第21話 最近噂の彼氏と彼女?

「聞いたぜ京介!」

「藪から棒になんだ三木谷」


 三木谷のやつがわざわざ四組から一組に突撃してきたのは、白雪の定期を拾ったとき以来だった。

 白雪希美告白ダービーとやらはもういいのか。そろそろ脱落者が多すぎて下火にでもなってきたのか?

 いや、そんなことはあるまい。それなら今も女子たちがファッション誌を開いて白雪希美がどうのこうのと話に花を咲かせていたりはしないだろう。


 そして、俺の勘が正しければ……というよりはほぼ経験則だが、こういうときの三木谷は大概ろくでもないことを考えているのだ。

 それも十中八九色恋が絡む話だと、そういう風に相場が決まっている。

 自分は中々当事者になろうとしないくせに、他人の恋路には積極的に首を突っ込みたがるのが三木谷翔という男の悪癖だった。イケメンの持ち腐れだとか残念なイケメンだとかいわれるわけだよ。


「ふっ、他のやつらならいざ知らず、この俺の目を欺けるとは思わないことだな」

「だからなんの話だ、主語が抜けてるんだよ」

「お前って好物先に食べる派? こういうのは焦らして焦らして大々的に発表するから面白いんだぜ?」


 噂話を聞きつけては首を突っ込んでいく男は言うことが違った。決して見習いたくはないがな。

 肝心の主語がなんなのかはわからんが、色恋沙汰の話を俺に持ちかけてくるんじゃなくてなにかを聞きつけた……というこいつの言動から察するに、白雪絡みの話だろうか。

 そういえばこの前誤解されたままだったな、と、手痛いミスを放置していた自分の甘さに項垂れる。火のないところに煙は立たないとはいうが、


 例えるのなら燻った火種を全力で仰いで着火するのが三木谷だ。

 それが妄想だろうと憶測だろうと、噂という噂に「面白いから」首を突っ込んでは時々痛い目を見ても尚、それをやめないメンタルの強さは一周回って尊敬する。

 見習いたくはないがな、断じて。


「……俺に関する噂話なら面白がられることなんかなにもないぞ」

「と、思うじゃん? だがな……京介。確かに見たってやつが三組にいるんだぜ……!」

「人を幽霊か珍獣かなにかだと勘違いしてないか?」

「そう、お前が……彼女を連れて歩いてるってことをなァー!」


 ズキュゥゥゥン、とかそんな感じの擬音が浮かんできそうな感じに体をくねらせて、三木谷は俺の顔を指さしてくる。指すな。

 残念だが彼女を連れて歩いている記憶はない……と言いたいところだが、大方白雪とこの前出かけてたのをその三組の誰かしらに目撃されていたんだろう。

 あくまでも俺たちは友達同士だといっているのに、なぜ母国語で共通言語な日本語が通じないんだ、三木谷よ。


「……それなら単なる誤解だ。幽霊の正体見たり枯れ尾花、というだろう」


 噂話なんて、十中八九元を辿れば大したことなんてないというのが俺の中での定説だ。

 大体が拡大解釈と伝言ゲームの結果、尾鰭がついて膨れ上がっていっただけで、一次情報を確認してみたらしょうもない話だった、なんてことはザラにある。

 そして俺が噂話の当事者であるなら、その誤解は白雪の名誉のためにも解かねばなるまい。俺たちは恋人同士ではないのだから。


「だが、火のないところに煙は立たないぜ、京介……観念するんだなッ!」

「その火種を煽って燃やしてるやつが言うことか」

「火種があるということは認めるんだな? よし、言質は取れたぜ! しかしなぁ……すっかり干物になったお前がまさか、恋人とデートしてファミレスで食べさせ合いなんて感慨深いぜ……」


 あれ見られてたのかよ畜生。よりにもよって同じ学校のやつに。

 いや確かにあの光景を見られれば、誤解されてもおかしくはないが、畜生。情報発信源となった三組の何者かに対する逆恨みを募らせながら、俺は溜息と共に肩を落とす。

 三木谷のやつは噂話に首を突っ込みたがる都合、無駄に顔が広い。


 恐らくその生徒は俺と白雪の名前と顔も知らないと見た。

 そこから情報を絞り込んで、三木谷が俺たちを割り出したのは最早執念の類といってもいいだろう。なんでその情熱をもっと有意義なことに使えないんだ。

 パパラッチにあったタレントというのはこんな気分なのだろうかと頭を抱えつつ、俺はにやにやと不敵に笑っている三木谷に視線を戻す。


「……あのな、三木谷。結論から言うぞ、俺と白雪は恋人同士じゃない、ただの友達だ」

「ん? 白雪? ああ妹ちゃんの方か……京介お前、妹ちゃんと付き合ってたの?」

「……人の話を聞け」


 なんてこった、墓穴を掘ってしまった。

 誤魔化すように話をはぐらかしたが、自爆してしまったという事実は消えない。穴があったら入りたいとはこのことか。

 そして、俺が誰かといることまでは特定できても、白雪の特定には至っていなかったのか、三木谷は心底驚いたように目を丸くしていた。


「いいことを聞いたぜ、白雪希美告白ダービーも面白いけどな、噂ってのはいくつもあるから花が咲くってもんなんだよ……まさかお前が彼女持ちだとは思っても見なかったけどよ」

「前提を歪めて話をするのはやめろ、俺と白雪は友達同士だと言っているだろうが」

「ただの友達が食べさせ合いなんてするわけねーだろ常識的に考えて」


 ぐうの音も出ない正論だ。

 古来、正論が人を傷つけることはあっても助けたことはないとかどこかの誰かがいっていたが、全くもってその通りだった。

 この件に関する誤解を解くには俺と白雪の関係について一から十までこいつに説明して聞かせなきゃならんのだろうが……まあ三木谷のことだ、面白そうだからという理由で、もう俺が彼女持ちという前提を意地でも変えることはしないのだろう。


「それにな、俺だけが言ってるならともかくよぉ、三組のやつだけじゃない。二組のやつは今朝お前が彼女と手を繋いで登校してるのを見たって言ってんだ、これだけ情報が出揃ってたら年貢の納め時だぜ」

「……状況証拠は確たる証拠にはならんぞ」

「噂話はルール無用だろ」


 推定無罪の原則はどこに消えた法治国家。

 だが、俺と白雪の関係が噂になっているのは少しばかり気まずいな。

 誤解だから気にするなと、そもそも他人の目なんて気にするものじゃないといわれればそれまでの話ではあるが、なんとなく、な。


「まあ面白れー話も聞けたし俺はお暇するわ、陰ながら応援してるぜ、京介!」

「さては誤解を解く気つもりがないな、お前?」

「誤解でも噂でも、その方が面白いからな! 仮に友達同士でも……将来的にはどう転ぶかわかんないもんだぜ! それじゃあな!」


 言いたいことを言うだけ言って、三木谷のやつは帰っていった。無責任にも程がある。

 幸いなのはこのアホなやり取りに関心を向けているクラスメイトがほとんどいないことぐらいだろうか。

 女子の仲良しグループは白雪希美の話題で持ちきりで、男子は概ね昨日のテレビ番組かソシャゲの話で盛り上がっている。


 そんな中で勉強漬けになっている俺は、大して関心を持たれない存在なのだ。そう書いてぼっちと読む。

 まあ、一人でいることは苦にならないからさほど気にしてはいないんだが。

 だが、そんな俺はともかく白雪は別だろう。


 窓の方を見れば、三木谷のアホが言ってたことを真に受けた……というか一から十まで全部聞いていたのか、そこには顔を真っ赤にしている白雪の姿があった。


「……ぁ、あわわわ……わ、わわわたしと、こ、九重君が、か、か……かれ……し……かのじょ……えへ……」


 白雪も白雪で、どうしてまんざらでもない顔してるんだ……と思ったが、そもそも白雪の判断基準は色々バグってるから致し方あるまい。

 それに、よく考えれば噂が立ったのを三木谷が面白がっているだけで、俺たちの日常には大した意味を持たない話だろう。

 誰かが付き合ってようが付き合ってまいが、噂というのは揮発していくものなのだ。先人曰く、七十五日はかかるらしいがな。


 七十五日も話題に上らないことを祈りながら、俺はホームルームの予鈴を聞いていた。

 鏡はないから確かめようがないが、きっと死んだ魚のような目をしているに違いあるまい。

 嵐のように現れて嵐のように去っていった三木谷と、その置き土産の噂話。全く、朝から人の神経をすり減らすな。


 そしてえへえへと満足げを通り越して顔を真っ赤にしている白雪の基準と距離感は、改めてバグったものなんだということを自覚させられる。

 最近は慣れてきたから忘れてたが、そうなんだよな。よく考えたらそうだったよ。

 とはいえ本人が満足そうなんだから、わざわざ指摘するのは野暮というものなんだろうがな。

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