謎の少年

 任せられた沢山の荷物を1人で持ってロボは道を歩いていた。


 来るときに通った道を思い出しながら、周りの建物を注意深く見て道を間違えないように。

 そして持っている荷物を盗られたりしないように、周囲の人間に目線を配った。


 路地に入った時、ロボは手に持っていた紙袋からお菓子を1つ落としてしまった。

 慌てて腕に下げていた紙袋を地面に置き、拾おうとした時、目の前に手が現れて先に拾い上げられた。


 驚いて顔を上げると、目の前には白い髪を持つ、ロボと同じ歳ぐらいの少年が立っていた。


「はい、これ」


 少年は拾い上げたお菓子をロボへと手渡す。


「あ、ありがとう」


 周りに気を張りながら歩いていたロボは、目の前に突然少年が現れた事に驚いていた。


「それ、ここの近くのキャンディーショップの袋だろう?」


 唐突に少年から話を振られ、ロボは少し面喰いながらも答える。


「ああ、ついさっき行ってきたんだ」


「いいよね。あそこ。子供心をくすぐる玩具やお菓子が沢山あってさ。いつも沢山の子供で賑わってるんだよ」


「そうなのか。俺は初めて行ったから」


「この街に来たのは初めてなの?」


「そうだな、こんなに綺麗な街に来たのは初めてだ」


「まあ、そうだろうね。この街には人間以外はあまりいないから」


 少年はそう言いながら、ロボの方を指さす。


「それ、見た目を替える魔道具だろう?」


 少年が指さしている先が、ロボが胸に下げているネックレスだと気付き、ロボはネックレスを手で掴んで警戒する目を向ける。


「ああ、ごめん。そんなつもりはなかったんだ。そんなに警戒しないでほしいな」


 少年は取り繕うように言い、手の平を上に向ける。

 すると、手の平から小さな炎が生まれた。


「僕は魔法使いだから、気が付いただけだよ。誰かに報告したりするつもりはないから安心して」


 手の平の炎を、少年は手を閉じてぐしゃりと消した。


「僕はリノ。君の名前も教えてくれないかな」


 リノは怪しげな瞳で微笑んだ。


 リノと名乗った少年は、この街には遊びに来ているのだと言った。

 この近くで仕事があり、その帰りに息抜きをしようと寄ったのだと言う。


「仕事ってなにをしているんだ?」


「色々かな。魔道具を作ったり護衛をしたりもするよ。今日は護衛の帰りだったんだ」


「ふーん」


 ロボは具体的な仕事の内容を聞いたのに、思っていたような返事が返ってこなくて首を捻った。


「ねえ、さっき一緒に居た人、魔法使いアーロンだろう?」


「え」


 なんと答えようかロボは迷った。


「別に誤魔化さなくていいさ。僕、アーロンとは知り合いだから」


「そうなのか?」


「うん、昔アーロンと一緒に暮らしていた事があってね」


「ああ、そういうことか」


 ロボはルイスやナタリーの顔を思い浮かべ、納得したように言う。


「だから、君に忠告しておこうと思って」


「忠告?」


「そう。僕はアーロンの元から逃げて来たんだ」


「逃げた?」


 話が読み取れず、ロボは聞き返す。


「アーロンはね、引き取った子供を魔法実験の道具にしているんだ」


「は?」


 意図しなかった言葉にロボは動揺したが、少しして持ち直す。


「信用できない。あんたとはさっき知り合ったばかりだ」


「まあ、そうだろうね」


 リノはロボの返す言葉がわかっていたように言い、上の服を脱ぎ始めた。

 上半身が露わになったリノの身体の中央には、何かで身体貫いたような大きな傷跡が残っていた。

 大分傷は薄くなり消えかかっているが、その傷の大きさや今も色濃く残る跡から、死んでいてもおかしくない程の大怪我だったことが伺える。


「これ、どうしたんだ?」


 ロボはリノの身体から目を離せずに言う。


「これは僕がアーロンの元にいた時、付けられた傷だよ」


「これを……、アーロンが?」


「うん。別にここにアーロンのサインがあるわけでもないし、証明できるものはないんだけど。子供を引き取って育てているのは過去への贖罪だ、とか言ってなかった?」


 ロボは森へアーロンが助けに来た時言っていた事を思い出した。


「……言っていた」


「そうだろうね。だってそれは僕の事なんだから」


 リノは脱いでいた上着を着始めた。


「今は改心したフリをしているのかもしれないけど、過去は変えられない。人はそう簡単には変わらないんだよ」


 上を着終えたリノは立ち上がった。


「ロボには僕と同じ思いをして欲しくなかったから、声を掛けたんだ。アーロンを信用してはいけない。あいつは僕意外にも沢山の人を傷つけ、殺してきたんだ」


 ロボは頭が混乱し、何も言葉を返す事が出来なかった。


「僕の事はアーロンに話さない方がいいよ。言っても答えてくれないだろうし、なにより僕と会話した事をアーロンが知れば、殺されるリスクが高まるだけだ。アーロンの書斎があるだろう? アーロンのいない時を見計らって調べてみるといい。アーロンは今まで起きた事を全て日記に纏めて保存しておく癖があるから。きっと僕の事も載ってる」


 リノは微笑み、ロボに手を振った。


「じゃあ、またね。僕は街を放浪としてるから、きっとまた何処かで会うと思うけど、その時にロボの答えを聞かせてくれないかな。アーロンの本性はどうだったのか。僕と同じように逃げ出す決意をしたときは言ってくれ。必ず僕が君をアーロンから匿うから」


 そう言い残し、リノは去って行った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ただいま戻りました」


 アーロン達4人はそう言いながら、花屋へと入って来る。


「アーロンさん、お帰りなさい」


 アーロン達を花屋の店主が出迎える。


「すみません、遅くなってしまって。ロジーの様子はどうですか?」


「少し前にお昼ご飯を食べて昼寝をしていたので、そろそろ起きているかもしれません。様子を見てきますね」


 そう言うと、店主は店の奥へと引っ込んだ。


「荷物任せちゃってごめんね。大丈夫だった?」


 アーロンがルイスへと問いかける。


「いや、僕も途中で子供に捕まってしまって、ロボが1人でここまで運んでくれたんですよ」


「そうなの?!」


 驚いた様子で、アーロンは椅子に座り込んでいるロボの前に立った。


「荷物1人で運んだんだって? 重かっただろう。怪我とかはしなかった?」


 アーロンの言葉に、ロボは返事を返さなかった。


「ロボ? どうしたの?」


 ロボの様子を不審に思ったアーロンは、ロボの顔を覗き込む。


「うわっ、急になんだよ」


 突然目の前に現れたアーロンの顔に、ロボは驚いた声を上げる。


「さっきから話しかけていたんだけど反応がないから。なにかあった?」


「……なんでもない」


 ロボはアーロンから目線を逸らした。

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