一幕ー③
心霊スポット――略して「心スポ」。
YouTubeなどの動画配信サイトにおいて心霊スポットに赴く動画は年々増加しており、昔と比べると馴染みやすいものとなっていた。
そんな心霊スポットに、尊は何故か色々な道具を持たされ立っている。
時刻は夜の8時を過ぎた頃だった。
「伊神さん、これ、本当に配信されるんですか?」
尊は伊神の持つカメラを不安そうに見つめて言った。
「あーもうバッチリ配信されるぞ。大体 二〇〇〇人くらいには見られるだろうな」
配信機器のチェックをしつつ伊神が答える。
(二〇〇〇人って……)
有名な配信者でない限り、そのような数字を一般人が出すことは不可能に近いことを尊はよく分かっていた。特に「心霊スポットでの生配信」というニッチなジャンルであれば更に数字は下がる。
ため息が出そうになるが、場所が場所だけに気を抜くことが出来なかった。
あれから事務所に戻ると、伊神は心霊スポットへ行くための準備をし始めた。
「心霊スポットなんて行ってどうするんですか」
「生配信するんだよ」
伊神が何を言っているのか理解するのに時間がかかった。これから何故心霊スポットに行くのかさえ明かされていないのに、そのうえ生配信する意味は何なのか。
「俺だってよく分かってねえよ。でも、まあ、あいつも何か新しいことやりたかったんだろ」
「あいつ、って例の霊能者のことですか?」
「こんなこと言うの初めてだから相当なんだろうな、お前に憑いている霊とかいうの」
不安になることを口にするが、伊神本人は一切信じていないためか気楽そうだった。
そこから夕方近くまで事務所で待機した。その間に事務所のグラスが2つ割れ、デスクに置いてあった筆記用具やファイルがありえない方向へ飛んで行った。
伊神は相変わらずの反応しか見せなかったが、一日でこれだけの現象が起こるのは初めてだと言っていた。
尊からすれば心霊スポットに行くことも、そこで生配信する筋も無いのだが……。
(ちょっと面白そうって思っちゃったんだよな)
心霊動画や心霊スポットでの生配信を観ていただけに、恐怖心より好奇心が勝ってしまった。だが、いざ現場まで来てみればその雰囲気に気圧される。
場所は〇県〇市にある広域公園で、有名な心霊スポットでもあるらしい。きちんと整備はされており、いたるところに外灯もあるので歩くだけならライトも必要なさそうだった。
公園の中央は大きな池になっており、それを囲むように遊歩道がある。
「もうそろそろ開始するか」
伊神が腕時計を確認した。時刻はちょうど20時になる。
「……僕、本当に歩くだけで良いんですよね?」
緊張と不安を含んだ声で尊は訊ねた。
そもそも動画用に撮られたことも無ければ、自分で動画を作ったこともない。ぐだぐだになることは容易に想像できる。
「ああ。流れとしては適当な場所でそれ使ってリアクションするって感じだ」
伊神は慣れたようにそう言った。ここに来る前にある程度の説明は受けており、その際に尊は何個かの道具を渡されていた。少し歩いてはそれらの道具を使ってリアクションをする……そのような段取りであった。
「それで、いつ始まるんですか?」
「もう始まってる」
「もう!?」
確かに伊神は先ほどから尊にカメラを向けていた。
「えー……今日は〇県〇市の△△公園に来ていま、す……」
尊はぎこちなく説明を始めるが、いきなり始まったため頭の中は真っ白の状態だった。
「下手にリポートみたいなことしなくて良いって」
伊神は小声でそう伝えてきた。
そうは言われても、尊がこれまでに視聴してきた心霊スポット突撃動画でそんな動画はほとんど無かった。
(再生回数二桁、コメント0、最底辺……)
自分のチャンネルでもないのに尊の頭にはそのようなことばかりが浮かび、勝手にテンパっていた。
「それじゃあ、この辺りで『オバケン』使ってみたいと思います」
尊は小声でそう言うと、事前に渡されていた道具をカメラに見せる。
「オバケン」とは正式名称「オバケ発見機」を略した物で、主に心霊スポットや事故物件の危険度を教えてくれるアイテムだ。危険度はそれぞれ色で表され「赤=最も危険」「青色=安全」となる。
あくまでジョークグッズの一種だが、滅多に赤色になることがなく、それでいて有名な心霊スポットではちゃんと赤色になることからオカルトファン御用達のアイテムとなっていた。
そのため、バージョンアップを繰り返し様々なタイプが発売されている。尊が持っているのは最新型で、手のひらに乗るほどの白い人形のような物だ。人形の腹の部分が押せるようになっており、数秒間点滅したあとに結果を音声で教えてくれる。
「ココ、クッソヤバイデー」
「え……」
オバケンは赤く光り、そう発した。間抜けで気が抜けそうな忠告だが、赤色は危険度でいえば最大――尊の身に緊張が走る。
「赤は初めて見たな」
伊神は表情ひとつ変えずにオバケンを見つめていた。
「マズいですって!オバケンで赤色は本当に霊がいるってことなんですから!」
「……なにテンション上がってんだよ」
「ヤバいヤバいヤバい……逃げましょう!」
「こんなのただのオモチャだろうが」
走り去ろうとする尊の首根っこを掴み、伊神は配信に戻るよう促した。
逃げるといっても、広い公園の暗闇を走るのも怖かったので、尊はしぶしぶと前を歩きだす。
握っていたオバケンを見ると既に発光は止まり、待機状態になっていた。伊神が言うように、何かが起こったわけではないので次第に冷静さを取り戻していく。
すると、先ほどの伊神の言葉が気になった。「なにテンション上がってんだよ」と言われた時、それが間違いではないと感じたのだ。
これまで自分が動画のみで観ていたことを、こうやって体験している。恐怖よりも、いつの間にか楽しさに変わってしまっているのではないか。
例えるなら、テーマパークに来た時のあの感覚。
遠くを見ると、ランニングをしている人が見える。それだけでどこかホッとした。ここは心霊スポット以前にただの公園であることを実感する。
(ビビりすぎだよな……)
尊は、ここに来てから始めて前向きな気持ちになった気がした。一度そうなると以降の足取りは軽く、緊張感も消えていった。
「次はこの辺りでソルボ使ってみたいと思います」
ソルボとは、「ソウルボックス」という道具の略称であり、これも心霊系YouTuberには必須のアイテムだった。
ソルボは小型のラジオのような見た目をしており、FM/AMラジオ波を発する。電源を入れると周囲のラジオ周波数を自動でスキャンし、その間に聞こえる音声の断片が霊的な存在の発する言葉だと解釈されているのだ。
無論、ラジオの音声を拾っているだけと考えることもできるが。
尊はソルボのスイッチをONにする。ザッザッザッ……というノイズじみた音が連続で聞こえるなか、たまにピッやプッといった音も鳴る。
「こんばんわ」
ザッザッザッ。
「……誰かいらっしゃいますか?」
ザッザッザッ。
「この公園では幽霊を多く見かけたと聞いたのですが、もし、話せるのであれば何か声を聞かせてくれませんか?」
尊はこれまで観てきた心霊動画を参考に質問をするが、聞こえてくるのは雑音だけであった。
(まぁ、こんなものか……)
ソルボで会話が成立することは極めて稀だ。それが分かっていた分、尊もしつこく質問をしようとしなかった。
「ここでは何も――」
ソルボを打ち切ろうとしたその瞬間だった。
ぽ、ぽ、ぽ――。
という音が聞こえた。
「え?」
血の気が失せた表情で尊はソルボを確認した。
「今、聞こえましたよね?」
すぐに伊神に確認してみるが、「何も」といった感じで首を振るだけだった。
「……」
ただの幻聴か。ソルボを通して、自分に取り憑いている何かが答えたのか。それとも、自分にしか聞こえない、直の声だったのか。
「どうした?」
呆然とする尊に、伊神が小さく声を掛ける。
「い、いえ。何でもありません……」
その後もいくつか霊検証をしたが、特に変わったことは起こらず、30分ほどで配信は終了した。
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