先輩

「お前、へたくそ過ぎだろ。大まかっていうか、雑っていうか」


「お前の教え方が悪いんだろ!」


 肩で息をしながら、ロボはチドリに悪態をついた。

 地面にはブロックや丸太が散乱し、乱雑になっている。


「だから何度も言ってるだろ? シュッとやってパッて感じだよ」


 チドリは身振り手振りを交えて説明した。


「んな説明でわかるか!」


 ロボは手に持っていた木の枝を地面に叩きつけながら叫んだ。

 なんでこんなことも分からないんだ? と言わんばかりの顔でチドリはロボを見ていたが、突然後ろに倒していた耳を立ち上げた。


「練習は終わりだ」


 そう言いながらチドリは地面に降り立ち、自身の背負っている鞄をゴソゴソと覗きだした。


「アーロンが帰って来たんだよ。俺は用があるからもう行く」


 チドリは再び宙に浮きあがると、家の方へと向かい始めた。

 ふと、何かを思い出したようにくるりとロボの方に向き直ると言った。


「暫くアーロンは借りるから、魔法を教えて貰おうとかは無理だからな。コツが知りたきゃノアにでも聞け」


「んな事言われたって、俺、ノアに嫌われてんだぞ」


 不満そうにそう呟くロボに、チドリは溜息を吐きながら言う。


「きちんと礼節を重んじて接すれば答えてくれるさ。特に相手を敬うとかな」


「ま、頑張れよ」そう言いながら、チドリは手をヒラヒラと振りながら、家の中へと消えて行った。

 

 ふらふらと考え事をしながら庭を歩いていると、ツリーハウスのある遊び場にノアとミアが2人で遊んでいる姿をロボは見つける。


 2人だけで遊んでいるのを邪魔してしまうのは少し躊躇われたが、ロボは意を決して声を掛けた。


「なあ、少しいいか?」


 ロボがそう声を掛けると、ミアは不思議そうな顔をし、ノアはミアの後ろにすぐさま隠れてしまった。

 そのノアの反応に続く言葉を言うべきか迷っていると、ミアが話しかけてきた。


「どうしたの? なにかご用事?」


「あー、えーっと」


 頭を掻きながら、慎重に言葉を選んでロボは言う。


「その、魔法の使い方を、教えて欲しくて」


「ミアは魔法わかんないんだよね。ノア君ならわかるよ」


 そう言いながらミアはくるりと後ろを向き、ロボの前にノアを指し出した。

 突然の事にノアは驚き、慌ててミアの後ろに再び隠れる。


「ノア君を頼ってるんだよ。ちゃんと教えてあげなきゃ」


「で、でも……」


 もじもじとしながら一向に動こうとしないノアを、ミアは無理矢理自分の前に出した。


「ミアも一緒に行くから。それなら怖くないでしょ?」


 ミアにそう言われ、ノアは小さく頷いた。


 2人が見守る中、ロボは再び魔法を唱えていた。

 先程と同様に、宙に浮いたブロックは少しの間その場に浮遊し、そして地面へと落ちていった。


「これ以上、上手い事いかないんだ」


 2人の方へ振り返りながら、ロボは言う。

 ロボの様子を見ていたノアは、少し考えるような顔をした。


「あれから、チドリっていう奴にも教えて貰ったけどさっぱりわからなくて、どうにかならないだろうか」


 ロボはそう言いながら、ノアとの距離を詰めた。

 急に近づいて来たロボにノアは驚いた顔をして、数歩後ずさりした。


「なんとかならないか? いや、なんとかなりませんか? ノア先輩」


 少し考えてロボは言葉を訂正して言った。


「先輩……?」


 ロボの言葉をノアは復唱した。

 何かを考えるように俯き、そして小さく言った。


「その、単純な事なんだけど、目の前にあるものをきちんと把握して、物の動く先をイメージすること、かな」


 ノアは自らロボの方へと近付いていく。


「今は多分ただ浮かせようって考えてると思う。それを明確に、動く姿を想像してやってみて。それとこれはパパ、先生から教えてもらったコツなんだけど『魔法に対して親しみを持つこと』って言ってたよ」


 ノアから教わった事を自分の中で反復し、ロボは考え込むように暫く俯くと、深呼吸をして目を閉じ、ゆっくりと唱えた。


「フロートプレイ」


 ロボの前に散乱していた積み木のブロックが宙に浮き上がり、そのまま箱の中へと収納されていき、転がっていた薪は元あった場所へと戻っていく。

 側でその光景をミアは憧憬の念を込めた瞳で見ていた。

 閉じていた目を開け、目の前の状況を確認してロボは興奮を抑えられないような顔で、すぐさま振り返った。


 その時、目の前を何か白いものが覆い、前が見えなくなった。


「な、なんだ?」


 ふわりとした感触のその物体を手で払うと、そこには茶色の大きな翼がロボを覆うように広がっていた。

 呆然としながら羽の出所を眼で追うと、その先には満面の笑みをしたミアが立っていた。


 そこに立っていたミアは今までとは姿が異なっていた。

 茶色の背中まで伸びる長い髪はそのままに、同じ色合いをしたミアを包み込める程の大きな羽がその背中から生え、ゆったりとした長いスカートからは、黄色い鱗を持った鳥の足が覗いている。

 ミアの姿にノアは驚いたような顔をして、焦った様子でミアに話し掛けた。


「ちょ、ちょっと! なんでネックレス外しちゃったの?!」


「え?」


 ノアの言葉に、ミアは自身の首元を確認する。

 そして地面に落ちているネックレスを見つけると「あちゃー」と呟いた。


「鳥人種……だったのか?」


 驚いた顔でロボが呟く。


「いや、これは、その」


 誤魔化そうと言葉を探すノアをミアが止める。


「いいじゃん。いつかはわかる事なんだし。大丈夫、大丈夫」


「でも、まだどんな人なのか分かってないし、良い人なのかもわからないのに」


「パパが連れて来たんだもん。良い人に決まってるじゃん」


「そんな楽観的な……」


 言い合いをする2人に小さく溜息を吐き、ロボは肩まで伸びる髪を軽く手で結わえながらゆっくりと近付いて言った。


「俺も、リザードマンの種なんだ。これで少しは安心するだろうか」


 2人は言い合いを辞め、ロボの姿をまじまじと見ていた。

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