二幕-②
「あんま近づかないで?気になるし、怖いし」
「……すいません」
Vtubet「洒落頭ワコ」として生配信を始めるため、尊と泉帆はリビングとは別の部屋に来ていた。この部屋がおそらく配信部屋――泉帆の仕事部屋のようなものなのだろう。PCはもちろん、さまざまな配信機器が設置され、泉帆本人は高級そうなゲーミングチェアに座っている。
初めてVtuberの生配信の様子を目にするため、尊は興味津々に泉帆の後ろでPCの画面やらを覗き見ていた。
泉帆にとって後ろに誰かがいるのも気になることだったが、そのさらに後ろの存在がきついのだろう。若干声は抑え気味で、すこしだけ怯えているのが分かった。
「とりあえずSNSで生配信することは伝えた。時間になったら開始するから、何か思い出したりコメントで気になったりするのがあったら言って」
「はい」
「こんワコ~!ホラー・都市伝説・陰謀論、オカルト全般だいすきVtuber洒落頭ワコでーす」
配信の時間になると、泉帆はPCの前で身振り手振りを加えて元気よく挨拶していた。尊からは見えないが、表情も先ほどとは全く違うはずだ。
ワコは他のVtuberと比較すればローテンションかつクールなイメージだったが、実際に本物を目にするとそれも一変した。
(普通にかわいい)
今日ここまで見てきた泉帆の態度や性格からは想像できない。本物のVtuberがそこにいた。
「こんワコ~、はいこんワコこんワコ~」
泉帆のPC画面には既に多くのリスナーからコメントが書き込まれている。配信開始直前は挨拶などでコメント率が高くなるため、高速に画面下から上へと流れていってしまう。
既に1,000人以上が集まっていることも画面から読み取れた。
「で、今日の配信なんだけど」
オープニングの挨拶も終わり、コメントも落ち着いてきたところでワコが今回の生配信の内容について語り始めた。
『今日は生配信の予定なかったよね』
『なんか嫌な予感する……』
といった内容のコメントがパパパッと流れる。
「いや、まぁ予定はなかったし、別にプライベートで何かあるわけでもないんだけど」
ワコは苦笑しながら、そういったコメントに返答していく。
「実は、みんなに協力してほしいことがあるんだ」
『協力?』
『なんかの企画?』
『俺らに何ができんねん』
普段、ワコがこのように急に配信を行うことが無いためか、コメントも困惑しているようなものが多かった。
「実は、とある怪異について教えてほしいわけ」
『怪異?』
「うん。今からその怪異の特徴を画面に載せておくから、知っている人がいたら何でも良いから教えて」
そう言うと泉帆はマイクをOFFにし、PC画面に皆が見えるように怪異の特徴を打ち込み始める。それと同時に後ろにいる尊にも声をかけた。
「色々とコメント流れると思うから、あんたがピンときたものがあったら教えて」
「わかりました」
尊は自分のスマホでもワコの生配信を開いていた。
その画面に、泉帆が先ほどタブレットに書いたものと同じ特徴が写し出された。
・大きい女
・憑いた人間の目を隠している
・ぽ、という音を発している?
・人間を瞬時に殺せるほどの力を有している
「これじゃないかな~?とか、可能性ありそうな情報だったら何でも書き込んで」
ワコがそう言い終わる前から、コメント欄は盛り上がり始めていた。
『女?』
『貞子的な?』
『THE都市伝説って感じだね』
『人を瞬殺できるとか強すぎww』
あれじゃないか、こうだと思う……さまざまな意見が飛び交うなか、ワコも追加で情報を出していった。
「あ。あと、めっちゃでかい。多分2メートルは確実に超えてる」
新情報追加によって、更にコメント欄が盛り上がる。
中にはお金を払ってコメントをする「スーパーチャット(スパチャ)」も飛び始めてきた。
そうなるとワコもそちらに目を向けなければならない。尊は、ワコが取りこぼしそうなコメントに出来るだけ集中した。
(駄目だ……)
想像以上にコメントのスピードが速い。しかもどれもが怪異に関することなので、どれを取捨選択すれば良いかさえ分からない。
尊の思考がなかば停止しかけたその時、ひとつのコメントに目を奪われた。
「ワコさん……!」
尊は声が配信に入らないように出来るだけ小さな声で呼びかけた。
すぐに泉帆ではなくワコと呼んでしまったことに気付き恥ずかしくなるが、そんなことを気にしている場合でもなかった。
泉帆はマイクをオフにすると、「なに?」と後ろを振り向く。
(これ!このコメント!)
尊は、自身のスマホ画面を指さし、口の動きだけでそれを伝えた。スマホには、一つのコメントが選択され大きく表示されている。
泉帆も察し、画面を確認すると頷きながら配信へと戻っていった。
「ちょっと待ってね、今、気になるコメントあったから……」
どれだったかなぁ~と、尊が示したコメントを探すワコ。スパチャで固定されていないため、探すのに少し時間がかかる。
「あったあった。えっと、この人……『寺生まれのT』さんのコメント」
寺生まれのTという人物のコメントは、他のコメントと比べて特別なわけではなかった。「その怪異、○○じゃない?」といった文面でしかなかったが、尊はここに書かれた名前から目が離せなかった。
「……は、は……何?八尺様って読むの?」
八尺様。ワコがそう口にした時、尊は得も言われぬ恐怖感を覚えた。
「ごめん、みんな。この八尺様っていうのが気になるから、これについて教えて。寺生まれのTさんも詳細知ってるならコメントしてほしい」
少しすると、色々な推測で賑やかだったコメント欄の勢いが落ちた。その代わり、八尺様のみの話題ばかりになる。
『初めて聞いた』
『八尺ってなに?』
『尺は長さの単位。1尺は大体30.3センチメートルだから、2.42メートルくらい?』
『人型の怪異だとしたらデカい』
ほとんどのコメントはそのようなものばかりで、八尺様という存在自体を知っている人はほとんどいなかった。
『八尺様はとある地域(ごめん、どこかまでは知らない)に言い伝えられている女の怪異。ぽぽぽという機械みたいな音を出して、見た目は若い女性だったり老婆だったりもしくは男だったりもするらしい。人に取り憑いて、数日以内には取り殺すって。俺も昔なんかの文献で読んだのを何となく覚えているだけだから、詳細はネットで調べてみたらもっと出てくるかも』 寺生まれのT \5,000
「おー、寺生まれのTさん高額スパチャサンキュ~」
ワコが弾んだ声でそう言うと、他のコメントも「ナイスパ」などといったコメントで埋め尽くされた。
一定の金額を配信者にスーパーチャットすると、そのコメントは全ての視聴者が見えるように固定される。高額になればなるほど固定される時間も増えるため、寺生まれのTさんはその辺りも考慮したのだろう。
「八尺様か……私も聞いたことないし、コメント見る限り皆も初めて聞く感じだね」
その後はワコもリスナーも、八尺様についての情報をネットを使って調べ始めた。寺生まれのTさんもその後もコメントに参加していたが、肝心なことは分からずじまいだった。
どうすれば八尺様を祓えるのか。
「対策方法とかは無いの?」
そうワコが質問しても、寺生まれのTさん含め誰もそれは分からないようだった。
「妖怪とかではなさそうだけど……様とか付けられるくらいだし。あとはどこに伝わる怪異なのか……」
配信の途中でも泉帆は「八尺様」と検索を行い情報を集めるが、流し読みしているだけでは詳細を掴めなかった。
それは視聴者も同じようで、コメントの勢いも減速してきている。
このまま続けてもグダりそうだと判断したワコは、この辺りで配信を終了することを決めた。対策や解決方法が分からなかったことは残念だが、八尺様という存在が知れただけでも十分意義のある配信だと泉帆は思った。
「ふーん。ちょっと八尺様について色々調べてみたいから、今日はこの辺で終わるね~」
『おつワコ~』
『早くない?』
『面白い怪異知れて良かった』
ずらずらと流れていくコメントを流し読みしつつ、配信を完全に終えたことを確認する。
「で?あんたはどうして八尺様に食いついたの?」
泉帆はゲーミングチェアごと体を尊の方へと向けた。
「……」
「……」
「……黙ってないで何か言ってよ」
尊はうつむいたまま、少し体を震わせていた。その後ろでは、相変わらず女が目を塞いでいる。平気に感じていたが、その異様さは泉帆に再度恐怖を与えてきた。
「分からないんです。でも、俺は、八尺様を知っている」
「……」
およそ普通の状態ではない尊を見て、泉帆は眉をひそめる。
ようやく分かったのだ。後ろの女がなぜ自分に憑いているのか。なぜあの夢を見るのか。
いつの間にか床に落としたスマホ画面は既に暗く、代わりに尊の姿が映し出されていた。そこに女の姿を見ることはなかった。
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