一幕ー⑥
拓也が話していた先輩は、地元の大学に通う男子大学生で、心霊スポットまでは彼が運転する車で向かっていた。尊は聞いていなかったが、先輩の彼女も付いてきており助手席に座っている。
時刻は20時30分。
出発したばかりの頃は周囲に明かりが見えていたが、今はたまにすれ違う対向車のライトくらいしか無い。
「ねー?まだー」
助手席の彼女がスマホを触りながらそう言った。
「あと少しだって」
暗くなった道を、用心深く先輩は運転していく。
尊は、隣に座る拓也に批難の目を向けた。彼女連れとは聞いていない。知らない先輩に知らない先輩彼女。心霊スポットとは別の気まずさを感じていた。
拓也もそれを理解しているのか、肩をすくめて答えるだけだった。
「そういえば、お前ってガキの頃、『幽霊が見える』とか言ってたよな?」
空気を変えるかのように拓也が話題を振ってきた。
「マジで?」
それに反応した先輩彼女が、バックミラーの尊に目を向けてきた。
「オバケ見えるの?」
「いや、見えないですよ」
尊は慌てて否定した。ただ、拓也の言葉が嘘というわけでもない。
「あれ?確かに言ってたと思うんだけど……。だから心霊スポットで生配信とかしてんじゃないのか?」
「あれは、まあ、色々あったんだよ……」
小学生くらいの頃は確かにそんなことを言っていた。しかし、それが普通のことではないと理解してからは口にしなくなった。
実際、中学に上がろうとする時期には何も見えなくなっていたのは確かだ。
「でも、いるよね、そういう子」
「『私、幽霊見えます~』みたいなやつ?」
「そうそう!」
「俺も何人も見てきたわ、そういう奴」
大学に入ってからはめちゃくちゃいたと、先輩と彼女は共通の話題で盛り上がり始める。
「小さい時はまだ可愛げあるけどさ、高校とか入ってもまだ言ってたらさすがに気持ち悪いよね」
「絶対ウソだと思うもんな」
一回彼女が振り向いて「尊くんのこと言ってるわけじゃないからね?」とフォローされた。
尊自身もそれは気にしていなかった。これまで何度も聞いてきた言葉だし、昨日の伊神と比べれば優しいものだ。
しかし、何故だか目の前の二人と伊神とでは、何かが明らかに違って聞こえた。
「さすがに雰囲気はあるな」
目的地である旧トンネルに到着し、車を降りた先輩の第一声がそれだった。
目の前には、使われなくなった古いトンネルが口を広げるように尊たちを待ち受けていた。
周囲に明かりは一切なく、車のヘッドライトだけがトンネルを照らす。
「でも、他の人も結構来てるみたい」
先輩の彼女が足元を見てそう言った。確かに、地面には最近の物と思われるペットボトルやエナジードリンクの缶が転がっている。
心霊スポット特有の落書きも、トンネルの入り口にびっしりと描かれていた。
「よーし、じゃあ、まずはお前ら行ってこい」
そう言うと、先輩が拓也にライトを放り渡した。
「えー?皆で行くんじゃないんですか?」
「それだと面白くねえだろ。それに、万が一の時のために待機してるもんなの、こういうのは」
ここまで来た以上、それなりの覚悟はしていたのか、拓也はあっさりと引き下がると「行くか」と尊に向かって言った。
「まぁー多分、面白がってるぜ先輩」
「何が?」
小声でつぶやくと、拓也はライトを尊に渡した。
「お前が持つんじゃないのかよ」
「俺はこっち」
拓也は自身のスマホを見せ、カメラを尊に向けた。
それを見て、尊は一気に嫌な予感がした。
「撮るつもりか?」
「これも思い出だろ。それに、こっちの方がお前もやりやすいんじゃねえか?」
「そんなわけ……」
尊は呆れたが、確かに、動画で記録を残す行為は心霊スポットならではといえる。
レポートはしないことだけ伝え、二人はトンネルの中へ踏み入った。
トンネル内部は、空気も温度もひんやりとしていて湿度が無い。ただ、妙にほこりっぽいというか、かび臭さのようなものを感じた。
「出口までどんくらいだ」
拓也の言葉に反応して、尊は前方にライトをやった。僅かながら光は出口付近を照らせていたため、長くても100メートルくらいだろうか、と尊は判断する。
「なんだかんだ初めてなんだよな」
「初めて?何が」
「心霊スポットに来ることが、だよ」
お互い前を向いて歩いている。録画している関係から、拓也が尊の少し後ろにつく。
「でも、あんまり怖くねえな」
拓也の声がトンネルの中に反響する。声の感じから期待外れのガッカリした様子が分かった。
「心霊スポットなんて、もうそんなもんだろ……」
尊が小さかった頃は、夏になるとまだテレビで心霊番組を放送していた。が、今はもう見る影もない。YouTuberが突撃する動画がネット上に溢れ、かつて心霊スポットが漂わせていた空気感は完全に失われたと言っていい。
「観光スポットみたいなもんだからな」
トンネル内部は入り口で見たものとは比べ物にならないくらいの落書きに溢れていた。「〇〇参上!」や日付を書いたものを見ると、霊的な存在よりも人間の存在感が大きくなってしまう。
「この動画に期待するか」
「期待すんな」
尊はライトを拓也の持つスマホに当てた。「うおっ、まぶし!」と拓也が目を瞑る。
「よくあるじゃん。後で見直したら何か写ってたとか」
「写ってたら嫌だろ」
そうやって進んでいると、すぐに半分近く来ていた。出口もかなり近い。
「じゃ、ここらへんでやってみるか」
拓也は立ち止まってそう言うと、スマホを操作し始めた。
「何してるんだ?」
尊は近づいてスマホをのぞき込んだ。画面には何かのアプリが立ち上がっている。
「なんだっけな……お化けと会話できるとかいうアプリだよ」
「ああ……」
これも心霊系の動画を観ていた影響か、尊は拓也が今なんのアプリを開いているのか理解できた。
霊と会話が出来るのは昨日尊も用いた「ソウルボックス」と同じだが、このアプリは、よりハッキリと霊と会話が出来ることで最近流行っていた。
名前は確か「スピリットチューブ」という名前だったか、と尊は記憶を探る。
「誰かいますか?」
準備が整った合図に「ピロン!」と音が鳴ると、拓也がそう訊ねた。アプリ上ではヘッドフォンのマークと「聞いています」というメッセージが表示されている。
「そんな簡単にはいかねえか」
元々それほど期待していなかったのか、拓也はそっけなくそう言うと、続けざまに質問をしていった。
「……昨日の配信、なにか見えたり聞こえたりしたか?」
その様子を見ていて、尊はふと、自分の配信が他人にどのように映っていたのか気になった。
「あー、俺は観てなかったから分かんねえや。他の奴らから聞いたくらいだから」
何の反応も見せないアプリに飽きたのか、拓也は尊の話題に乗ってきた。
「映ってたのか?何か見えたとか」
「別に、何も」
『イゼン ソコニイマシタ』
突然聞こえた声に尊と拓也の二人はビクッと身を震わせた。
「びっくりしたぁ!」
驚き半分、笑い半分といった表情で拓也がスマホを見せてくる。聞こえてきた声は人間のそれでなく、起動しているアプリの人工音声だった。
「『以前そこにいました』って言ったか」
確かにそう聞こえたので尊も頷く。
「お前、知ってたか?」
「?」
拓也はアプリを閉じ、再び録画を再開した。
「これ、幽霊の声でもなんでもないってこと」
「……」
尊は何とも言えず言葉に詰まる。ソウルボックスもそうだが、ああいったツールで本当に霊の声が聞こえるかどうかは尊も半信半疑のところがあった。
「ここから聞こえる声は最初から登録されてて、ランダムにそれが再生されてるんだってよ。開発側は後から新しいセリフを登録していって、よりそれっぽくなるってワケ」
「そうなんだ」
「心スポで肝試しする分には盛り上がって良いけど、真剣な顔してこれ使って動画投稿してる奴らとかいるだろ?」
「ああ……」
拓也はため息をはくように、心底疲れた表情でこう言った。
「嫌いなんだよな、ああいうの。ヤラセってことだろ?」
「それは、まあ……」
尊にはオカルトに対してある程度の理解があった。だからこそ、ヤラセ含めて楽しめていたが。
心霊系の動画も様々な種類が存在する。ドキュメンタリーのようだが、その実台本ありのモキュメンタリーだったり、ガチの心霊検証だったり。
純粋なオカルトファンか、オカルトを金儲けの道具として見ていないかの違いなのかもしれない。
「小学校の時、お前『オバケが見える』とか言ってただろ?」
「ああ……まあ、そんなことも言ってたかもな」
「あれも正直キツかったからな?」
「……」
「……」
少しの間が空くと、二人の笑い声がトンネル内に響いた。
「いつまで言ってんだよ!」
尊が笑いながらライトを拓也に当てる。
「しょうがねえだろ、おもしれーんだから」
その後も尊と拓也は、昔の思い出話をしながらトンネル内を歩き終えた。
入り口に戻ると、今度は交代する形で先輩と彼女がトンネルに入る。入ってすぐに彼女の悲鳴が響いてきて、お互い顔を合わせて爆笑したのだった。
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