第14話 40点ぐらいの映画

 映画館を訪れるのが何年ぶりかは生憎覚えちゃいなかったが、相当久しぶりであるということだけはわかる。

 駅から歩くこと数分、目当てのそれは事前に確認する必要があったのかどうかも疑わしくなるレベルでランドマークと化している複合商業施設の中に入っていた。

 転ばぬ先の杖とはいうように、念には念を入れておくに越したことはないが、これだけデカくて駅から近いショッピングモールの中にあるなら、確かめる必要はなかったかもしれない。


「……白雪は、なにか観たい映画とかあるのか?」


 肝心のそれについてはノープランというか、俺がそもそもなにが上映されているのか全く知らんものだから、白雪に丸投げだった。

 一応上映ラインナップを確認しなかったわけじゃないが、邦画にしろ洋画にしろ明るいわけじゃないから、タイトルだけ見て面白そうなのを決めろといわれても判断に困るんだよ。

 行きたいと言い出したぐらいだから、観たいものの一つや二つあるんだろうとばかりに白雪へと問いかければ、きらきらと目を輝かせて答えを返してくる。


「……は、はい……っ……こ、この……じ、実写版……『永遠の月夜で恋をする』を……み、観たくて……」

「ふむ」


 なるほど、さっぱりわからん。

 宣伝ポスターには制服を着た主演の男女が背中合わせになっている様子が写っているから、多分学園ものなんだろうが、聞いたことがないタイトルだ。

 漫画が原作なのか、それとも新しい方なラノベが原作なのかは知らないが、実写版に期待値が高いのはなかなか珍しいな。邦画の実写は大体ハズレみたいな論調がまかり通っていることは知っているが、学園ものならハズレはない……のか?


 いや、わからんが。

 とにかく観てみなければ判断できないし、観ないで実写はクソだと断定するのも行儀が良くない。

 白雪がこの映画に期待してるなら、それでいいんだ。俺の方はハードルを地面に埋まるぐらい低くして観ればいいだけだからな。


「……げ、原作は……ま、漫画なんですけど……そ、その……『永遠月』は……と、とっても甘酸っぱくて……それで、その……」

「映画にも期待してるのか」

「は、はい……っ……!」


 制服を着た男女が背中合わせになっているビジュアルから察した通りに恋愛ものだったらしいが、白雪が読んでるジャンルは概ねそんな感じなんだろうか。少しだけ気になるところだった。

 しかし、それにしても、恋愛か。

 好きだの嫌いだのを繰り返すことの良し悪しなんてものは経験したことがないから断定できないし、他人がする分には好きにしろとしかいえないが、創作物として見る分には普通に嫌いじゃない。多分俺が当事者になることはないだろうがな。


 チケットを白雪の分も二枚分発行する傍ら、頭の隅でそんなことを考える。

 恋だの愛だのの良し悪しはわからない。だが、解のない方程式を解き続けるような、円周率を割り出し続けるようなものだということぐらいはわかる。

 それが途方もないものであることも、だ。


 とはいえ、今から恋愛映画を見るのに余計なことを言って水を差すのが野暮の極みであることぐらいは、俺だってわかっていた。

 虚構と現実を綯い交ぜにして考えてはいけない。フィクションはフィクションだ。

 それを割り切った上で楽しむのが読者の、視聴者の、観客の特権なのだから。


「席、隣でよかったか?」

「……は、はい……っ……お、お隣で……是非……!」

「……それでいいならなによりだ」


 特になにも考えず隣り合う席を選んだわけだが、ここまでぐいぐいと食いついてくるとは思わなんだ。

 興奮気味な白雪にチケットを手渡してその分の代金を受け取りつつ、まだ上映スケジュールに余裕があることを確認して、売店に並ぶ。

 映画の鑑賞料金が比較的リーズナブルに設定されている分、帳尻を合わせるかのように映画館で注文する飲食物は割高だ。


 それでも、飲み物ぐらいは頼んだ方がいいんだろうし今日は無礼講みたいなものだろう。

 さらば貯金。だが、金は天下の回りものというからな、いつか帰ってくると信じているぞ。

 頼んだMサイズのコーラを受け取って、五百円玉を代償に捧げながら、俺は現実逃避をするように、そんななんの益体もないことを脳裏に思い浮かべる。


 映画といえばコーラと相場が決まっている。

 相方のポップコーンは嵩張りそうだし、なにより食い切れる気がしないから頼まなかったがな。

 そして、それはどうやら白雪も同じようだった。


「……ポップコーンはいいのか?」

「……は、はい……このあと、お……お昼ご飯も、食べます、から……」

「それもそうか」


 昼飯の約束もしてたんだなそういや。

 ちょうど俺たちが飲み物を受け取ったタイミングで、入場開始のアナウンスが流れたのはキリがよかった。

 チケットを片手に、上映するスクリーンへの案内に従って俺たちは薄暗い廊下を歩く。


「……えへへ……た、楽しみ……です……」

「そうか、それならなによりだ」


 柔らかくはにかむ横顔につられて、俺もまたふっ、と小さく笑う。白雪の中では映画に対する期待値が鰻登りなんだろうな。

 それだけ楽しみなら、俺も少しは期待していいんだろうか。いいんだろうな。

 やたらと長い予告を隣り合った席で見る傍ら、気づけば俺もまた、そんなことを考えるくらいには浮かれていた。




◇◆◇




 結論から言おう。四十点ぐらいの映画だった。

 エンドロールを終えて観客がやいのやいのと感想を飛ばしながら帰っていく傍らで、俺はこの九十分をそう締めくくる。

 ストーリーラインに変なところはない。タイトルに反したコメディタッチなノリも嫌いじゃない。


 だが、主役がとんでもないレベルの大根役者だったというだけだ。そしてそれは、致命的な減点要素になる。

 脇を固める俳優たちの演技はよかったんだがな、メインヒロイン役の名前わからん女優も頑張っていたと思う。

 だが、主人公の演技がとんでもなく棒だった。原作は知らんが、知ってる人間からすれば相当がっかりするレベルに違いあるまい。


「すぅ……すぅ……」


 それを象徴するように白雪は俺の肩を枕にして、眠りこけていた。あれだけ期待してたのに、散々だったな本当に。


「……起きろ白雪、もう終わったぞ」

「……ぇ……ぁ……むにゃ……はい……」


 もう既に半分ぐらい寝ていたのか、俺の手を握りしめながら、白雪は上映の中盤ぐらいで完全に眠りの淵に落ちていったのを覚えている。

 原作知ってる人間がいくら寝不足とはいえ退屈で寝る程度の出来なのは……なんというか、素直に同情する。

 まだ寝ぼけ眼な白雪の手を引いて、俺もまた席を立つ。寝てた分、主役の棒演技を見る時間が少なかったのは怪我の功名というか、ある意味幸運だったのかもしれん。


 まだ眠たげに目を擦る白雪を横目に、俺は未だに頭に染み付いている主役の棒演技を思い返す。

 エンドロールを見るに、男性アイドルグループから引っ張ってきたらしいが、ファンには大変申し訳ないし、口にでも出そうものなら新月の夜に背中を刺されかねないが、続編を撮る気があるなら起用しないで欲しい限りだ。

 とはいえこの出来で続編があるのかどうかは疑わしいものだがな。実写版を楽しみにしているレベルの原作ファンが寝るって、相当な話だぞ。


 とにもかくにも、俺が何年ぶりかに観た映画は、そんな赤点スレスレのものだった。玉石混交の世界じゃそれもまた醍醐味といえば、そうなのかもしれないが。

 今度からはせめて主演の情報ぐらい確かめてから観に行こうと心に誓う。

 そんな機会が再び訪れるかどうかは、生憎わからないがな。

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