一幕ー⑧
結論から書くと、伊神は無事だった。
衝突箇所が運転席と離れていたこともあり、事故直後もすぐに出てきて警察に連絡していたほどだ。
「伊神さん!」
尊は、一目散に伊神の所へ駆け寄る。声に気付いた伊神も、軽く手を上げて応えた。
「大丈夫ですか!?」
そう叫ぶ尊を手で制すと、伊神は大きな声で言った。
「危ねえからそれ以上近寄んな!」
慌ててその場で急停止する尊。近くに来たことで分かったが、周囲には車の破片やガラス片が飛び散っていた。
よく見れば、無事に見えた伊神の額からも血が流れ落ちている。
「見ての通りだ、あいつに会いに行くのはまたの機会だな」
「それは別にかまわないですけど……」
気にするのはそこではないだろう。尊は伊神の異常な冷静さに内心驚く。
「……実は、友達から連絡があって、そっちの方が急を要するというか」
「だったら速く行ってやれ。こっちはしばらく自由に動けねえし、お前も色々聞かれるかもしれないからな」
それだけ言うと、伊神は尊の反応も見ずに事故を起こした車の方へ走って行った。交差点の中央付近に停止しており、こちらの方が車体は大きく損傷している。
運転席はエアバッグが膨らみ、運転手の様子は詳しくは分からなかった。
「……」
伊神のことも気になるが、本人がああ言った以上できることはなさそうだった。
尊は踵を返し、駅まで走った。今は他人の交通事故よりも友人と自分の身のことを優先しなければ。
言い訳をするようにそれだけ考え、スマホで拓也へと連絡した。
午後3時前。
〇県〇市から戻った尊はコンビニにいた。卒業した高校が近くにあり、かつてはよく利用していた場所だった。
本当は人通りの少ない場所が良かったが、拓也が頑なに断ってきた。
「尊」
声を掛けられ振り向くと、拓也がすぐそこに立っていた。あまりネガティブな感情を顔に出さない拓也だが、顔色が悪いことは尊にもすぐに分かった。
「大丈夫か?」
「……」
拓也は無言で首を振ると、コンビニ内のイートインペースへ向かっていく。
「あの人、死んだってマジ?」
椅子を引きながら尊は訊ねた。
「小さいけどネットニュースになってたし、TVのニュースでも言ってた」
拓也は力なくそう言うと、頭を抱えてため息を吐いた。
「でも、だからって……心霊スポット行ったことと関係あるなんて――」
「電話では言わなかったけど、もう一人死んでんだよ」
顔を伏せ、拓也はか細い声でそう言った。尊の目も大きく見開かれる。先輩が死に、もう一人死んだ。拓也がここまで追い詰められていること、昨日の今日であることを考えれば、思い当たるのはたった一人しかいない。
「先輩の部屋で二人とも同じような死に方してたって」
「……」
尊は何も言えなかった。
他人より、自分の身の方が危うい。それは拓也も同じはずだ。
「どうすれば……良いんだろう」
絞り出した声で尊は訊ねる。
昨日会った人間が二人死に、伊神は交通事故で怪我を負った。自分達だけは何も起こらないと考えられるほど尊は図太くなかった。
「また、あの心霊スポットに行くしかない……行って、謝るんだよ」
それは尊ではなく、自分自身に言い聞かせているようだった。
(本当にそれで合っているのか……)
目の前の拓也を見て口に出すことは出来なかったが、尊は心の中でそう思った。
オカルト好きの直感……とでもいうのだろうか。事態を収めるためには、まず原因を確定させなければならない。
先輩が死んだことと伊神が事故に遭った原因が霊障だとすれば、両者の共通点は「心霊スポットに行った」ことである。
しかし、それぞれ別の心霊スポットだ。これが理由ならば、世の中には数えきれないくらいの死者とケガ人が出ているはずだ。
そして、両方の心霊スポットに行った尊は今のところ無事……。
(分からない……)
なぜ自分が今無事なのか、尊にはどうしてもその理由が分からなかった。そもそもまだ無事なだけで、数分後には自分の番が来るのだろうか。霊にルールを求めること自体がナンセンスなのか。
「おい」
気づくと、拓也がこちらを見上げていた。
「な、なに?」
「お前まで切羽詰まるなよな」
拓也は苦笑した。
尊も何か言い返そうとしたが、あえて飲み込んだ。多分、拓也は自分を頼りにしている。そう思ったからだった。
連日心霊スポットに行き、かつては霊が見えていたと語っていた自分しか拓也には頼れるものがない。専門家でもないただのオカルトマニアでしかないが、立場が同じであれば尊もそうしたであろう。
そこまで考えた時、尊は気付いた。
(拓也と一緒に〇県〇市に行けば……)
そもそも、こういった問題の場合、頼れるものは極わずかだ。警察も家族も頼りにならない。
尊は覚悟を決める。
「拓也……どうにか出来るかもしれない人が、一人だけいる」
その言葉に、拓也は生気を取り戻したような表情を向けてきた。
「誰だ?知り合いか?今日会えるのか?」
「分からない……その人は〇県〇市にいるんだけど、心スポに行くよりもそっちに向かった方が良いと思う」
「?なんだって?」
拓也が不思議そうな顔で訊き返してくる。
「だから、心スポじゃなくてそっちに行った方が……」
「じゃなくて、そっちってどこだよ?」
「〇県〇市……」
はっきりと発音したつもりだが、拓也はまだ納得がいかないようだった。そればかりか、先ほどより険しい表情を浮かべていた。
「お前、ふざけてんのか!」
立ち上がると、拓也は物凄い形相で尊を睨んだ。
「ふ、ふざけてるって、何がだよ……」
突如として態度の変わった友人に思わず尊も怖気づいた。
「とりあえず……外、出ようぜ。ここにいたって何もならないだろ」
なだめるように拓也の肩に手を置く。
拓也は、短くため息を吐くと「意味わかんねぇよ……」とだけ呟いた。
ひとまず外に出た二人は、コンビニの駐車場で今後について確認することにした。
「これで助かるかどうかは分からない。けど、一旦〇県〇市に行った方が良い。そこにいる霊能力者なら……」
「だから!さっきからずっと何言ってんだよ!」
先ほどと同様、拓也はまた声を荒げた。今度は尊の胸倉を掴むほどの勢いで、その表情は憤怒と恐怖がないまぜになっているように見えた。
「昨日一緒に心スポ行った先輩が死んでんだぞ?今度は俺らの番なんだよ……そんな状況でなんでそんなふざけられんだよ?」
「ちょっと待て!お前こそさっきから何言ってんだよ!」
胸倉を掴まれつつも、今度は尊も言い返す。拓也が何故ここまで反応するのか理解できなかった。
「ガキの頃からずっと思ってたよ。オバケが見えるだなんだの、ふざけたこと言って馬鹿じゃねえかって」
拓也は声を震わせながら独白し始める。
「もういいだろ!注目されていい気分になれただろ?もったいぶってねえで、早く教えろよ!」
目の前にいるのは本当に自分の知っている拓也なのか?尊の感情は、一周回って落ち着きつつあった。
拓也がおかしいのか、自分がおかしくなったのか。やけに冷静になった頭で考えを巡らせる。
本当は、それ以外の思考を脳が拒否していただけかもしれないが。
「何が霊能力だよ?人にかまってほしいだけの気持ち悪い――」
そこまで言いかけた時。拓也の姿が尊の視界から消えた。
直後に「ごっ」という、硬い物同士がぶつかるような音。
その音がした方向に尊は目を向ける。コンビニの駐車場を囲むように造られたコンクリート壁。そこに拓也だったものが貼りついてあった。
脳裏によぎるのは、ホラー映画などの肉片や血で真っ赤に染まっているシーン。幾度となくそういった映画は観てきた尊だが、どことなく、あれには様式美というか一種の美しさがあった。
しかし、今目の前にある壁の色にそんな感想を抱くことはできなかった。
確かに赤い。しかし、それ以外の色も多いことに気付く。そもそも壁に叩きつけられ(?)貼りついているのは頭部だけで、そこだけ赤い。潰れた部分からは脳漿の他、頭髪や歯が地面に向かって流れ落ちていることも確認できる。
逆に頭部以外は拓也そのものだったので、そのアンバランスさがまた気味が悪い。
「……」
視線はそのままに、尊は一歩後ずさった。まずはそれしか出来なかったのだ。悲鳴を上げることも、警察を呼ぶことも、コンビニの店員に助けを求めることも忘れていた。
尊の次の行動は、その場から一刻も速く離れる事だった。
後ろを振り向かず、全速力で走った。人生で一番ともいえるくらい走った。
頭にあるのは拓也との思い出などではない。
「次は自分」という恐怖しかなかった。拓也は何の前触れもなく死んだ。次の瞬間には自分がああなるかもしれないのだ。
そう思うと、壁にさえ恐怖を覚えた。
自分に残された時間はあとどれくらいか?それまでに間に合うだろうか?
尊は、途中何度も躓きながらも、〇県〇市への道を急いだ。
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