冬の花火とアイツとオレと
ごま太郎
第1話
オレは冬が嫌いだ。
だって寒いし、外に出る気力が沸かない。なんならコタツからも出たくない。
おしゃれも難しい。組み合わせ?シルエット?ジャケットにコート?ふざけんな。
雪の中、足元を気にして厚着で動き回るなんて、とても滑稽だ。
挙句店に入るとやたら暖かく、厚着から抜け出したくなる。実に不便である。
その点、夏は嫌いじゃない。
確かに暑いが、冬よりはいくらか外に出る気力が湧いてくる。なんなら家でじっとしていても暑いことしか考えられなくなる。
おしゃれも難しくない。GパンにTシャツでそれなりに見える。Tシャツを変えるだけで印象も変えられる。
足元が滑ることもないし、店に入れば涼しく感じるだけで、困ることなどない。
そんな夏の中でも、花火、とりわけ花火大会というものだけは苦手だった。
特に何か印象的なイベントがあった訳ではない。ただ漠然と、しかしはっきりと苦手なのだ。
色とりどりの光が、だとか、一瞬の儚さが、だとか、よく言われるけれど、色とりどりの光はどこにでもあるし、一瞬よりもずっと見れた方がいいに決まっている。しかも、その花火も何発も上がるのだから、一瞬もクソもあったもんじゃない。
動きやすい服装で、快適な場所で過ごせるはずの季節に、蒸し暑い人混みの中、動きづらい浴衣を着て、一瞬(?)の風情を楽しむ。
実にくだらない。
別に友達がいなくて卑屈なわけではない。むしろそれなりに遊んできた自負もあるし、彼女と花火大会に行ったことだってある。
そんな青春時代を経て、オレはアイツと出会った。勤めている会社こそ同じだが、部署が違うこともあり、お互い顔見知り程度の関係だった。
美人でも不細工でもなく、痩せているわけでも太っているわけでもない。表情もあまり印象に残らない、どこにでもいそうな同僚Aだった。
ある日、大きなプレゼンを終え、慰労会という名の強制食事会が開かれた。
このご時世に大人数での飲み会は難しく、その会は終業後の社内で行われた。
関連部署のスタッフも招いてのその会は、若手が買い込んできたお酒の助けもあり、案の定上司の愚痴、自慢大会へと変わって行った。
オレは隙を見て屋上の喫煙スペースへと逃げ出す。屋根もない屋上にポツンと置かれた灰皿の横には、古びたベンチが2つ並んでいる。
飲み慣れないお酒のせいか、足元のおぼつかないオレはフラフラとベンチの一つに腰掛ける。タバコを咥え、ライターをカチッ、カチッと鳴らすが、一向に火がつかない。
「…良かったらどうぞ」
突然降ってきた声に身体が跳ねる。
見上げた先には、オレよりも驚いた表情のアイツが立っていた。
月明かりに照らされたアイツの姿は、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。
「…ありがとう」
できるだけの平静を装い、ライターを受け取る。カチッ、カチッという音だけが屋上に響く。
「…貸して」
手元もおぼつかないオレを見かねたのか、アイツはそっとライターを抜き取り、1発で火を灯す。その明かりに吸い寄せられるように、おれはタバコの先を近づけて息を吸い込んだ。
苦味と渋みを口の中で感じ、それらをフゥと吐き出す。
空へと昇る煙を追って視線を上げると、もうそこにアイツの姿はなかった。
慌てて振り返り、その姿を探す。
「あ、待って…」
夜の静寂がオレの言葉をまっすぐに運ぶ。
表情こそ分からないが、アイツの姿からはっきりと、不審の色が見てとれた。
声をかけたのはオレのはずなのに、状況が理解できない。なぜ引き留めたのか?何を言えばいいのか?何が言いたいのか?
「あ、えっと… ありがとう」
絞り出した言葉は、何とも間抜けな音となり、再びアイツに向かう。
火照った顔がさらに熱を帯びる。見慣れたはずの屋上が、まるで知らない世界のように感じる。時間の感覚が分からなくなる。
アイツは何を言うでもなく、軽い会釈をして去って行った。
古びた扉が閉まる音が、オレを見慣れた屋上へと引き戻す。
途端に火照りが引いて行く。自分のしてしまった事を理解する。いや、理解は出来ないのだが。
吸い殻を灰皿にねじ込み、すっかり酔いが醒めたオレは、フラフラと屋上を後にした。
「おう、お前も見たいだろ?冬の花火!!」
会場に戻るや否や、上司が向こうの方から何か言っている。先程までの静寂とは程遠い喧騒の中、その言葉はオレに向かってはいたが、すぐに散ってしまった。俺の返答はもちろん、その言葉が届いたかどうかも気にしていない様子の上司は、上機嫌に部下たちに語っている。どうやら次の社員旅行の話題のようだった。
冬に花火なんて冗談じゃない…
気持ちとは裏腹に、視線は会場内をキョロキョロと見渡す。
やっと見つけたアイツは、自部署の連中と和やかに酒を交わしていた。
酒のせいか、月明かりのせいか、本能か。
アイツから視線を外せない自分を不思議に思いながら、オレは周囲に話を合わせる。
どうやら今年から冬の花火大会が再開され、旅行は無理でもそれくらいは、という流れのようだ。
アイツも来るのかな…
苦手なはずの冬、花火大会が、名前も知らない同僚Aによって少しだけ、楽しみに感じられた。
冬の花火とアイツとオレと ごま太郎 @gomatrou
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