第5話「そんなの分かってる!」

勇者:……悔いは、無いのか?

魔王:悔いですか?

勇者:僕と戦ったら、君は間違いなく死ぬ。それで良いのか?たとえ、残り少ない命としても……!

魔王:ふふ、自信満々ですね。私、これでも結構強いんですよ?魔けほっけほっ、ぅ、ですからね?

勇者:いや。……でも、だとしても、勝つよ、俺は、勇者だから。

魔王:まぁ。

勇者:もっと、生きたいって、思わない?もっと、やりたいこととか、それこそ、外に出たいとか――!

魔王:思いません。

勇者:……!

魔王:……と言えば、嘘になりますね。

勇者:なら――!

魔王:でも。こうして最期に勇者さま、勇者と対峙できて良かった。

勇者:は……?

魔王:私の望みは、私の願いは、何だと思いますか?

勇者:そんなの、……知らねぇよ。

魔王:やりたいことを聞いたんです、考えてみて下さい。

勇者:……考えるのは苦手だ。

魔王:ふふ、そうでしたね。私は、ずっと考えていました。

勇者:ずっと、一人で……?

魔王:……お父様と、その配下、世話役だけがいるこのお城の中という閉じた世界で本を読みながら、色んなお話や歴史書の中に出てくる景色や世界に思いを馳せて、人々の考えに触れて十六年。私はずっと考えていました。

勇者:何を?

魔王:私の生きる意味。私の目標。

勇者:生きる意味。

魔王:先程は随分取り乱してしまいましたが、私はそう、お父様のように立派な魔王として生きたかったのです。

勇者:レイラ、今……!

魔王:ふふ、やっと、ちゃんと言えましたね、魔王。

勇者:……なんか、魔王の口から「魔王」って聞けただけなのにちょっと感動してるのはどうしてなんだ……!?

魔王:私には、分かります。それは、勇者さま、あなたが優しい人だからです。

勇者:や、やさし……!?

魔王:ふふ、それに、名前で呼んでくれましたね。

勇者:あ、いや、その……。

魔王:ニコロ。勇者さまがあなたで良かった。

勇者:魔王が君じゃなければ良かった。レイラ。

魔王:ふふ……。そしてついに魔王としての責務、無事、果たせそうで良かった。

勇者:何……?

魔王:安心して下さいお父様。私、レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥスは立派に魔王やってます――。

勇者:なっ!


  魔王の瞳に魔力が宿る。


魔王:――これより演ずるは澄み渡る夜空駆ける無数の星々が紡ぐ熱く烈しくされど静謐なる祈りのような宴。

勇者:何を……!?

魔王:寄る辺なき魂に一枚の銀貨、救いなき魂に一欠片のパンを与え、苦悩を噛みしめ生と死の狭間、原初の記憶、その海原を流転する旅人よ。

魔王:真実を忘却し、与えられた虚偽虚飾に満ちた営みの絵空事に幸福を見出し埋没。摩耗し、腐食し、凋落し、風化し、鈍化し、頽廃する望みの中でただ安らかなる終局を。

魔王:サイレンス・オブ・ロスト・イノセンス。

勇者:その力は……!

魔王:強制的に、魔王の力の全てを解放し、この身に顕現する秘奥の魔法です。

勇者:魔王の力の全てって、

魔王:けほっ……。

勇者:そんな身体で耐えられるのか?!

魔王:さぁ、剣を抜きなさい勇者ニコロ・マルフィ。

勇者:出来ない!

魔王:逃げるのですか、魔王を前に!勇者が!

勇者:確かに、お前は魔王で、僕は勇者だ。けど、なんで僕達が、戦わなくちゃならないんだ、使命だから!?宿命だから!?そんなの……!

魔王:そうです、使命であり、宿命だから。――フレア・バースト。

勇者:速いっ……!

魔王:くっ、けほっ……!

勇者:レイラ!

魔王:アイシクル・プリズン――!

勇者:っは……!?

魔王:かふっ……!こんな時に死に損ないの魔王の心配ですか?あなたは人々の希望を背負う勇者なのでしょう!そして私は、貴様に同胞を、我が手勢を屠られた魔王だ。仇は討たねば、父の野望を成し遂げねば……!

勇者:レイラ……!

魔王:ストーム・オブ・ダイヤモンドダスト!

勇者:くあぁっ!

魔王:さぁ、剣を手に戦いなさい勇者!

勇者:無理だ、僕には、それが正しいことだと思えない。

魔王:魔王であるこの私を殺すのは勇者として正しいこと!

勇者:そんな答えは、そんな結末は間違ってる!

魔王:死にかけの小娘一人殺せないで何が勇者ですか!

勇者:そんなのは勇者じゃない!

魔王:さぁ、戦え勇者!けほっけほっ、私の命が尽きぬうちに!スティール・ジャッジメント!

勇者:お前とは、君とは戦いたくない!もうやめよう、レイラ!

魔王:そう……、ならば、

勇者:……!

魔王:先にあなたの命が尽きることになり……けほっけほっ、けほっ、けほっ!……っ!

勇者:無茶だ!魔力の流れで分かる、どう見ても身体が耐え切れてない!

魔王:はぁ、はぁ……!

勇者:そんなんじゃ、仮に僕を倒したとしても直ぐに死ん――。

魔王:そんなの分かってる!

勇者:何!?

魔王:魔法で延命してやっとの継ぎ接ぎの命。けほっけほっ、これが、最後のチャンスなのですよ。

勇者:レイラ、君は……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る