第10話 トモダチリスタート
「……」
今にも泣き出しそうな白雪に、なにを言えばいいのかは全くもって見当がつかなかった。むしろ、こんな時俺がどんな顔をすればいいのか教えてほしいぐらいだ。
三木谷辺りには笑えばいいと思うよ、とかいわれそうなもんだが、こんな状況で笑ってられるやつは人としてなにかが致命的に欠落していると思う。
俺の背後にずっと隠れて、通り雨が過ぎ去るのを待つかのように藤堂との会話が終わるのをじっと待っていた白雪の気持ちを考えると、いたたまれないものがある。
いや違うんだ、気持ちは確かにわかるんだ、白雪。
俺だって藤堂に泣きつかれて行ったライブであいつの出番が来るまでに見てた地下アイドルのパフォーマンスとか見てたとき同じような感じだったからな、いや違うか。
置いてけぼりにされた……というか、してしまったんだからこれは十中八九俺の責任だろう。
「……その、なんだ」
「……」
「……すまない、白雪」
別に白雪のことを忘れてたわけじゃないんだ、と言ったとしても信じてはもらえないだろう。忘れてなくても置き去りにしてしまえば、それはほとんど同じ意味になる。
藤堂はコミュニケーションを取るのに物怖じしないタイプだが、白雪の話しかけられたくないオーラがあまりにも強烈だったのか、それとも考えたくはないがあいつも白雪のことを忘れてたのか……どっちにしても、絡んでこないのは不思議だった。
そもそも、俺がバイパスとしての役割を果たせばよかっただけなのに、そうやって他人任せにしているからだと詰られればぐうの音も出ない。この件についての責任は全て俺に帰属すると断言できる。
「……い、いえ……その……こ、九重君は……悪くないん、です……ただ、わたしが……」
笑顔を取り繕ってぽろぽろと涙をこぼしている白雪を見ていると、罪悪感を抱かずにはいられない。
白雪はどうしたかったのか。俺と藤堂が話し込んでいるところをずっと見ていたと考えると、やはり会話に混ざりたかったんだろうか。
普通に考えればそうなんだろう、ただ根拠はないが、なんとなく違うような気がした。どことなく気まずい空気を抱えながらローファーを履いて、俺たちは学校を出る。
「……白雪」
「……は、はい……なん、でしょう……?」
「……すまない、考えてみたが、白雪がどうしたかったのか、俺にはわからなかった」
結局のところ、いくら思ったところで、考えたところで、訊いてみなければ、確かめてみなければ、憶測は憶測のままでしかない。
だからこそ、俺は素直に頭を下げて、白雪がどうしたかったのかを直球で尋ねることに決めたのだ。
いくら問題を解けたところで、答えが最初から存在しない乙女心という名の問いに対する唯一の解は全方位土下座外交の他にあるまい。恥やプライドなどそこにあるドブにでも捨ててしまえ。
「……わ、わたし……い、嫌な、子です……」
「なんでだ」
「……だ、だって……っ……こ、九重君と……と、藤堂さんは、お友達、なのに……なのに……わたし……羨ましいって……」
ぽろぽろと、琥珀色の瞳から涙をこぼしながら白雪はそう呟く。なるほど、俺と藤堂が軽いノリで会話をしていたのが羨ましかったのか。
確かめてみて正解だった。なんとなくではあるが、白雪が求めているものが理解できたような気がしたからな。
つまるところ、俺たちは「友達になる」という約束を交わして、その通りに振る舞ってきたつもりが、実のところそうではなかったということなのだろう。
確かにそれはそうだ。白雪のバグった距離感に惑わされて……いや、言い訳はよそう。
単純に俺が、白雪の願いを汲み取ることができなかったというだけの話だ。
例えるのなら共通項はあっても微妙に重なり合わないところをバグった距離感で無理やり繋ぎ止めていたような、そういう歪な関係性。それを友情と呼べるのか。
いや、呼べない。
一から人間関係を構築したのなんていつ以来だったかすっかり忘れてしまったが、友情というのは本来時間に比例して強固になっていくものなのだ。
その途中で起こる不和や、生じる亀裂については考えないものとするが、「友達になる」と口にしたところで、それはただの言葉でしかないということでもある。
「……白雪」
「……ぐすっ……は、はい……」
「……今度の休日、空いてるか」
とどのつまり、俺に課せられたミッションは、白雪と本当の意味で「友達になる」ということだ。そうに決まっている。
藤堂や三木谷と話す時ぐらい気さくに……とはいかなくとも、自然にその辺のどうでもいいことを拾い上げて会話ができるようになれば花丸満点といったところだろう。
そのためにはまず、俺と白雪の間にある共通項をよりはっきりと認識しておく必要がある。千里の道も一歩からというように、まずはそりの合う話題から、といった風情に。
「……ぇ、ぁ……ぇ……!?」
そういうわけでまずは学生らしく遊びにでも行こうかという意味で話を持ちかけたつもりだったが、白雪は泣いていたのが一転、顔を赤らめて俯いてしまう。
おかしいな、なにか間違っていたんだろうか。
乙女心には正解も特殊解も虚数解も存在しない。なにをどうやっても解が出てこないんだから、東都大学の入試問題が易しく見えてくるレベルだ。
「……すまない、なにかおかしいことでも言ったか」
「……ぇ、ぁ……ち、違うんです……そ、その……ただ……」
「ただ?」
「……きゅ、休日に……い、いいい一緒に、あ、遊ぶ、って……その……で、でででで……デート……です、か……?」
至って真剣に、頬を真っ赤に染めたまま、瞳を潤ませて白雪が問いかけてくる。
いや、その、なんだ。その可能性については全く考慮していませんでしたとしか答えられない。
藤堂や三木谷とはそんな感じで軽く遊びの約束を交わしていたから、今回もそんなもんだと思ってのことだったが、そうか、そういう解釈もできるのか。年頃の男女が二人で休日を過ごす、となれば確かに遊びに行く、というよりはデートをする、という表現の方が近い。
完全に盲点だった。
俺の方が距離感バグってるんじゃないかという挙動をしてしまったことへの罪悪感と気恥ずかしさで言葉が途切れる。
いや、だが。だがしかし、だ。
「白雪、ステイだ。よく考えてくれ」
「……は、はい……っ……!」
「俺たちは恋人同士じゃない、そうだな?」
「……は、はい……」
若干不服そうなのは一旦見なかったことにしておいて、まず言質は取れた。
そう、俺たちが恋人同士ではなくあくまでも友人だとしたら、そこにある感情が恋愛感情なるものではなく純粋な友情だとしたら、例え年頃の男女が二人で休日を過ごしたとしても、それは「遊びに行く」のであって、「デートではない」のだ。
完璧な証明だ。そしてこの前提に基づいて俺たちは友情を深めようとしている、ただそれだけの話でしかない。
「……つまりこれはデートじゃない、ただ遊びに行くだけだ」
休日こそライバルと差をつけるべく勉強に励みたいところではあったが、今回の件に関しては落ち度が百パーセント俺にある以上、白雪を優先すべきだろう。
それに、多少であれば遅れた分はいくらでも取り返しようはある。たまには息抜きだって必要になってくるだろう。
そう自分に言い聞かせて俺は、白雪に念を押すかのように確認を取った。
「……そ、そう……ですよね……お、お友達……お友達、ですから……わたしたち……!」
「……そういうわけだ。改めて訊くが、次の休日は空いてるか?」
「……は、はい……っ……!」
「よし」
予定確認ヨシ。約束締結ヨシ。
指差し確認をする猫のごとく二人の間でのチェックを済ませて、俺たちは遊びの約束を交わす。
ちょうど今が水曜日、週の折り返し地点だと考えると次の休日は三日後か。色々と考えなければいけないこともある、ちょうどいい期間だろう。
怪我の功名とでもいうべき天の采配に感謝しつつ、俺と白雪は、いつも通りに駅まで歩調を揃えて歩き出す。
いつも通りに抱きつかれた左腕に頬を擦り寄せられているような気がしたのは、多分錯覚かなにかだろう。
今はただ、そう思いたかった。そう思うのが、精一杯だった。
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