ロジー
「アーロンさん」
店主に呼ばれ、ロボの前からアーロンは立ち上がる。
「母が目を覚ましました。アーロンさんが来ていた事はもう伝えてありますので」
店主はアーロンに告げた。
「ありがとうございます」
アーロンはそう言葉を返して、ロボ達を連れて部屋へと入っていく。
部屋には大きめのベッドの上に、老婆が座っていた。
顔には店主よりも濃い皺が沢山刻まれているが、ただぼんやりと窓の外を見つめて真顔をしている筈なのに、その表情はどこか優し気で微笑んでいるようにすら見えた。
老婆の周りには沢山の花束や鉢植えが置かれ、店先とはまた違う花の香りで満たされていた。
老婆は部屋に入って来たアーロンの姿を見ると、ゆっくりと身体を起こし、言葉を発した。
「お父さん。来てくれたのね」
そう言いながら老婆はアーロンへ手を伸ばした。
「ああ、久し振りだね。ロジーは全然変わってないな」
ロジーの手を握りながら、アーロンは側にある椅子へ腰かけた。
「冗談言わないでよ。もう手も顔もしわしわになって、背も大分縮んじゃったのよ」
「そうかな? 僕から見ればあの頃となんにも変わらないよ。自信に満ちたその瞳も、身振り手振りを使う話し方も、あの頃のまんまだ」
「変わらないのはお父さんの方よ。本当に私が子供の時見ていた姿のまま、なにも変わらない。だからこそこうしてお父さんに会うと、私はお父さんの子供にすぐに戻れるのだけどね」
「僕にとっては幾つになっても可愛い子供だからね。文字通り80歳や90歳なんて、僕にとってはまだまだ子供にしか見えないよ」
「それ、前に来てくれた時にも言っていたわ」
「そうだっけ?」
2人はクスクスと笑った。
「ロジーさん」
2人の会話がひと段落したのを見計らって、ルイスが口を挟んだ。
「お久しぶりです」
そう言いながら頭を下げるルイスの姿を、ロジーは何かを思い出そうとするような顔で見ている。
「ごめんなさい。貴方、なんてお名前だったかした。本当にごめんなさいね、最近物忘れが多くて」
ロジーは申し訳なさそうな顔でルイスに謝る。
「覚えてない? 前にうち来てくれた時にいた子なんだけど。まだ小さかったから分からないかな。
短い髪を頭のてっぺんで結って頬っぺたがふっくらしてて、僕の足に引っ付いてるような子だったんだけど」
アーロンの言葉に、ロジーは何かを思い出したような声をあげる。
「え、あの甘えん坊で泣き虫だった子? あらまあ、こんなに大きくなったのねえ」
ロジーはまじまじとルイスの顔を見る。
「あの時はお父さんの後をどこまでも付いて回って可愛かったわよねえ。人見知りで始めは私の事を遠くから警戒したような目で見ていてねえ」
「そうそう! 一日一緒に過ごしたらすっかり仲良くなってロジーが帰ろうとした時には『帰らないで~!』って大泣きして、引き剥がすのが大変だったよね」
ロジーとアーロンが懐かしむように昔話に華を咲かせてると、ルイスがわざとらしく咳ばらいをした。
「あ、あの。僕の話はその辺にしておいてもらえると……」
「あらあら、ごめんなさいね」
ロジーは悪びれた様子もなく答えた。
「じゃあ、もしかしてこのお隣に居る子はナタリーちゃんかしら」
ロジーに名前を呼ばれ、ナタリーは首に下げていたネックレスを取った。
すると、金髪の背の高い気の強そうな女の子の姿をしていたナタリーの身体から、黄色の毛が生え始め模様を持ち、そして見慣れた猫族の獣人の姿になった。
「お久しぶりです。ロジーさん」
ナタリーはそう言い、丁寧にお辞儀をした。
「あら! ナタリーちゃん、すっごい綺麗になったわねえ! 子供の時から可愛い子だったけど、大人になったらより綺麗な大人の女性になって」
「ありがとうございます」
ナタリーは褒められることに慣れているのか、謙遜せずに答える。
「背も高くてスラッとしていて、美人さんねえ。今日着てる丈が長めのワンピースもすっごい素敵ねえ」
「ありがとうございます。主張し過ぎないさり気ないフリルの所を拘って作ったんです」
「これ自分で作ったの? 凄いわねえ。とても自作には見えなかったわ」
ロジーはナタリーの服の裾を持ち上げ、手に取って見ていた。
「そう言えば」
ロジーは思い出したように声をあげ、3人の方を見る。
「初めてお会いする子がいるわね」
そう言って、一番近くにいたミアへ声を掛ける。
「お名前はなんて言うのかしら」
「ミアだよ。この子は弟のノアって言うの」
そう言い、ミアはノアを近くへと引き寄せる。
「ミアちゃんとノアくんね。2人は兄弟なのね」
「この子たちは双子なんだ。だから歳は同じなんだよ」
アーロンが補足をする。
人見知りのノアはミアの後ろへと隠れ、ロジーの様子を伺っていた。
「それじゃあ、貴方はなんてお名前なのかしら」
ロジーは壁際に立ち尽くしていたロボへ声を掛けた。
皆の話をぼんやりと聞いていたロボは、驚いて言葉を詰まらせる。
「あ、えっと、ロボ、です」
上手く話をすることが出来ない様子のロボに、アーロンが助け舟を出す。
「ロボは最近うちに来た子なんだ。だから、まだあまり慣れていなくてね」
「そうなの」
そう言うと、ロジーはロボを手招きした。
それに従い、側へと来たロボの手を取った。
「ロボ君がどんな境遇で、どんな経緯を経てお父さんの元にやって来たのかはわからないけれど、きっと沢山大変な思いをしてきたのでしょうね。まだ他人を信用出来なかったり、自分の未来に悲観的になっていたりはしていないかしら」
まるでロボの心を見透かしように話をするロジーに、ロボは疑念の目を向ける。
「だって、私がそうだったからね」
それすらも分かっていたように、ロジーは答えを提示した。
「元々私はスラム街でスリをしていたのよ。幼い頃両親に捨てられて、誰にも頼れない状況の中一人で生活をしていたの。気を抜けば逆に持ち物を盗られたり、盗った人に気付かれれば殴られたり、毎日を生きるのだけで精一杯だったの」
ロジーは話をしながら、アーロンの方を見た。
「でもね、そこでお父さんに会って、スラムの街から連れ出してくれて、人並みの生活を送らせてくれたの。決して裕福ではなかったけど、衣食住が整えられえるだけで他人へ気を配る余裕が出来て、自分が何を望んでいたのか考えることが出来た。それに沢山の兄妹たちも出来たのよ」
そう言うと、ロジーは側に沢山置いてある花束や鉢植えを指さした。
「私はね、家族に憧れていたの。幼少期に過ごしていた家庭はあまり良いものでなかったけれど、自分はもっと良いものにしたいって。だから街に出て働いて、夫と出会って恋をして、沢山の子供も生まれて。本当に生きていて良かったって思える幸せな人生を歩ませてもらった」
ロジーは再びロボに向き直る。
「お父さんの事信用してあげてね。優しすぎるぐらいに他人思いで、何事にも一生懸命で、子供の事を思ってくれる人よ。ちょっと心配し過ぎるところはあるけどね」
そこまで言うとロジーはロボに顔を近づけ、小声で言った。
「お父さんの事お願いね。もう沢山の子供を見送ってきた筈なのに、いつも涙を流して悲しんでくれる優しい人なの。きっと私の時も。だから側にいてあげて」
そう言うと、ロジーはロボの頭を優しく撫でた。
それをロボも大人しく受け入れていた。
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