一幕ー④
生配信が終わり車に戻ると、時刻はもうすぐ22時というところだった。
〇県〇市、探偵事務所、心霊スポットでの生配信――初めて経験することばかりで尊の疲労感はピークを迎えており、それを察したからか伊神も「送って行ってやる」と自宅の最寄り駅まで車を走らせてくれていた。
尊も初めこそ断っていたが、「ガキが遠慮するな」で押し通された。
「お前、まだ幽霊なんかがいると思うか?」
〇県〇市を出るタイミングで伊神がそう訊ねてきた。
「いない、とは言えないです」
尊は今日一日のことを振り返る。事務所では怪奇現象が起き、配信ではオバケンも反応していた。
「あんなもん、オモチャだってことは分かってるだろ」
「……」
「昔からよく言うじゃねえか。『幽霊の正体みたり枯れ尾花』とかよ」
「全て勘違いだった……ってことですか?」
今日、伊神と知り合ってからここまでで尊が感じたことは、この男は幽霊などの超常現象は全て「何かしら理由のある証明可能な科学的現象」だと捉えている。そういった相手との会話は無駄であることも心得ている。
「そうじゃねえ、心の持ちようってことだ。怖いからそう見える、怖くなければ見えない」
伊神は真面目な顔でそう言った。
「伊神さんもそうなんですか?」
「俺は違う。最初からそんなもん信じていないからな」
「……」
尊にとっては何の解決にもならなかったが、今回の心霊スポットでの生配信は大きな経験になった。
恐怖心はあった……が、何も起こらなかったのだ。伊神の言うように「気の持ちよう」というのは大切かもしれない――そう思える余裕も持てた。
「今日はありがとうございました」
最寄り駅近くに到着し、尊は車を降りた。時刻は23時に差し掛かる。
「ああ、お前の依頼だけどな。まだ継続中だから」
「はあ……?」
「まあ、何かあったらまた連絡するわ。じゃあな」
それだけ告げると、伊神はそのまま行ってしまった。
「まだ……」
その言葉が伊神にとってどのような意味を持つのか、尊には分からなかった。
駅から離れていくと、徐々に暗闇が広がり始める。いつもならどこか恐怖を覚えていただろう光景も、今は特に何も感じなかった。
ただ、伊神はああ言ったがこれ以上あの探偵に何が出来るのだろうか。結局、何も解決できないまま自称探偵のおかしな男の生配信に付き合わされただけだ。
「疲れた」
思考もまとまらず、気づけば自宅の前だった。そのままフラフラと自室へと上がり、ベッドに倒れ込むと気を失うように眠りについた。
またあの悪夢を見る――無意識的にその覚悟をしていたが、尊の目覚めは意外なほどスッキリとしていた。
疲労感も無く、昨日の出来事自体が嘘のように感じる。
時間を確認するためにスマホを見る。朝の7時になったばかりで、しっかり8時間の睡眠をとれたのも久しぶりだった。
「ん?」
時間を見る時に自然と目に入ったが、LINEや電話の通知がいくつもあった。確認するとどれも高校の友人ばかりだ。
これまで見たことがない通知数であったため、尊は慌ててメッセージを開いた。
・「見たぞ尊!」
・「なんで出てんのww」
・「配信おもしろかった!ww」
メッセージはどれも似たり寄ったりで、昨日の心霊スポットでの生配信についてのものばかりだった。
「いやいや……」
もしかすると誰かに見られているかもしれないとは思っていたが、ここまでの反応を示されることは想定していなかった。伊神がそれだけ大きなチャンネルを持っていたとも思えない。
途端に昨夜の配信動画を確認したい欲求に駆られる。ただ、配信していたチャンネルが分からず、YouTubeを開いたまま固まってしまう。
そもそも配信メディアがYouTubeとは限らない。一旦LINEへと戻りメッセージを一つ一つ確かめてみる。
都合よくチャンネル名を書いているようなものはなかったが、とある名前だけが目に滑り込んできた。
「ワコ」
何人かがその名前を書いていた。心霊系動画にワコといえば、Vtuberの洒落頭ワコしか思い浮かばない。
すぐにYouTubeでワコのチャンネルを確認したが、昨日は配信含めて何も動画をアップロードしていなかった。
「どういうことだ……?」
メッセージをそのまま受け取るとしたら、尊は昨夜ワコのチャンネルに出ていたことになる。
そこでようやく尊も気付く。
そもそも〇県〇市の存在を知り、伊神を訪ねたキッカケはワコだ。
つまり、伊神はワコのチャンネルに何かしらの形で関わっていることになる。
尊は急いで伊神に電話をかけた。
「……はぃ?」
もう切ろうかと思っていた時、不機嫌そうな声で応答があった。
「伊神さんですか?」
「ぁあ?誰だよ、お前……」
「三道です、三道 尊です!昨日会ったじゃないですか」
向こう側で「さんどう?」と呟く声が聞こえた。起きたばかりなのか大分反応が悪い。
「ああ、お前か。なんだよ、こんな朝っぱらから……」
「なんだじゃないですよ!昨日の配信、あれ、洒落頭ワコのチャンネルだったんですか?」
少しの間沈黙が続き、「あれ?言ってなかったか」とだけ答えた。
「聞いてませんよ……それに、昨日の配信もう観れないんですか?」
「なんか知らねえけど、アーカイブには残さないってよ」
遠くからあくびをする声が聞こえてくる。
「アーカイブに残さないって、それ、ヤバかったってことじゃ……?」
単純にリアクションや撮れ高が期待以下だったから、というのもあるかもしれない。しかし、尊には嫌な予感しかなかった。
「ヤバかったら俺らもどうにかなってるだろ。気になるなら動画探してみろよ。切り抜きか何かで出てるだろ」
長時間の生配信を最初から最後まで視聴するのは難しい。そういう人のために「面白かったところ」だけを切り抜いて動画にすることを「切り抜き動画」という。公式でやっているところもあれば、ファンがやっていることもある。
内心「その手があったか」と尊は感心してしまった。
「……そんなことより、どうして伊神さんがワコのチャンネルと関係してるんですか」
「質問ばっかだなお前」
怒った感じはないが、面倒くさそうな声だった。
しかし、自称探偵の中年がやっているようなこととは思えないからこその疑問だった。そもそも、心霊系……おそらくはオカルト全般を信じていない伊神とワコのチャンネルには一切の接点が見えない。
「あのなぁ、今どき私立探偵一本で飯食っていけるわけねえだろ」
「……伊神さんでもそう思うんですね」
当たり前の感覚に尊は苦笑した。
「俺はリアリストなんだよ。あいつを手伝ってるのはまあ、副業みたいなもんだ。それでも本業の何十倍の収入だが……」
「じゃあ、昨日電話してきた人が洒落頭ワコの中の人ってことですか」
確か「上運天」と、スマホに表示されていた名前を思い出す。スピーカーで取ったため尊も声を聞いたが、ワコの声とはとても思えなかった。
「まあな。どうしても本人と対面したくないって駄々こねたから、配信を通してお前を見る予定だったわけ」
無茶苦茶な展開で始まった生配信だったが、一応考えがあったことに尊は安心した。
ワコは写真以外の映像であっても霊視ができる。モニター越しであったとしても霊視すること自体に問題はなかったのだろう。
「今日また色々聞いてくる。何かあったら知らせるわ」
「はい」
「じゃあな」とだけ言って伊神は通話を切った。
伊神がおかしな中年ではないと分かっただけでも良かった、と尊はほっと胸をなでおろす。
すると、昨夜の配信が余計に気になってきた。なぜワコはアーカイブに残さなかったのか?配信中に霊視を行っていたのなら、何を見たのか?
不安を払うためにも動画を確認する必要があった。
伊神が言っていたように、ワコの切り抜き動画を尊は検索し始める。
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