白い生き物

「フロートプレイ」


 ロボが発した魔法は、テーブルの上に並べられた積み木の1つを持ち上げ、ふらふらと揺れながら再び同じ場所に落ちた。


 授業を受けてから数日が経っているが、これといった進展がない。

 あれから何故か授業がなされることはなく、アーロンも自室に籠っている事が多かった。

 ふと、思い立ったようにテーブルの上にあった飲みかけのコップを見つめ、それに手を翳しながら先程と同じ言葉を呟いた。


 コップは小刻みに揺れながら宙に浮かぶと、ゆっくりとロボの方へと向かう。

 受け止める為に手を構えながら到着を待っていると、急にコップを掴まれ動きが止まった。


「食べ物で遊ばない。行儀が悪いでしょう」


 ロボが上を向くと、コップを掴んでいたのはルイスだった。

 ルイスはコップをテーブルの上に置いた。


「でも中身は水だし、それに木のコップだから落としても割れたりしないし」


「言い訳しない。今日は天気も良いんだから、魔法の練習をするなら外でしなさい」


 そう言われ、ロボは追い出されるように家を出た。


 「クッソ……」


 宙に浮かんでいたブロックは地面に転がり、ロボは悔しそうな顔で膝に手をついた。

 何度やってもブロックは思うような動きをする事はなく、少し持ち上がった後、力を失ったようにその場に落ちてきた。


 額の汗を拭い小さく溜息を吐いた時、視界の端に何か白いものが映った気がして、そちらに視線を向ける。

 薪割り用の切り株の上に、白い生き物が鎮座していた。


 狐のようなフォルムの身体に、顔の2倍はありそうな大きな耳、頭には鹿の角のようなものが生え、その先端はガラスのように透明な色をしている。

 背中には、飛ぶには少し心もとない大きさの翼が生え、黒い瞳以外、尻尾の先から頭のてっぺんまで、真っ白な毛が覆っていた。

 その腰の辺りには神々しい姿とは相反するような、手製の布のバッグが下げられている。


 そのあまりの美しい姿に、ロボは呆然とその生き物を見ていた。

 白い生き物は、白い爪の生えた前足で器用に顔を撫でると、ロボの方を見た。


「なに見てんだ。クソガキ」


 突然聞こえてきた乱暴な言葉に、ロボは思わず周りを見渡す。


「お前に言ってんだよ。おまえに」


 改めて先程の生き物に向き直ると、綺麗な顔をした美しい生き物が、口汚く罵ってきていた。


 家の二階にある研究室、そこで作業をしていたルイスは薬学書に目を落としていた。

 幾つか目当ての書物を引っ張り出し、気になった箇所をノートに書き記していると、家の中を走る足音が聞こえてくる。

 その足音は勢いよく階段を登ると、ルイスの部屋の扉を勢いよく開けた。


 扉に立っていたのは息を荒くし、どこか混乱した様子のロボだった。


「ドアを開ける時はノックしなさいと言っているだろう」


 ルイスは後ろを振り返りながら言う。


「あっ、ごめんなさい。それでさ!」


 言葉が上手くまとまらないのか、ロボは身振り手振りをしながら、一生懸命に話した。


「なんか、変な生き物が! 切り株の上に居て、なんか人の言葉を喋ってて、それで」


「変な生き物?」


 訝し気な顔でルイスは首を傾げた。


「変な生き物とは、とんだ言われようだな」


 先程と同じ声が聞こえ、声の出どころを探すと、ルイスの後ろにある机の上に先程の白い生き物が呆れた顔で立っていた。

 顔馴染なのか、ルイスはその姿を見ても驚いた顔などはせず言葉を交わした。


「あれ、久し振りのお帰りですね」


「ああ、出先で土産物を渡されたんでな。アーロンは?」


「先生は教え子に会うとかで、出掛けていますよ」


「そうか」


 チラリと白い生き物はロボの方を見た。


「んで、このチビ助は?」


「チビッ?!」


 自分よりも圧倒的に小さいサイズの生き物にそう言われ、ロボは面食らった顔をする。


「最近来た子ですよ。ロボって言います」


「ふーん」


 白い生き物は、ロボを頭の天辺からつま先まで見て言った。


「なんか、小便臭い顔してんな」


 偏見も甚だしいその言葉に、ロボは憤慨する。

「なんなんだよ、さっきから。初対面なのにズケズケと。こいつ誰なんだよ!」


 ロボは問いただすように、ルイスに言った。


「チドリさんです。先生とは古い仲だそうですよ。普段は各地を放浪していて、時折ここに寄ってくれるんです」


「そう。ここでは俺は古株なんだ。という訳で、俺のことはチドリさんと呼べよ」


 チドリと名乗った白い生き物は、ドヤ顔でそう言った。


 「呼ぶわけないだろ!」


 そう憤慨するロボを無視して、チドリはルイスに向き直った。


「そういえば、アーロンに用があるんだが、何時に帰って来るか聞いているか?」


「夕方ぐらいには戻るって言ってましたけど、正確な時間までは聞いてませんね。急ぎの用事ですか?」


「いや、ならそれまで待つからいいわ」


 そう言うと、チドリはふわりと宙に浮いた。

 その姿を見て、ロボは驚いたような顔をする。


「お前、魔法使えるのか?」


 ロボの反応にチドリは少し考えて言う。


「よし、アーロンが戻ってくるまで、暇つぶしにお前の魔法の練習を見てやろうか」


 そう言って、チドリは不敵に笑った。

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