第2話「かわいいから呼んでたのかよ!」

魔王:あ、あの、すみません、折角なのでもう一回名乗っても良いですか?

勇者:なんで?

魔王:今のところちゃんと名乗れてないので、

勇者:気にしてんのかよ。いや、別にいらないよ。

魔王:で、でも!けほっ。

勇者:ついさっき名前聞いたし。えーっと、レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥス……だっけ?

魔王:すごい!一度聞いただけで私の名前を覚えられた方は初めてです!賢いのですね!

勇者:かしこ……!?こ、これでも勇者だからな!無駄にクソ長い魔法の詠唱とか小難しい武術指南書の内容も暗記してるし、その、記憶力には結構、自信あるんだ。

魔王:そうなのですね!

勇者:あの人――師匠にぶん殴られながら死ぬ気で鍛えたってのもあるけど。

魔王:まぁ……!お師匠さんに。厳しいお方だったのですか?

勇者:うん、だった、かな。けど、げんこつ以外にも色々もらったよ。

魔王:……そう、ですか。

勇者:おかげでこうして勇者としてやってられる。一緒に焼き付いたあの地獄の日々だけは忘れたいけど。はは。

魔王:大切なのですね、けほっけほっ。

勇者:まぁ、ね。

魔王:私も、

勇者:うん?

魔王:覚えるのは得意なのです。昔から身体が弱くて、よく本を読んでいたのですけれど、読んだものを自然に覚えちゃうのです。

勇者:へー!すごいな!

魔王:そ、それ程でも……!

勇者:ちなみにどんなの読むんだ?物語とか?

魔王:そうですね!私は、けほっ、キスでお姫様の呪いが解けるような王道の物語とか、ドラゴン退治の英雄の伝承とか、神様が人々の困難を救ったり、逆に困らせたりするような神話も好きですけれど、

勇者:伝承、神話……なんか渋いな。

魔王:ふふふ、そうかもしれませんね、古い本が多かったですから。他にも歴史書や地学書、伝記、哲学書、魔法理論、超古代呪法の技術書……色々読みます!

勇者:色々?

魔王:錬金術師の門外不出の手記とか、禁術を記した魔道の神髄に到る秘奥の書、あらゆる宗教の中で禁忌とされた書物なんてものもありましたね。どれも興味深い内容でした。けほっ。

勇者:なんか、ヤバそうなんだけど、それ。

魔王:お城の外にも出られませんから、お父様が世界中から集めてきた書庫の本もほとんど読み尽くしてしまって。

勇者:大変なんだな……。

魔王:いえ、お父様や配下のみんなによくしてもらっていたので不自由なく、こうして今日まで生きられています。

勇者:そうなのか?随分窮屈そうな気はするけど。

魔王:そんなことはありません。けほっ、もとより身体を動かすのは苦手ですから、どうせ外になんて出られませんし。っけほ。

勇者:……見てみたいものとか、無いの?

魔王:見てみたいもの、ですか?

勇者:ああ。本で色んなものを知ってるのかも知れないけど、実際に見たときの感動は、やっぱ、すごいぞ。

魔王:感動?

勇者:長い旅をしてきた僕――俺が言うんだ。間違いない。


  間。


魔王:海。

勇者:海?

魔王:海が……けほっ、見てみたいです。

勇者:あー、海かぁ。

魔王:海、好きではありませんか?

勇者:そうじゃなくてさ、故郷が漁村だからありがたみがね。

魔王:そう、なんです?

勇者:あの頃は苦労も多かったから。あ、でも海を渡って他の大陸に行ったのは、この旅でも印象深いかな。

魔王:他の大陸……!

勇者:長い船旅でずいぶん疲れたけどね。ちなみに釣りとか得意なんだ。

魔王:釣り?

勇者:うん。君はなんか得意なことある?

魔王:得意……けほっ。考える……こと?

勇者:へー、僕は考えるの苦手かな。

魔王:そうなんですか?でも、勇者さまとっても賢いと思います。

勇者:ぼ、僕――いや、ほら、俺は記憶力だけだから。これもなんていうか頭というか、身体で覚える、みたいな。だから考えるのは、ちょっとね!

魔王:ふふふ。謙虚なんですね?

勇者:あはは。小心者なだけさ。

魔王:ふふ、けほっ、けほっ……!

勇者:大丈夫か!?

魔王:ええ、おかげさまで。

勇者:良かった……!……いや良くねぇ!

魔王:……?どうされたんですか?

勇者:何和んでんだよ!僕――いや俺は!相手は魔王だろうが!

魔王:はい?

勇者:いや、これは、魔王なのか?普通の女の子じゃ……いやいや!

魔王:勇者さま?

勇者:「勇者さま?」じゃなくて!

魔王:勇者さまじゃ無いんですか?

勇者:いや、俺は間違いなく勇者だけど、なんで、さまを付けるんだよ!敵同士だろ?!

魔王:だって……、

勇者:だって?

魔王:その方がかわいいから。

勇者:かわいいから呼んでたのかよ!お前本当に魔王かよ!

魔王:あ。まだ疑ってるんですか……?!私が魔けほっ、けほっ……!王、でないと、けほっ……。

勇者:そりゃ、こんな警戒心皆無で咳き込んでる魔王見たこと無いもん。

魔王:っは……!確かに。

勇者:確かにじゃねぇよ。でも、それ言ったらそんな魔王と戯れてる、勇者のアイデンティティは……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る