第7話 残された魔獣使いたち(後編)

【アムンゼン州 マリノ市郊外 魔獣使い事務所 玄関】


 キルトは長い長い旅を終えて、ようやく目的地に辿り着いた。


 ロドスの中心部から、鉄道と馬車を乗り継いで約1週間かかった。


 アムンゼン州の州境近くの街道では、なぜか、サンガクモンキーの群れがひどく興奮していて怖い思いもした。


 そんな困難を経て、ようやくアムンゼン州の「魔獣使い事務所」にたどり着いた。


 扉をノックする。


「失礼します」


 と、言って扉を開けるとキルトはギョッとした。

 事務所の中にいた全員が一斉にキルトの方を無言で振り返ったのだ。


 奇妙なことに、全員が喪服を着ている。


「あ、あの、魔法修習生のキルト・シュタインと申します。今日から、ダン・ケルク先生のもとでお世話になります」


 少し、緊張しながら名乗ると、事務所の中の3人は一瞬困ったように顔を見合わせた。


「いらっしゃい、キルトくん。まあ、立ち話もなんだから、入って、入って」


 最初に声をかけてくれたのは女性だった。

 喪服を着ているが、胸がかなり大きいのがわかる。


 キルトは応接用のソファに座らされる。


「ようこそ、アムンゼン州へ。遠かったでしょ?」

「ええ、まあ」


「あ、皆んなを紹介するね。私はブーラン・ローズ。ブーランさんって呼んでくれると嬉しいな。

 で、こっちが所長代理のベル・ホーセン。見かけはナヨナヨしているけど、実はすごくできる奴だから。

 そして、この子がシホ・サイト。あなたの指導担当教官」


 シホ・サイトと呼ばれた女性が、ブーランの袖口を引っ張った。

「ちょっと、ブーランさん、私は教官をやるつもりは……」


 キルトはシホの様子をまじまじと見た。


 年齢は20代前半ぐらいか?

 18歳であるキルトとそんなに変わらないように思える。


 体格は小柄で、キルトより頭一つ分背が低いだろう。そして、華奢である。

 魔獣に舐められないのか、初対面ながら心配になってしまう。


 そして、驚いたことに、青眼種であるベルとブーランに囲まれて、シホの瞳は黒かった。


 キルトと同じ黒眼種である。


 田舎は、中央都市に比べて、人種差別の意識は薄いとは聞いていたが、こうした光景を目の前にすると新鮮に感じる。


 しかし、とキルトは思う。


「あの、担当教官は『ダン・ケルク』さんと聞いていたのですが……」


「そのことなんだけど」とシホが説明しようとした、その時だった。



「ケ〜〜イ〜〜〜〜ホ〜〜〜〜〜〜!!!!」



 鼓膜をつんざくほどの耳障りな鳴き声が事務所に響く。


 事務所の窓に、大きな赤い鳥が止まっている。


「オオサマガエル シュツゲン ジェノベシ チューオーイチバ サンジニジュウヨンプン 、オオサマガエル シュツゲン……」


 所員たちは、キビキビと装備を準備して、すぐに事務所を飛び出した。


 突然のことにキルトは呆然としていると、


「君も来て」


 と、ベルに手を引っ張られ、駆り出されてしまった。



【アムンゼン州 ジェノベ市 中央市場】


「なんですか、あれ……」


 キルトは嘆息する。


 中央市場の真ん中、多くの商店や屋台で賑わっていたであろう噴水広場に大きな山ができていた。


 オオサマガエルである。


 その巨体は15メートルを超える。


 どぎつい蛍光ピンクの体表はぬらぬらとした粘液に覆われ、日光を受けて輝いている。


 オオサマガエルは長い舌を伸ばし、半壊した肉屋の商品を丸呑みしていた。

 

 「ゲーコ、ゲーコ」と不気味な声をあげている。



 噴水のそばには地面に大きな穴が空いている。


 目撃者の話によると、突然地面に大穴があき、中からオオサマガエルが現れたという。


 キルトとブーランは噴水広場から避難する人々の誘導にあたっていた。

 人々は皆、突然の魔獣の出現に混乱している。

 ブーランが声を張り上げる。

 「はい、押さないでください。慌てず、まずは市役所前の広場に向かってください」

 

 そこへ、シホがやってくる。


 「ブーランさん、ベルさんからの伝言です。オオサマガエルは交渉に応じませんでした。住民の被害者はなし。また、近くに魔獣の生息エリアはなく、応援を呼ぶことも難しいそうです」


 ブーランは苦い顔をした。

 

 「と、なると私たちでやるしかないのか」

 


 「はい、軍の展開が確認でき次第、私が『受け』をやります。ブーランさんは援護をお願いします」


「わかった」


 そう言って、シホはオオサマガエルの元へ走っていった。


「あの、すみません、『受け』ってなんですか?」


 キルトはブーランに尋ねる。


「魔獣との平和条約でね、人間は魔獣に武器を使用して先制攻撃をすることは禁じられているの。だから、街に魔獣が出現してきたとき私たち魔獣使いが行う対処方法は二つ。

 一つは、近くの魔獣に援護を求めること。

 そして、もう一つが『受け』。丸腰で魔獣からの攻撃を受けるのよ。一度でも人間が攻撃を受ければ、人間からの攻撃は『反撃』ということで条約上合法になる」


「そんな!あの魔獣の攻撃を丸腰で?」


「それが、私たちの仕事」


 ブーランは「私はシホの援護に行くけど、キルト君は避難者と一緒に市役所前広場まで後退して」と指示を残し行ってしまった。


 キルトは指示通り後退しようとした。


 しかし、一瞬だけ、かすかに声が聞こえたような気がした。


「た、すけて」


             *  *  *

 シホは、オオサマガエルとの距離30メートルまで近づいた。


 カエル型の魔獣の跳躍圏内に入っている。


(あの子がその気になれば、私は一瞬でぺちゃんこだ。)


 シホは持参した弓矢をそっと脇へ置く。

『受け』をするには武器は手放さなくてはならない。


 だが、最初の一撃で即死するのを回避したあと、反撃出来る手段は欲しい。


 そんな思いから、オオサマガエルから少し離れた地点に武器を置く。

 現実的に考えれば、魔獣の第一撃を受けてすぐに反撃なんて、ほぼあり得ないのだけれど。 


 シホは周りを見回した。


 広場をぐるりと取り囲むように、アムンゼン州立軍の部隊が展開している。


 シホに対するオオサマガエルの攻撃を確認でき次第、彼らは攻撃を開始するだろう。


 シホの後ろにはベルとブーランが控えている。


 シホが万が一失敗しても優秀な先輩方がきっと続いてくれる。


(よし……)


 シホはオオサマガエルに向かって走り出す。


 「ほら、そんな死肉より私の方が美味しいぞ!」


 シホの存在に気がついたオオサマガエルは顔をのっそりと上げた。

 ギョロリとした目玉がシホをとらえる。


(こっちに気がついた!)


 オオサマガエルは肉を漁っていた舌を引っ込めた。獲物を捕まえるために舌を伸ばす予備動作である。


「ほら、カエルさん、こっちだよ!」


 オオサマガエルは大袈裟に手を振るシホに照準を合わせる。

 周囲の州兵、ベルとブーランは固唾を飲んで見守る。


 シホはオオサマガエルにさらに接近する。


(よし、作戦通り)


 シホがそう思った時だった。


 オオサマガエルの動きがピタリと止まった。


 そして、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る