第6話 残された魔獣使いたち(前編)


 物語は再び、共和国の辺境、アムンゼン州に舞台を戻す。


【アムンゼン州 マリノ市郊外 魔獣使い事務所】


 ダン・ケルクの死亡から10日が経った。

 遺体は荼毘に付された。


 だが、英雄の葬儀は、未だに行われていない。


 ダンが所長を務めた魔獣使い事務所では、残された所員たちが喪服に身を包んでいた。


 事務所の雰囲気はお通夜そのものだった。


 机で州政府に提出する書類を作成するメガネをかけた青年がいる。

 彼の名はベル・ホーセンという。


 銀色の短髪を短く揃え、神経質そうな青い瞳をソワソワさせている。


 書類をテキパキと整理しながら、時折感情を抑えきれないように「どうして、こんなことに」と漏らしている。


 ベルの反対側の机にいるのはシホである。


 シホは沈んでいた。


 あの時、自分があの女性を取り押さえていれば、ダンは死ななくて済んだのだ。


 女性はダンに発砲後、何か呪文を呟いて、霧のように消えてしまった。


 彼女は旅の商人なんかではなく、魔法使いだったのだ。


 それに気が付かなかった自分はなんて愚かだったのだろう。


 女性が消失した現場で、シホは懸命に応急手当てを施した。


「師匠! だめです! 意識をしっかり持って!師匠!」


 シホは泣き叫びながら手当てをした。


 しかし、ダンの体はどんどんと冷たくなっていく。


 ダンの遺体はとっくに火葬され、この世からなくなってしまった今でもその感触はシホの両手に残っている。


 その時、勢いよく事務所の扉が開いた。


「おーい、ブーランさんが帰ってきたぞ。って、何、この事務所は? お通夜状態じゃない!」


 帰ってきた彼女の名はブーラン・ローズという。


 ポニーテールにまとめた長い銀髪をゆらゆら揺らしながら事務所に入る。


 「動きにくいから」という理由で、普段は薄着なブーランも、ずっと喪服を着ている。彼女の豊満な胸元は窮屈そうに押し込められている。


「あんたたち、気持ちはわかるけど切り替えなさいよ。それともやっぱりお葬式やる?」


「それは出来ませんよ」とベルが生真面目に返す。

「今、ダンさんの葬式をやろうものなら、これ幸いにと武装蜂起をする魔獣が現れるかもしれない、だから、しばらく様子を見よう、って話し合ったじゃないですか」


「そんなこと知ってて言ってるのよ。でも、あなたたち上の空じゃない。そんなんじゃ魔獣に食べられるわよ。こんな時だからこそ、所長代理のあなたがしっかりしなくてどうすんの、ベル」


 ベルはブーランの正論にぐうの音もでない。

「すみません、その通りですね」とベルも認める。

 ベルはぱんぱんと自分の頬を叩くと「よし、切り替えました」と呟いた。


「ブーラン、シホ、もう一度業務を割り振りましょう。

 州政府、中央政府、そして、魔獣側と業務は山のようあります」


 そこへ「あの、ベルさん、ブーランさん」とシホがおずおずと手を挙げた。


「バタバタしていて伝えそびれていたのですが、もう一つ業務が加わるかもしれません」


           *   *   *


「「修習生が来る!?」」


 ベルとブーランが素っ頓狂な声をあげた。


「え、だって、ロドスへの出張って、中央政府に魔獣使いの予算と装備の拡充を具申するためだったんじゃないの?」


 ブーランの問いにシホはうなづく。


「はい、もちろんその目的もあります。ですが、もう一つの目的は、師匠が修習生の実務担当教官に選任されたので、その打ち合わせをすることです」



 はー、とベルはため息をついた。

「なんで、そんな大事なことを俺たちに黙っているんだ、あの人は」


「『なあ、シホ、突然、修習生を紹介して、ベルとブーランを驚かしてやろうぜ』って師匠は言っていました」


「あー、あの人ならやりかねないわ」とブーラン。

「でも、ダンさんはもう亡くなってるんだから、修習生はもう来ないんじゃない?」


「それが……」


 ダンが亡くなった時、シホは懸命に応急処置を試みた。

 しかし、銃弾が魔道具だったのか、ダンの傷口の血が止まらない。

 それでも、懸命に手を尽くすシホに、ダンは胸元のポケットから徽章を取り出した。


「師匠、これは?」


 修習教官徽章。修習教官の公的証明として魔法省が発行するものであり、カルタ共和国の紋章と杖が描かれている。


 ダンはパクパクと口を動かした。


「お前が、やるんだ」


 その時、徽章に刻印された「ダン・ケルク」という文字が「シホ・サイト」に置き換わった。


「私は、どうやら、師匠から教官の地位を引き継いでしまったみたいなんです」


「あ、あった」とベルが手元の法律書をめくる手を止める。

「魔法省規則第343条2項によると、『修習を継続し難い事由が生じた際は、修習教官は適任者に修習教官の地位を継承することができる』、って書いてある。」


 シホは首を振った。

「私は適任者なんかじゃありません。私のせいで師匠は死んだんです。ですから、ベルさんか、ブーランさんに引き受けていただきたいです。それがダメなら、中央政府に辞任の申し出をしてきます」


 ベルとブーランは顔を見合わせた。

 そして、無言でうなづき合う。

 ブーランが口を開いた。


「ダメよ」


「え」とシホ。


「ダメよ、シホ。あなたがやるの。私でもベルでもない。あなたが、教官になるの」


「そんな、私、魔法試験受けてないのに」


 ブーランは首を横に振る。


「私、使える魔法だって限られて…」


 ブーランまた首を横に振り、ベルに合図を送る。


 ベルは言った。


「シホ。教官をやりなさい。これは所長代理命令です」


 ええ、と口を歪めるシホ。


 その時、扉をノックする音が響いた。


「失礼します」



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