第25話 にゅーふれんど(後)
「やー、ありがとうね、京介! 白雪さん!」
ライブが一通り終わって閉店時間に差しかかった帰り道、ギターケースを背負った藤堂が、ぱん、と両手を合わせて頭を下げてくる。
「……チケットの件なら気にするな、俺も白雪も満足できるライブだった」
確かにドリンク代と合わせて三千円近く飛んでいったのは痛手だったかもしれないが、それ以上の体験を得られたのなら、お釣りがくるといってもいい。
その分勉強に割く時間が減ったが、数時間ぐらいの遅れならば、少し頑張ればなんとでもなるはずだ。
そんな俺の話はともかく、白雪はきっちり買ったCDを今も大事そうに胸の前で抱えてるし、すっかり大満足といった風情だ。それに間違いはないだろう。
「本当?」
「そうじゃなければ、白雪が後生大事そうにCD抱えてないはずだ」
「あ、本当だ。白雪さんもありがとうね! CDまで買ってくれるなんて」
「……い、いえ……そ、その……と、とっても、い……いい、音楽……でした、から……」
相変わらず藤堂に距離を詰められると、ぎこちない仕草で少しだけ後ずさってしまうが、返事ができてる辺りは、白雪も成長したのかもしれん。
他人に対してここまで距離を詰めたり詰められたりするのが苦手なのに、なんで俺にだけ距離感がバグってるのかって、それを知りたいのはこっちの方だ。
なんとか頑張って俺の背中に隠れるのを我慢しようとしている白雪にちらりと視線を向けて、そんなことをぼんやりと思う。
「そっかそっか、白雪さんにはなんだか申し訳なかったけど、楽しんでくれたらなにより!」
「……わ、わたし……えっと……そ、その……」
「あっ、連絡先とか交換してないよね? それじゃあ今しとこっか!」
「……ぁ、ぇ……は、はい……」
流れるようにマシンガントークを繰り広げる藤堂の勢いに押されて、白雪はどこか困惑した様子を見せるが、別に悪い話を持ちかけられてるわけじゃない。
「……こ、九重君……その……」
「いいんじゃないか、もらえるものはもらっておけば」
風邪とか病気とかあとで法外な料金請求されるもの以外は、くれるならもらっておく方が無難だろう。
特に今回は藤堂から話を持ちかけてきたんだ、遠慮する必要はどこにもあるまい。
白雪の背中を押すように俺は、そう答えた。
「そうだよ、京介の言う通り! 白雪さんが嫌っていうならいいんだけど……」
「……い、い、嫌じゃ、ない……です……っ……そ、その……よ、よ、よ……よろしく、お願い……しましゅっ……!」
噛んだな。
上擦った声でそう答えた白雪は、恐らく舌を噛んだのであろう痛みに悶えながらも、QRコードが表示されたメッセージアプリの画面を藤堂に提示する。
よかったじゃないか、俺以外にも連絡先が増えて。心からそう思う次第だ。
だが、よくわからんが少しだけ複雑な気持ちがないとはいえない。
理由なんて知らん。わからん。
なんだかそんな、胸の奥に少しだけ針を突き立てられたような感覚があっただけのことでしかない。それだけだろう。
「よいしょ! 登録完了! これで今日から友達だね、白雪さん……ううん、白雪ちゃん!」
「……お、おおおお、お友、達……」
「そう、私フレンズ。藤堂優花イズユアフレンズ」
なんで英語なんだよ。しかも複数形じゃなくて単数形だろそこは。
中学英語の初歩の初歩みたいなところをまさかテストでも間違えてないだろうな、とツッコミたくなるのを抑えて俺は、真っ赤になって視線を逸らした白雪と顔を見合わせる。
なにはともあれ、よかったじゃないか。俺の方に思うところがなにかあったとして、めでたいことはめでたいのに変わりはない。
「よかったじゃないか、白雪」
「……は、はい……っ……! こ、九重君の、お、おかげ……です……っ……!」
「今回は、白雪が勇気を出したからだろう」
ライブに行くことを決めたのは他でもない、白雪自身の、当人の決断だしな。
俺がもしそこに理由として絡んでいても、それは要素の一つでしかない。
どれだけ不純な動機で募金やボランティアをやったとしても、その結果として誰かが助かるようなものだ。少し違うかもしれんがな。
「……ゆ、勇気……お友達……えへ……」
「……色々当たっているんだが」
CDをきっちり鞄にしまってから、俺の左腕に胸を強く押しつけて頬擦りをする白雪は確かに可愛らしいかもしれない。
だが、明らかに他の誰かが、藤堂がいる前でやることじゃないだろう。
いつものことなんだが。いつもと同じだといわれればそれはその通りなんだが。
「……本当に京介と白雪ちゃん、付き合ってないの?」
「……ただの友達同士だ」
「ただの友達はそんなことしないと思うけどなー、でもやるかな? よくわからないけど京介が言ってるんならそれでいっか」
いいのかよ。
ツッコむより先に、どことなく上機嫌な様子で踵を返し、「それじゃあまたよろしくね!」と伝言を残した藤堂が、スキップしながら家路につく。
「……えへ……」
白雪も白雪で、CDを買ったのと、新しい友達ができたのとが合わさって、すっかり夢心地だ。
なんだか俺一人が置き去りにされているようで少しばかり釈然としなかったが、藤堂も白雪も楽しそうならそれでいいし、それで済む話に違いはない。
なんて、他愛もないことを頭の片隅に浮かべながら、俺もまた家に帰る。夜の帳が下り切った街のどこかから、微かな歌声が響いていた。
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