第9話 シホとキルト(後編)

 心臓は早鐘のように鼓動し、キルトの指先は小刻みに震えていた。

 口の中はカラカラに乾いていく。


(僕だけなら、逃げられる。僕だけなら……逃げられる!!)


(二人まとめて死ぬか、一人が生き残るか、ならば……)


(僕は魔法大臣に、なるんだ。)


(今まで散々いじめられて、それでも耐えてきたんだ)


(だから、どうか、ここだけは、)


 



 ……世界は理不尽で残酷なんだから。

 ……僕のせいじゃない。


「お兄、ちゃん…?」


 アンナが恐々とキルトを見上げた。


(やめてくれ、そんなで見るなよ!)



 オオサマガエルはまた、舌を引っ込めた。


 キルトはアンナを荒い手つきで抱き上げる。

「いや」と悲鳴をあげるアンナ。


「ごめん」とつぶやいて、キルトはアンナを渾身の力で放り投げた。


 オオサマガエルに向かって、……ではなく、真横に。



 悲鳴をあげ宙を舞うアンナ。


 突然のことにオオサマガエルの目玉がギョロリと泳いだ。


 その瞬間、キルトは猛然と走り出し、オオサマガエルに飛びかかった。


 ふと、どこかの馬鹿野郎が言ったことを思い出した。


『愚か者よ、よく覚えておけ。与えられた選択肢以外を選ぶことには大きな代償を伴う。』


 キルトは叫んだ。

 あの日、叫ぶことができなかった分まで。


「上等だ、ばーーーーーーーーーーーか!」


 キルトは杖を怪物の頭に突き立てた。

 そして、絶叫する。


「ソーノ・デッ・トーノォォォォォォォォォォォ!」


 杖の先に火花が散り、青い閃光が走った。



    *    *     *


 キルトが雷の魔法を放った直後のことである。


 中央市場からようやく駆けつけけたシホたち魔獣使いと州兵たちは異様な光景を目撃した。


 半壊した教会の真ん中で、腹を上にして伸びているオオサマガエル。


 「おにーちゃんが死んじゃった〜」とわんわんと泣きじゃくるアンナ。


 オオサマガエルの真横で倒れているキルト。



 アンナは州兵によって保護された。

 キルトはすぐさまブーランの回復魔法による応急処置をうけ、病院に運ばれた。


 シホはオオサマガエルの生存調査にあたった。


 オオサマガエルは死んでいた。

 「こんなことあるんだ……」


 死体の状態を見るに、電撃がオオサマガエルの脳髄を直撃したようだった。


 オオサマガエルはその体表を覆うヌルヌルの粘液が魔法攻撃を弾く性質を持っている。そのため、一般的な雷魔法で達する電流の強さでは全くダメージを与えることはできない。



 

 シホがオオサマガエルの観察を続けていると、ベルが戻ってきた。

 「どうも、キルト君が気絶していたのは、自分の雷魔法に、自分で感電してしまったからみたいですね」

 「そんなこと、普通起こり得ないですよね……」

 

 ええ、とベルはうなづいた。


「シホ、あなたはとんでもない人物を弟子にしたのかもしれません」


「私はまだ教官を引き受けたわけじゃ……」


 シホは、再びオオサマガエルの亡骸を見た。

 

「あの人ならきっと喜ぶんだろうな、こんな癖の強い人が弟子になったら」


 シホはボソリとつぶやいた。


 シホ・サイトが決意を固めたのはまさにこの瞬間だった。


 この直後、シホは病院に向かい、意識が回復したキルトにこう宣言した。




 「改めまして、私はシホ・サイト。我が師匠、ダン・ケルクよりあなたの教官を引き継ぎました。どうぞ、よろしく」


 彼女の胸元の修習教官徽章が、窓から差し込んだ光を受けてきらりと輝いた。





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 第一話 『師匠と弟子』fin,

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