#2 同じ夢を見た日
――フォルトゥナ王国以外の全ての国々は早急に会談に乗り出すために内密に書状を送り合い会議を開催した。そして、どの国もがこの現状に納得し合い、協力を結ぶことを決議して、アルハンブラ王国の国王フリーセン・ローレンスを筆頭に新たなる同盟と反乱軍を結成した。
反乱としては、まず各国の完全なる労働の停止・ストライキを行い、次に内部から工作員を送り出し、フォルトゥナ王国内の新聞社に宮殿内の情報をリークし、更にそれを信じた新聞社に対し嘘の情報を言い渡すよう仕向けた。
見出しには『イーガン王は自分だけ利益を得ようと世界を破滅に導こうとしている。今後の我々の生活は、厳しいものとなっていくだろう』という文章が書かれ、そうして発行された新聞の内容が瞬く間に王国内中に広まると、国内での世論の動向も風向きが変わり、矛先は宮殿へと向かった。国内でも多数の国民によるデモが発生、遂に最悪の事態であるクーデターが始まった。
宮殿内ではイーガン王の指令により、完全なる粛清の為、全ての軍隊が国内に設置されたが、いかに能力が高くとも圧倒的な差の兵力と数により、フォルトゥナ王国の近衛兵は各国反乱軍により完全に殲滅され、イーガン王は窮地に追い込まれるのだった。
だが、それでもイーガン王は怯むことなく功臣達に粛清の命令を言い渡すが、手段が無くなった今、彼らにはどうすることもできなかった。自身らの主君に諫言する功臣達だったが、苛立ちを露わにしたイーガン王は功臣達をことごとく残酷な刑罰で処刑した。こうした出来事を切っ掛けに臣下達の怒りが頂点に達した結果、彼らの確執と離反を招く結果となり、宮殿クーデターによってイーガン王は完全に失脚し、最終的には王位を剥奪されてしまうのだった。
最期はウィンストン家全員が王国から追放され、その道中で息を引き取ったイーガン王は、後に『史上前例にない最低最悪の暴君』と呼ばれるようになるのだった――。
こうしてイーガン王政が終結し、新たな王政が始まったフォルトゥナ王国は、同じ過ちを二度と繰り返さないよう一から政法を見直し、各国が平等に暮らせるよう新たに世界連合の在り方を確認した。
各同盟国の王や政府の代表らは、世界規模の問題が起きた際などに情勢について話し合う会議を開催するほか、平和の維持や安定した経済の循環などの実現に尽力する組織を作ると決議した。
その後、世界情勢は驚くほどに安定していき、各国は徐々に以前のような平和を取り戻していった。
『対フォルトゥナ世界大戦』は、完全に終戦したかのように思われた。
――しかし、その平和は長くは続かなかった。
過去の平和を再現するべく常に尽力していたフォルトゥナ王国次期王であるトロイ・バラシオン王が何者かにより殺害されてしまう。
犯人は見つからなかったが、フォルトゥナ王国内では、前王イーガン・ウィンストンの呪いであるという噂が広がり、矛先はイーガン前王の血を引くウィンストン家に向けられた。
「呪いの血を引く者どもを、全員殺してしまえ!」
これが、真の戦争の始まりだった――。
『ウィンストン家殺害事件』。国民達はウィンストン家を自身らの手で滅し、呪いを鎮めようとする。しかし、彼らはそれだけでは留まらず一部の間で反乱を起こしていた。
その理由の背景には世界連合の存在があった。イーガン王の死後、宮殿にあった全ての所持物は世界連合の管理局に回収され、その後、厳重に保管されていた。
だが、国民の間に『この世に前王の所持物がある限り、呪いが解かれることはなく世界に真の平和は訪れない』という考えが広がり、世界連合の本部があるフォルトゥナ王国の首都・ヴェーランでは新たに騒乱・デモが起き始める。
やがてこの問題は世界中にも広まり、国内のみならず全世界からも世界連合を非難する声が続々と上がっていき、世界は再び情勢のバランスを崩し始めるのだった。
――そして、遂に真の反乱が起きる。
何者かが世界連合の組織に忍び込んで本部を放火し、前王の一切の歴史を消し去ろうと全てを燃やし尽くすのだった。
世界中は驚きに包まれた。だが、その光景に魅入るフォルトゥナ王国民達は宗教かのように歓声を上げ、そして一斉に天を仰ぐのだった。
その後、トロイ王の死やウィンストン家の消失、世界連合本部の崩壊など前代未聞の災難により、国家の機能が止まってしまったフォルトゥナ王国では長く混乱状態が続いた。
殺害事件や反乱事件の犯人の捜査のため、その日の状況などを調査し犯人の手がかりを探したが、直接犯人に繋がるものは見つからなかった。
未解決のまま過ぎ去ってしまった事件の数々。
一体誰がどんな理由を持ちエルダー王を死に追いやったのか、一体誰がウィンストン家を陥れようと仕向けたのか、一体誰が世界連合本部を崩壊したのか、そして一体誰が世界を混乱の渦に飲み込んだのか、その真実を知る者は誰一人としていなかった。
一方で、世界各地にもフォルトゥナ王国の混乱による影響が現れ始め、今まで安定を保ってきた経済面・労働面、そして生活面までもがバランスを崩していった。
更に、世界連合を再開させるために声をあげる者達とそれを防ごうとする者達の争いが激化し始め、国中が崩壊の一途を辿っていき、満足な食事を得られず沢山の人々が命を落としていくのだった。
裏では盗賊団が沢山現れ始め、金品や食料の奪い合いなどが行われるようになり、世界は終末へのカウントダウンが始まったかのように思われた。
彼ら国民は呪いを解くために歴史の消失を望んでいたはずなのにもかかわらず、最後は嘆きと絶望に変わり果てたことに対し後悔を重ねていた。世界には過去のような平和はなく、人々の瞳にはもはや未来など見えていなかった。
――だが、その時、一人の男が立ち上がった。
男の名は、スティーヴ・アーサー。
彼は、未知の危険をも顧みず、未開の地や未開の領域へと赴く、勇敢な冒険家であった。アーサーは元々物乞いであったことで有名だったが、その後、詳しい経歴は知られていないものの冒険家として名を馳せ、幾度となく危険な地へ足を運び、財宝を手に入れ、やがて億万長者へと成り上がった。
彼はまず、世界の波乱を打開すべく自身が発見した膨大な量の財宝を全ての国々へ平等に手渡した。
そして民に十分な財を与え、生きる気力を持たせ、各地で勃発していた戦争を止めようと仲間を集めた。彼に恩を返したいという者が数えきれないほど沢山集まり、そこには戦闘能力や知力などに特化した後世に名を残す者もいた。
こうして沢山の戦闘員を率いたアーサーは、長かった争いを止めることに成功したのだった。人々は後に、これを『アーサーの革命』と呼んだ。
「一人一人が志を一つにし一丸となれば、絶望することなど決してない。何故ならば、我々は今、同じ現状を背負い、同じ力を持ち合わせ、この場に一つの形となっているからだ。一つの欠片ではどうすることもできないことも、結束し大きな形となれば、必ず希望へと導くことができるのだ!そうすれば、きっと道は開ける」
アーサーはこう言い、続けてこのような言葉を残した。
「人生は自分自身で作るものだ!」と――。
◇
「ハイ、今日はこれでおしまい。さあ、もう寝なさい」
「えー、もっとお話聞きたいよー」
軋む小さなベッドの上で、エイトは足をバタつかせる。チサはそんな息子の頭を優しく撫でた。
「エイトは本当に歴史が大好きなのね。難しいお話なのに、頭が良いのね」
「だって僕、将来はお父さんみたいな冒険家になりたいから! もっともっと大昔のことを沢山勉強したいんだ」
「そうなのね……」
チサは優しい笑顔で、エイトの顔を見た。
「でも、あなたはまだ子供。これからもっともっと大きくならないといけないわ。だから早く寝ないとダメよ。早く寝れば、病気にもならないし、色んな勉強もたくさんできるわ。それに明日はお父さんが帰ってくるから、いっぱい話を聞けるわよ」
「そっか……! そうだね! 分かった。じゃあ、明日のために寝るね! お母さん、おやすみなさい」
エイトが目を閉じるとチサは、「ええ、おやすみ」と言って、そばのテーブルにある蝋燭の火を消した。
◇
――そんな、何の変哲もない幸せな夢をエイトは見ていた。目を覚ますと、まだ真夜中だった。
エイトは目を擦る。その時、初めて気がついた。涙を流していたことを。
隣を見ると、そこにはベッドで眠る母・チサの姿があった。だが、チサの姿は以前の面影を消し去るほどに痩せ細っていた。過労と不況のせいで満足な食事が取れず、栄養失調になっていたのだ。
エイトはそんな変わり果てた母の姿を見て、再び眠りにつくのだった。大粒の涙を流して。
◇
――手紙が途絶え、理由も分からないまま父・マシューが村に帰って来なくなってから五年。
エイトは一五歳になった。
母・チサは二年前に不治の病にかかり、一日をほぼベッドの上で過ごす毎日を過ごしていた。
命綱であるマシューからの仕送りが五年前から突然送られてこなくなったため、生活費を得るためにチサは町に出向いて朝から晩まで仕事をしていた。その影響で過度の疲労により体調を崩してしまったのだった。
更に、畳み掛けるようにアイウォール列島が不況に陥り、国内で混乱が起きていたため、その影響で人々は貧しい生活を送らざるを得なくなってしまっていた。
エイトとチサもその内の被害者だった。
そのため、貯蓄は底を尽きてしまいそうなほど、生活は限界に近づいていった。エイトはこの状況をどうにかしようと二年前から配達の仕事を始め、食料と薬が買えるほどの貯蓄をしていた。
チサの病の緩和治療のためにも、エイトは必死に働いた――。
だが、それでも満足な暮らしはしていけず、その後、チサは力尽き息を引き取った。
エイトはこの日から天涯孤独になった。
誰一人として、身寄りがいなかったので、葬式の参列者は村の住人ばかりだった。チサの葬式の最中、エイトは母親が亡くなったという事実を受け入れることができず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
参列した村の住人達は、その悲しみを受け止めるかのようにチサの死顔を見ては涙を流し、悔やみの言葉を投げかけていた。しかし、その言葉一つ一つがエイトの心に届くことはなかった。
ただエイトはチサの顔を見て、今、何をすれば良いのか、これからどうしていけば良いのか、そんなことばかり考えながらただ母の亡骸の側に居続けた。
――そんな時、突然エイトのそばに、ある少女が現れた。
「どうして強がっているの?」
そう言って、少女はエイトの腕を掴み、参列者を避けるようにその場から連れ出した。
エイトはしばらく頭が回らなかった。ただ少女に引き寄せられるがままに、エイトは空気の如く彼女に身を任せる。だが、不思議なことに抵抗感はない。何故か分からないが、この時は妙な安心感に包まれていた。
それから知らぬ間に川の畔まで来ると、エイトは驚いた。川の水の色が煌びやかに輝いている。まるで、透明な宝石のように。
エイトがその光景に見入っていると、少女は息切れ一つせずまっすぐ目を向けて話しかけてきた。
「君、大丈夫……⁉︎」
気迫に満ちた声を聞いて、エイトは言葉を詰まらせてしまった。
「ぼ、僕は別に大丈夫だけど……」
「いや、絶対ぜーったい大丈夫じゃない!」
エイトは少女の言葉の意味が分からなかった。
「確かにお母さんのそばにいたい気持ちは分かるけど、あんなに酷いこと言われたままあそこにずっといるなんて大丈夫なわけないよ!」
――全く意味が分からなかった。
(酷いことを言われた? いつだ?)
エイトは全く思い出すことができなかった。
「……もしかして気づいてなかったの? あの人達が君の家族の悪口ばかり言ってたこと……」
少女の言葉を聞いてエイトは驚いた。そして、やっと気がついた。
――そうだ、自分達家族は村の住人から嫌われていた。最初から味方なんて誰もいなかった。悔やみなんてとんでもない。今まで村の人々がどれほど自分達のことを奇妙がっていたことだろう。
はっきりと聞こえていたはずだった罵詈雑言。
「可哀想に、息子さん一人残して……」
「親があんな人だから……」
「父親はもう戻ってくるわけないわよね……」
「やっと嫌なヤツがいなくなったな……」
「息子のほうは、まともだったらいいけど……」
「さっさとあのガキもいなくなればいいのにな……」
――エイトは気づいていた。自分達家族は今までずっと村の住人から爪弾きにされていた。父親が冒険家というだけで。
夢だの、希望だの、浪漫だの、綺麗事ばかり並べてくだらないことばかり考えている馬鹿者だと、村の恥晒しとまで言われたこともあった。
確かに冒険家は古代から眠る財宝を求め、旅をし、探し当て、その財宝に価値を懸ける。決して楽なことではない。ましてや、家族がいるのならば、現実的に考えればそんなことをしている暇はないのではないかと誰もが思うだろう。
金がなければ生きていけない。それが現実なのだから。
だが、マシューは村の住人が何と言おうと冒険家という立場に対して誇りを持っていた。チサもそんなマシューを尊敬し、そして愛していた。
そんな二人を見て村の者達はまるで奇妙な生き物でも見るかのようにエイト達家族を避けていた。
(何をしているんだ、僕は……)
エイトは知らぬ間に膝をついていた。
目の前が真っ暗になっていく。まるで、暗闇の渦に飲み込まれていくような気がした。
(一生この先ずっと……、居場所がないまま生きていくのか……?)
エイトがそう思っていた次の瞬間、少女は涙を流しながら優しく手を握ってきた。
「今までよく耐えてきたよ。あなたは十分頑張った。でも、もうあなたのお母さんはいない。だけど、これからは一人で抱え込まなくたって良いんだよ。だって……私がいる。私があなたの味方になるから」
エイトの心の中で何か細い糸のようなものがプツンと切れたような気がした。そして何故だか止めどなく涙が溢れ出てきた。自分の感情ではどうすることもできなかった。エイトは驚いていた。今まで泣いたことのないくらい、泣いて、泣いて、泣き
少女はエイトの肩に寄り添い、そっと体を包み込んだ。こんなにも体温を感じるのは久しぶりだとエイトは思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます