家にある限りの必要最低限のものを家から探し出した。買い物に出かけたりしていくうちに、空っぽになっていく部屋を見渡して、やけに広く感じる自分の家の大きさに戸惑いを感じていた。

 そして、着替えの服や飲料水、食料、蝋燭やマッチ、薬などをリュックに詰め込むと、その間に外はもう真っ暗になっていた。

 いよいよ、明日村を出る。正直不安も大きかったが、同時にこれから旅が始まるのだと思うと興奮も感じていた。この気持ちのまま、エイトは明日に備えて早く寝ようと思い、床に枕を置いてタオルケットをかけ横になろうとした。

 その時だった――。外から家の扉を叩く音が聞こえてくる。エイトが恐る恐る扉を開けると、そこには赤児を抱えた女性とその隣には男性、そして小さな女子が立っていた。


「こんな時間にすみません……! 私達、今朝この村に来た者なんですが……」


 男性が話している姿を見て、エイトは驚いた。男性の服が、汚れてボロボロになっていたのだ。女性、そして子供達の服も――。


「お願いです……、この子たちに何か食べ物を恵んでくださいませんか……? 昨日から何も食べてなくて……」

「……分かりました! とりあえず中に入ってください」


 エイトは男性と女性、子供達を家に入れ、そして食糧庫の中から何か食べ物がないかと探し出し、残りわずかのパンと干し肉、チーズを彼らに食べさせた。

 そして、怪我をしていた様子だったため、薬も用意した。


「すみません……、その……赤ちゃんは……」

「あ、大丈夫です、この子はさっきご飯を食べさせたので……」


 母親と思われる女性が弱々しく話すと、エイトは躊躇しながらも尋ねてみた。


「あの……、何があったんですか?」


 すると、男性と女性が立ち上がり、真剣な表情を浮かべ、二人が揃って頭を下げた。


「すみません、まだ名前を名乗っていませんでしたよね……、失礼しました。私はジョシュ・ブラウンと申します。そして、妻のアシュリー、娘のオリビアとステラです。私達家族は、隣の村からこの村に来ました。ですが、村に来た途端、住人の人達に押し倒されて、蹴られて、食料や金品、全てを奪われて……」

「そんな……!」


(酷い……! なんて惨いことをするんだ……!)


 エイトの掌に力が入っていた。


「許せない……! 一体誰が……!」

「確かに、私も絶対に許せません。だけど、私は食べ物や金を奪われたことよりも、妻や子供達にまで暴力を振るったことが許せないんです……! 私だけならいい! だが、妻は勿論、幼い子供にまで暴力を振るうなんて……」


 エイトはとてつもなく怒りが込み上げてくるのを感じた。ふと、オリビアの瞳を見る。彼女の瞳には輝きが無かった。


(こんな小さな子供にまで……、村の奴らはなんてことをするんだ!)


 ――この人達を放っておけない。

 エイトは、彼ら家族に伝えた。


「今日はとにかく家に泊まってください。そして明日、僕と一緒にロスターに行きましょう。この村は一刻も早く出た方がいい」


 そう言うと、ジョシュとアシュリーは涙を浮かべ、頭を深々と下げた。


「……ありがとうございます……! ……食料や薬を分けてくださったほかに、私達家族のことまで……! ……なんてあなたは優しいお方だ……、本当に、本当にありがとうございます……!」


 エイトはその時、新たに覚悟を決めた。


(絶対にこの人達を助ける……!)

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