第6話「――ただの可愛くてかわいそうで不幸で不憫な女の子だ!」

魔王:もともと、この身体は、けほっけほっ!んっ、持って、あと一年。

勇者:たった一年、

魔王:こうして動けるのは、半年が限界。

勇者:そんな……!なにか方法があるはずだ!

魔王:無いですよ、そんなもの。

勇者:どうして、そう言い切れる!?世界は君が思っている以上に広いんだ!きっと何かいい手がある!

魔王:「すまない、レイラ」

勇者:なに?

魔王:お父様が最期に言った言葉。

勇者:どうして……?

魔王:きっと私なんていない方が良かった。そしたら、

勇者:またそんな!

魔王:そしたら、もっと世界は平和だった。

勇者:……そんな!?

魔王:けほっ。けほっ。

勇者:ねぇ、レイラ。君は、


  間。


勇者:十六歳、だよな?

魔王:……。

勇者:十六歳なんだよな……?

魔王:……ええ。

勇者:「咎める資格などあるはずも無い」

魔王:……けほっ。

勇者:「お父様や配下のみんなによくしてもらっていたので不自由なく、こうして今日まで生きられています」

魔王:…………けほっ。

勇者:「私はお父様の面汚し」

魔王:けほっ、けほっ。

勇者:物語、伝承、神話、歴史書、地学書、伝記、哲学書、魔法理論、超古代呪法の技術書、錬金術師の手記、魔道の神髄に到る秘奥の禁術書、あらゆる宗教の中で禁忌とされた書物。

魔王:……。

勇者:それら「お父様が世界中から集めてきた書庫の本」!

魔王:ねぇニコロ、

勇者:魔王が、先代ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥスが、突如として侵攻を始めたのは、今から十六年前。

魔王:考えるのは、

勇者:そして今、僕の目の前にいる、十六歳の、魔王の娘レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥス。

魔王:苦手だって言ってたのに。

勇者:なぁ、レイラ。

魔王:何?

勇者:宿命って、そういうことなのか?

魔王:そう。

勇者:君は、死ぬつもりだったのか?最初から僕に、勇者に殺されて!

魔王:それは少し、違う。

勇者:違う?やっぱり生きたかったのか?

魔王:ううん、それが一番間違ってる。

勇者:え?

魔王:私は、元あるところに帰るだけ。お父様の遺志で生きてみようと思ったけれど、或いは償いのつもりもあったのかも知れない。でも、けほっけほ、けほっ、うっ……!

勇者:レイラ!

魔王:その全部。中途半端。いいえ、はっきり言って、私は駄目だった。名乗ることも満足に出来ない、辛うじて動くだけの屍。

勇者:そんなことは!

魔王:生きてなんていない。お父様の為に生きたつもりだった、お父様に付き従って、私を大事にしてくれた、皆のために生きたつもりだった。なのに、もう、私一人なんだ。けほっ!

勇者:おいレイラ!?

魔王:私なんかのために、私みたいな出来損ないの為に、けほっけほっ、けほ……!

勇者:しっかりしろ!

魔王:しっかり、しないと。はぁっ、皆は、死んだ。お父様にあんな顔をさせた……!けほっ!

勇者:分かってる、……でも!それは君に生きて欲しいと、皆が、お父さん達が願ったからで――!

魔王:――いいえ、勇者ニコロ・マルフィ。……あなたは何も分かってない!

勇者:何が!

魔王:お父様は、魔王は、私の為、たかが私一人のために、世界を混沌に陥れた。

勇者:仕方ないじゃないか、だって……、

魔王:仕方ない?それはけほっ、決して許されることではない、どんな美談にしたところで、それは、許されざる悪で、ここに来る前のあなたは、それを分かっていた、今は何も。分かって……いない!

勇者:でも!

魔王:私は、私を、魔王失格と言ったけれど、違った。そう、気付いていた。

勇者:もういいよ、十分だ……!

魔王:私は誰よりも魔王だ。生まれ落ちたことで、世界は混沌に包まれた……!

魔王:けほっ、お父様は歴代最高の魔力と知性と高潔な意志と優しさを兼ね備えた至上の王だった、お父様は、魔王なんかじゃ無かった、私が、けほっ、けほっ、けほっ!

勇者:レイラ!

魔王:あ……ぁ、そ、そう、私が、けほっ、私がお父様を――


  間。


魔王:魔王にしたんだ……!

勇者:レイラ……。

魔王:殺せ、勇者。

勇者:断る。

魔王:目の前の、醜悪なる魔王を。

勇者:嫌だ。

魔王:断ち切れ。

勇者:出来ない。

魔王:その命を。

勇者:御免だ。

魔王:宿命を。

勇者:知るかよ。

魔王:その手で。

勇者:ふざけんな。

魔王:それがお前の使命じゃ無いか勇者!

勇者:目の前の女の子一人救えないで何が勇者だ!

魔王:世界の一つも救えないで何が勇者だ!

勇者:それでも僕は勇者なんだ!

魔王:けほっ、魔王を殺せ勇者!

勇者:魔王なんてもうどこにもいない!

魔王:私は、ここに、けほっけほっ、我は、レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥス、けほっ、世界を混沌に陥れた魔王はここにいる、諸悪の根源はここに!

勇者:いない!いるのはただの――!

魔王:討て!けほっ、勇者ニコロ・マルフィ!

勇者:――ただの可愛くてかわいそうで不幸で不憫な女の子だ!

魔王:ニコロ……。

勇者:レイラ……!

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