一幕ー⑤
試しに「洒落頭ワコ 切り抜き」と検索してみると、何本も動画が出てきた。
その先頭、最新の切り抜き動画が尊の目に入る。
「初の生配信!ガチでビビるワコ!」というタイトル。
下の動画にも目をやると、どれも似たようなタイトルとサムネイルばかりだった。その中の一つを適当にクリックして開く。
冒頭は動画の説明が字幕で入り、ワコの静止画像が写る。
「えー、突然の生配信ってことなんですが……すごい、もう1,000人くらい?来てくれてるね」
昨日は伊神の言葉を信じられなかった尊だが、ワコの生配信となれば1,000人以上は平気で行くだろうと納得する。
OPトークはもう少し続いたのだろうが、動画ではすぐに心スポ配信の場面へと移った。
この時の画面はワコが右下に配置。コメントも右側で上へと流れる形になっていた。
少しだけ小さく表示されたワコが左下をのぞき込むような感じで、全体的な画面はカメラに映し出された尊がメインであった。
いち視聴者として観てみると恥ずかしいなんてものではなかった。誰かと観ていたとすればすぐにその場から立ち去っただろう。
この時のコメントは「誰?」「スタッフの人が出てくるの初めてじゃない?」「めっちゃ緊張してるww」といったものであふれていた。
コメントばかり読んでいても気が滅入りそうだったので、尊はワコの方へ視線を移す。
「……」
ワコはVtuberなので本当のリアクションがどのようなものなのかは分からない。ただ、この時のワコは目と口を大きく見開き硬直していた。
その様子に気付いた視聴者も「ワコの顔ウケるww」「めっちゃ驚愕しとるww」と打ち込んでいた。
そこからワコは言葉を発さず、ただ尊のレポートが流れているだけとなる。
「いや……」
第一声がそれだった。「やばいでしょ……」と続けたが、あとはもうずっと無言のままとなる。
そして、そのままラストを迎えてエンディングだった。
「えー……」
配信は終了し、いつものワコの部屋を背景にした画面へと切り替わる。
「すみません。とりあえず、今日のはアーカイブには残さないです。切り抜きとかも止めてください」
それを聞いた視聴者コメントは怒涛の盛り上がりを見せた。
「なんで?!」
「そんなにヤバかったってこと?」
「撮れ高なさ過ぎたってことでしょ」
どのコメントもワコの目には入っていないようで、さっさとこの配信を終了させたい雰囲気が読み取れた。
「何かあっても責任は取れないので、じゃ」
早口でそう言って配信は終わり、切り抜き動画もそこで終わった。動画の最後には切り抜きを作った投稿者が「この動画を観て霊障が生じても一切の責任を負いません」とテロップを入れていた。
ラストにこのような文章を入れるのは悪趣味だが、それがどこかこの動画自体の不気味さを際立たせる。
動画を閉じ、ワコのSNSアカウントを確認してみる。昨日の配信前以降は更新されていない。
ワコがアーカイブを残したくなかったのは、あの配信で何かを見たからに違いなかった。
普段の心霊写真鑑定でも本当に危ないものは事前に排除している。その点を考えると、昨日の配信内に相当マズイものが写っていた可能性は高い。
「……」
寝ざめの良さはどこへ行ったのか。尊の額には汗が噴き出ていた。
ただ、どうすれば良いかも分からなかった。伊神は今日、霊能者(ワコ)に話を聞いてくると言っていたが……。
どうにかして自分もワコの所へ行って直接話を聞きたい。そんな誘惑が猛烈に湧き上がってくる。
今日も〇県〇市に行ってみようか、そう考えた時スマホの着信音が鳴った。
伊神かと思い確認するが、画面には思わぬ名前が表示されていた。
「起きてたか?」
声の主は尊の幼なじみでもある嶋田 拓也だった。小・中・高ともに同じ学校に通い、放課後よく遊んでいたメンバーの一人でもある。
「起きてたけど……どうしたんだよ、こんな時間に」
高校卒業後の春休み期間中であるが、朝の早い時間に電話をしてくるのは珍しかった。
「お前、昨日のあれ観てたぞ。心スポのやつ」
拓也は明るい声でそう言った。
それを聞いた尊は、一気に口の中が渇いた感覚を覚える。
「なんで観てんだよ!」
拓也が心霊系動画を好んで観ているかまでは分からないが、少なくともVtuberに興味があるとは聞いたことがなかった。
「しょうがねえだろ、『有名なVtuberの配信にお前が出てる』ってどっからでも情報入ってくんだから」
拓也は笑いながらそう言った。今朝の通知履歴を見ればそれも納得だった。
「……で、何の用で電話してきたんだよ」
「ああ、そうそう!今夜ヒマか?」
「今夜?」
尊は今日のスケジュールを思い出す。
特に用事は無い。強いて挙げるなら〇県〇市を再訪する、くらいだった。
「心スポ行こうぜ、心スポ」
陽気な人間特有の、責任感が一切ない誘い文句。それを耳にした尊は頭が痛くなるのを感じた。
「心スポって……お前、そんなキャラでもないだろ」
「いや、俺の先輩が昨日の配信観てたっぽくてな――」
どこからか尊が拓也の知り合いだと知った先輩が「心スポ行くから連れてこい!」という流れになったらしい。
「お前、ああいうとこ行くの嫌がってたイメージあったから意外でな。ま、卒業後の思い出作りって感じで」
嫌なら全然断っても良い。拓也はそう付け加えた。
「……わかった。行く」
「マジで?じゃあ、後でまた連絡するわ」
そこで通話は終わり、そのすぐ後に時刻と場所が送られてきた。
【20時:廃トンネル】
廃トンネルとだけの記載だが、この辺りで心霊スポットの廃トンネルといったら心当たりは一つしか無い。
昔から有名な屈指の心霊スポットだ。
先ほどの拓也への返事――なぜ了承してしまったのか、尊も判断しかねた。
拓也が言ったように、尊は心霊スポットに無闇に行くことを快くは思わない。それは周りにも話していたことだ。
しかし、昨日の配信がその気持ちを大きく変えた。
「ただの思い込みってことだ」
伊神の言葉が思い出される。
昨夜の帰り道でもそうだった。恐怖心は克服できる。
尊の中に今まで感じたことが無い自信が生まれていた。
「どうせ分からないんだったら……」
おそらく〇県〇市に行ってもワコとは会えないだろう。伊神がいつ連絡をしてくるかも分からない。
であれば、自ら行動していくしかない。〇県〇市に行ったのも自分の意思だ。そこから流れが変わってきた気がしていた。
ネガティブな気持ちは既に無かった。
今夜、心霊スポットを訪れ何も起こらなければ、長年の悩みは本当にただの思い込みでしかない。そう確信することが出来そうだった。
「そうだ……あれは全部妄想、今夜何も無ければ全部元通りになる……」
悪夢も、あの奇妙な、声のような音も。見ないし聞こえない。そうなるはずだ、と尊は自ら言い聞かせる。
こうなると夜まで時間が空くことが惜しいとすら思える。
拓也とは少し早めに合流するとして、尊はその間ワコの配信時の表情やコメントを他の切り抜き動画で確認することにした。
とはいえ、ワコはVtuberなので、どのように驚いた顔をしたとしても可愛らしいアニメ画の範疇を越えることはない。
今度は画面に映る自分の姿を見てみる。緊張していることがまるわかりで、改めてこんな配信を行ったことが信じられない。
そうしていると、かすかな声でワコが「上……もうちょっと上映して……」と呟いているのに気付いた。
これはカメラを持っている伊神に対して言っていたのだろうか。
(上?)
尊の周囲以外に明かりは無く、背後も空も暗闇に近い。何かの存在を感じたのなら、あの場にいた尊自身も分かったはずだ。
ワコは、いったい何を見ていたのか。
その後もあるだけの動画を確認したが、最後までそれは分からなかった。
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