第11話 なに見てヨシって言ったんですか?
貧すれば鈍するというが、全くもってその通りであり、人間という生き物は追い詰められていたり、余裕をなくしていたりすると簡単なことにすら気がつかなくなるものなのだ。
俺は裸眼だからよくわからんが、例えるなら朝の忙しい時に眼鏡かけたまま眼鏡探してるような現象みたいなもんだ。
忙しさに脳の容量を持っていかれて、眼鏡をかけているという事実を忘れる。そんなアホな、と思うようなことでも頻繁に起こったりするから馬鹿にできない。
つまるところなにがいいたいのかというと、要するに白雪と遊ぶ約束を取り付けたのはいいが、どこでなにをするのか、が完全に抜け落ちていたということだ。なに見てヨシっていったんだろうな、あの時の俺は。
自慢じゃないが、俺の「遊び」のレパートリーは貧相の一言に尽きる。
休日なにして過ごしてますか、と訊かれたらその答えはもっぱら「勉強」の一言に集約されるし、たまに家を出てもやることは図書館にこもって勉強するぐらいだ。
たまにあっても中古屋で古本や使い古しの参考書を買いに行くぐらいだが、それを二人でやったところで楽しいか、という話である。
その答えはもう、火を見るより明らかだろうよ。
虚無だ。もっぱらここ三年間を勉強に費やしてきたことを後悔するつもりは断じてないが、俺という人間を分解して構成要素を並べるとこうまで虚しくなるものかと思うところはある。
「……遊びに行く、か」
ちょうど単語帳の確認もキリよく終わったところで、ぼそりと呟く。
もう少し記憶を遡れば、小学生の頃は二十分の業間休みでドッジボールを満喫したり、放課後に駄菓子屋にたむろしてたもんだが、白雪はドッジボールをやりたいような人間じゃあるまい。
高校生が二人で駄菓子屋にたむろしてたら絵面が事案だろうし、それに、二人でドッジボールをしたって虚無なのには変わりないだろう。まだキャッチボールの方がいくらかマシだ。合うサイズのグローブ持ってないけどな。
まあ、なんだ。俺も色々と頭を捻って考えはしたが、正解が出てこないんだよ。
と、なればだ。
餅は餅屋というように、知らんことは詳しい人間に訊けばいい。そんなわけで俺は登校するなり鞄の中身を机にしまってから、一年四組の教室へ足を運んでいた。
「すまん、三木谷はいるか」
「三木谷? ああ、いるけど……おーい、三木谷ー! 誰か知らんけどお前呼んでるやつがいるぞー!」
手近なところにいた男子が、俺からの呼びかけを代わりに叫んでくれる。
白雪希美がいるらしい一年四組の喧騒は格段に凄まじい。今本人がいるのかいないのかはわからないが、ざわざわとさんざめく言葉の波を少しずつ掬い取ってみれば、そいつの名前が高確率で含まれているぐらいだ。
学園のアイドル、というか、もはや祭り上げられすぎて女神とかそんな感じの立ち位置になってそうだな。親衛隊とか作られてるのか?
「誰だー? 今は白雪希美告白ダービーのオッズ決めてるとこだから忙しいんだが?」
「相変わらずアホなことやってるんだな、お前……」
「なんだ京介か……って珍しいな。人をいきなりアホ呼ばわりしたことは置いとくとして、お前も告白ダービーに参加したくなったのか?」
なんだそれは。
いや、言葉の響きから想像はつくが。大方、その日白雪希美に告白する中で誰の勝率が高そうかとかそんなんで競ってるんだろうよ。
ダービーとはいっても栄冠の一着をもぎ取る人間なんて当面表れそうにないから、なにを賭けてるかは知らんが、胴元であろう三木谷は丸儲けって寸法か。相変わらずサッカーとアホなことに関しては頭が切れてやがる。
「ゴール者が出ないレースに意味があるのか」
「わかってないな京介、これは誰があの白雪希美のハートを射止められるかを競うエクストリームスポーツなんだよ、賭けはついでだ」
「そのついでで胴元のお前が坊主丸儲けって寸法だろうに、よく言うな」
「あ、バレてる? まあそりゃいいだろ、俺らは好きでやってんだからさ……で、なんの用だよ」
そうだ。俺はそのわけのわからんエクストリームスポーツとやらの話を聞きにきたわけじゃなければ、賭けに参加するつもりもないんだよ。
「……変なことを訊くが、お前が友達と遊びに行くときって大体どこに行ってるんだ?」
「おお、そりゃまた藪から棒に意外な質問だな。まさかお前、彼女でもできたか? クソッ、だとしたらそんな面白そうな話をこの俺が見落としてたなんて」
「……よっぽど人気なんだな、白雪希美は」
俺と白雪は別に付き合っているわけじゃないが、他人の交友関係にやたらと首を突っ込みたがるこいつに今の今まで嗅ぎつけられてなかったということは、それだけ白雪希美という存在は強烈な証なのだろう。
「校内の男子で白雪希美に興味ないの、多分お前ぐらいじゃねーか? まあいいや、そんで遊びに行くって話だったか」
「ああ」
「んー、まあそうだな。男子でつるむなら無難にゲーセンとかアミューズメント施設とかだし、女子も混ざるならカラオケとかもだな。お前のことだからないとは思うけど、女子と二人きり……ってなったら映画館とか水族館……女子の雰囲気によっちゃ図書館とか美術館も選択肢に入る」
流石だな、と、三木谷の口からすらすらと選択肢が出てきた事実に対して、俺は素直に感心していた。
やはり餅は餅屋といったところか。こういうときに普段から遊び慣れている人間の意見は頼りになる。
女子を相手にしたパターンも熟知しているのは特にありがたかった。
時折忘れそうになるが、アホなことに血道を上げているのと噂好きな欠点を除けば、こいつは真っ当なイケメンに分類される人種だからな、女子との付き合いも片手で数えるくらいじゃとても足りないんだろう。
「まあこんなとこだけど、そんでお前、彼女できたのか、京介?」
「……彼女ではないが、付き合いは増えた」
「マジ? すっかり勉強一筋で干物になっちまったと思ったら、ちゃっかり高校デビューしてたとか、複雑な心境だぜ……」
「だから彼女じゃないと言ってるだろうが」
あくまでも俺と白雪は友達同士だ。あっちの距離感は致命的なぐらいバグってるがな。
だからラーメン屋の店主みたいに腕を組んで訳知り顔で頷くんじゃない。そんなんだからせっかく貯めた尊敬ゲージが高速ですり減っていくんだぞ。
そのまま、頑張れよ、とばかりに親指を立てて、告白ダービーのオッズとやらを決めに戻っていった三木谷にはなにかを激しく誤解されたままのような気もするが、かといって、白雪との関係を言語化しろというのも難しい。
まあ、なんだ。別に誤解されたままでも、四組は当分白雪希美の話で持ちきりだろうから、多分支障はないだろう。
なんだか白雪希美に助けられた気分だな。未だに顔を拝んだことすらないが。
会ったら心の中で礼の一つでも言っておこうと、ぼんやり記憶の片隅にそんなことを留めつつ、俺は一年四組をあとにした。
三木谷の話を聞いてわかったことはいくつかあるが、共通しているのは、大体金がかかるということだろう。
高校生なんだからバイトの一つもやって稼ぐべきだといわれればぐうの音も出ないんだが、バイトやってる暇があったら勉強したいんだよな。
そうやって勉強に全てのコストを振ってきた結果が、三木谷に聞くまでは遊び先にすら虚無の選択肢しかない状態だと思うといささか複雑ではあるが、それでも東都大学の門を叩くという夢であり目標は捨て切れん。
二兎を追う者は一兎をも得ずとはいうが、かといって一つのことに集中しすぎてもドツボに嵌まりがちだ。
そういう意味じゃ、白雪と遊びに行くのは、息抜きとしてもいい機会になりそうではある。
幸い三木谷が選択肢に挙げてくれた中で、比較的金がかからなそうなところもあったしな。
一年一組に戻って席に着くと同時に、教室の隅っこへと視線を向ければ、今日も背中を丸めてラノベを読んでいる白雪の姿が目に映る。
普段から通っている図書館は悪くないと思ったが、白雪が読んでるジャンルぐらいはもう少し詳細に把握しておいた方がいいんだろうか。
念には念を入れておくに越したことはあるまい。とりあえず放課後にでも尋ねてみるかと記憶に留めつつ、俺はホームルームが始まる合図の予鈴に耳を傾けるのだった。
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