第8話「僕の名前はニコロ・マルフィ。世界を救う勇者をやっていた。」

魔王:……あ、

勇者:どうしたの?

魔王:見て、

勇者:何を?

魔王:空、

勇者:空?


  レイラの視線の先、崩落した天井の向こうに夜空が広がっている。


魔王:けほっ、屋根、が、

勇者:あ、ごめん、玉座の間、壊しちゃったね。

魔王:んん、良い、んです、けほっ、形ある物は、いつかは崩れる、から、

勇者:はは、心が広いね。この夜空のように。

魔王:魔、けほっ、王だから。

勇者:……無視された?

魔王:……。

勇者:綺麗だな。

魔王:え……?けほっ、けほっ!と、突然、き、けほっ、綺麗だ。なんて……!

勇者:いや、レイラじゃなくて、空が!

魔王:そ、ら……?

勇者:あーー!いや、レイラも!

魔王:も……?

勇者:レイラが!

魔王:が。

勇者:き、き、綺麗だよ!

魔王:ふ、ふふ、綺麗です、ね、けほっ、空。

勇者:もう!からかってるのか?

魔王:は、い、……でも、うれし……ぃ、

勇者:そ、そっか。……うん、そうだね。

魔王:う……ぅ、

勇者:痛むのか、レイラ?

魔王:う、痛い、……けど、

勇者:うん、

魔王:体、じゃなくて、心が、

勇者:……!

魔王:私……生きた、い……!

勇者:レイラっ!

魔王:ねぇ、に、ニコロ、けほっけほっ……!

勇者:レイラ……。

魔王:わた、し、けほっ、生きた、い……。

勇者:っ……!うん、生きよう、レイラ、一緒に、

魔王:一、緒に……?

勇者:うん、一緒に。大好きだ。レイラ。

魔王:大す……!?私、達、今日会ったばかりなのに?

勇者:ははは、関係、ないよ。……いいや、違うな。関係があった。

魔王:……?

勇者:今日、この時まで、僕が生きて、君が

魔王:私が、生き、て、……いたのは?

勇者:勇者と、

魔王:けほっ、けほっ……魔、王、

勇者:だったからだけじゃなくって、

魔王:な、くて?

勇者:宿命とか、運命とか、そういうものをひっくるめて、なんか、そう、なんていうか、遠くに生まれた星を結んだあの星座のように、きっと、僕と、君に繋がりが、あったからなんだよ。

魔王:よ、く、……けほっ、わからない。

勇者:ごめん、僕にもよく分かってないんだ、はは、

魔王:ふふ、……いい、よ。

勇者:でも、レイラ。これだけは自信を持って言える。

魔王:な、に?

勇者:僕は君が、好きだ。愛してる。

魔王:愛し、こん、な、私を……?

勇者:そんな君だからこそ。

魔王:そ、っか、

勇者:結婚しよう。

魔王:っけ……!?けほっけほっ!

勇者:大丈夫!?

魔王:だい、じょうぶ、じゃ、無い、

勇者:え?!

魔王:死に、そう……!

勇者:……!?

魔王:は……、

勇者:は?

魔王:恥ず、かしくて……。

勇者:……っ、は、はは、はははははは……!

魔王:む、……ふ、ふふ、……けほ、ふふふ……!


  二人、笑い合う。


勇者:レイラ、

魔王:ニコロ、

勇者:あと一年でも一日でも構わない。僕は君の隣に一秒でも長く居たい。レイラ、僕と一緒に、生きよう。

魔王:けほっ、けほっ……、うん……!

勇者:レイラ!

魔王:ニコロ……!


  二人、口づけを交わす。


勇者:……たとえ、この世界を滅ぼす魔王でも、僕は君を愛してる、レイラ。

魔王:わたしも、ニコロ。


 ◆◆


  どこかの港に浮かぶ船。


勇者:俺――いや、僕の名前はニコロ・マルフィ。世界を救う勇者をやっていた。

勇者:かつて絶大な魔力とカリスマ的な支配力で魔族を率い世界を征服せんとした魔王、ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥス。

勇者:今から十八年前、突如、彼の王は全世界に軍勢を差し向けた。それにより世界は混沌の時代を迎えた。

勇者:そんな魔王を討伐するために俺は戦い、ついに彼の魔王の居城ファウストゥスの玉座、その扉の前まで辿りついた。その先に運命の――じゃなかった。

勇者:彼の魔王の娘レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥスがいた。

勇者:僕は勇者として魔王を倒す。そして必ずや、人々の不安で眠れぬ夜と長く続く旅を終わらせる。そのつもりだった。

勇者:けれど、僕が出会ったのは恐ろしい魔王などでは無く、素敵で綺麗で可憐で、そして余命幾ばくもない女の子。誰が予想しただろう。やがて死にゆくその子に恋をし、僕の旅は――。

魔王:ニコロ!ニーコーロっ!

勇者:うわっ!?

魔王:何書いてるの?

勇者:あ、いや、ちょっと、その、秘密だ。

魔王:えー?私に隠し事なんて出来ると思ってるんですか?今、自白の魔法を……。

勇者:怖い怖い!?いや、ちょっと手記をね。

魔王:手記?なんで、それを隠すの?

勇者:いやぁ、その恥ずかしいから。

魔王:恥ずかしい?なんて書いてたの?

勇者:いや、その、レイラ。

魔王:な、何?ニコロ?

勇者:君が……大しゅき!ってね。


  間。


勇者:……レイラ?

魔王:……も。

勇者:え?

魔王:私も!

勇者:……!

魔王:……!

勇者:……よ、よーし、行くか。

魔王:そ、そうだね!次はどこ行く?

勇者:そうだなー、海にも来たし、次は、

勇者:(M)――僕達の旅は今も続いている。


 ◆◇◇◆

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不憫な魔王と不運な勇者。 音佐りんご。 @ringo_otosa

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