第24話 にゅーふれんど(前)

 藤堂たちがやっているのはロックだと、他でもない本人から聞かされていたからなんとなくは理解していたつもりだった。

 だが、こうしてパフォーマンスを目の前にするとより理解が深まった……というよりは、単純に腑に落ちたんだろうな。

 客の反応もそうだが、前に見たときより藤堂たちが腕を上げたのが一番大きい。いい意味でやりやがったな、藤堂。


 ロックを大して聴かない俺も、そして同様に確かであろう白雪も、ただその一皮剥けた演奏にのめり込んでいた。

 白雪に至っては、両手で口元を隠しながら、きらきらと輝く視線を藤堂たちに向けているぐらいだ。

 俺はロックを大して知らないが、そんな客にも「自分たちの音楽はこうだ」という叫びを音に変えて叩きつけられているのなら、それはもう上出来と呼んでも差し支えないんじゃないか?


 生憎、こっちは素人もいいところだから音楽通の意見はわからんがな。

 仄暗いライブハウスの中で、ステージだけが輝いているのは、決してただスポットライトに照らされているからじゃない。

 輝きたい。今日ここに立つ誰よりも、明日自分たちより先を歩いている誰よりも。


 そんな迸る情熱と想いがエレキギターの旋律に乗って、あるいはベースの重低音に、叩きつけるかのように打ち鳴らされるドラムに、尖ったシンセサイザーに込められて、藤堂の歌声でまとめ上げられている。


「……楽しいか、白雪?」

「……は、はい……っ……! 九重君が……言ってた、みたいに……ライブハウスって……別な世界の、ようで……」


 読書体験ともまた異なる恍惚を受け取ったのか、それともライブの熱気に当てられたのか、俺の問いに答える白雪の瞳はどこかとろん、と熱を帯びていた。

 どっちかというとあまりポジティブではない意味合いでそう言ったんだが、確かに白雪みたいに捉えることもできるな。

 周りの客もなにも気にならないよう、自分たちの音楽だけに夢中にさせてくる藤堂たち「ロッキン・メイデン」の世界に俺たちは、すっかり引きずりこまれている。


「……藤堂のやつ、頑張ってやがる」

「……わ、わたし、は……初めて……です、から……よく、わからないですけど……その……藤堂さんたちって……」


 白雪がおずおずと手を挙げながら問う。

 その言葉に続くものが俺の予想と合致しているなら、お察しの通りだ。

 前の藤堂たちは学生レベルなら十分上手い、ってとこだったが、今はそこから一歩抜け出して、プロの世界に片足突っ込みかけている、ってところだろうか。


 いや、素人判断だから当てにはならんが。

 とにかく、前に聴いたときよりも遥かに上手くなっていることだけは間違いない。

 経験則からくる、定量化できないものではあるが、これだけは、はっきりと断言できた。


「……白雪が察した通りだ。前はここまでじゃなかったが、かなり上手くなってる」

「……そ……そうだった、んですね……でも……いい曲だと、思い、ます……」

「……なんなら、物販でCD買うか?」


 確かあいつら、CD自分たちで作ってたはずだしな。

 と、言葉を継ぎ足して俺は白雪に提案した。

 それが全然売れてないとは思えないが、売れてたら売れてたで藤堂が駄菓子棒を主食にしている理由がますますわからなくなる。まさか単純に稼いだ分が赤字になるくらい金遣いが荒いのか、俺の幼馴染は。


 いや、いくらバンドマンが金欠とお友達とはいえそんなことはないだろう……多分。

 芽生えかけた疑問を脳裏で即座に打ち消す。これが三木谷のやつなら仮説にまだ納得がいくんだが、あいつ意外と金銭管理は徹底してるからな。抜け目があるんだかないんだかよくわからん男だ。

 それはともかく、俺はすっかりCDを買う気になったのか、何度も首を縦に振って、財布の中身を確認している白雪を横目に見る。その中身が俺のそれとは天と地ほどの差があったのは、見なかったことにしておこう。


『みんなありがとー! それじゃラストの一曲は新曲のお披露目! 物販にCD置いてあるから、興味があるなら買っていってね! それじゃあ──』


 短いマイクパフォーマンスを終えると、藤堂は再びワン、ツーと床をつま先で打ち鳴らす。

 それを合図に始まった前奏は、今までとは少しだけ趣が違っていた。

 シンセサイザーをメインに効かせた、ジャンルはわからんが──どちらにせよ、今までの藤堂たちの音楽とは僅かにだが、音作りの方向性が違うものだ。つまりは藤堂なりの挑戦ということなんだろう。


 だが、音楽の組み立てはフルコースを決めるようなものだとは他でもない藤堂が、昔言っていたことだ。

 献立の構成から味つけまで、少しでもバランスを損なえば、一気に足元から崩壊していくとも語っていたが、そのリスクを冒してまで新しいことに挑む姿勢は、間違いなくロックンロールだといっていい。

 関心する俺と、すっかり夢中になって瞳を輝かせている白雪、そして観客をポップ調ながらも鋭く引かれた音のラインを保った音楽が波濤のように飲み込んでいく。


「……こ、九重君……わ、わたし……この曲……すき、です……」

「そうだな……確かに今までとは違うかもしれないが、藤堂たちらしさは残ってる。俺も嫌いじゃない」

「……し、CDに、入ってる……でしょうか……」

「新曲だから、どうなんだろうな……」


 藤堂たちがレコーディングを先に済ませた上で今日この曲を発表する算段なら収録されているだろうが、入っていない可能性の方が高そうだ。

 その辺に関しては全くわからん。ここまで白雪が食いついてくるなら事前に訊いておくべきだっただろうか。

 ただ、それだとサプライズ性が薄れる。それに、俺と藤堂がいくら幼馴染だからといって、わざわざ自分たちがあたためてきた新曲の情報がどこかに漏れるかもしれないというリスクを取ることはしないだろう。


 例え、いかに俺にその気がなくてもな。

 リスクヘッジというのはそういうものだ。

 起きないかもしれないことは、基本起きると考えた上で行動する。テスト範囲から漏れているところもしっかり復習するのと似ているな、と他愛もないシンパシーを抱く。


 そして、白雪が興奮のあまり俺の腕にぎゅっ、といつも通り抱きついてきた辺りで、静かに後奏がフェードアウトしていった。

 いや、まあ、なんだ。

 そこまで気に入ってくれたなら幸いだったよ。相変わらず押しつけられている二つのたわわな柔らかさから視線を逸らすように、俺はそう考えるのだった。

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