第5話 キルト(後編)
「ああ、そうだ。差別は禁止されている」
クラムは言った。
「しかし、不正入学を行った国賊を、誇り高き魔法研修所から追い出すことは差別ではない」
「不正入学なんかじゃ…」
「不正入学だ。『三種平等、三種平等』と愚かに吠える地方票狙いの議員どもの圧力で入学するのは不正入学そのものではないか! お前のような無能を入学させることで優秀な赤眼種が一人、入学出来なかった。この国にとって大損害だ!」
「そんな、僕はちゃんと実力で……、定期考査の成績だって……」
「そんなものいくらでも改ざん出来る」
(無茶苦茶だ…)
とキルトは思う。
しかし、誰も彼を助けてはくれない。
現に、中庭を取り囲む生徒からは
「そうだ、そうだ!」
「潔く出て行け!」
「本当に実力があるなら決闘を受けろ!」
と、野次が飛ぶ。
クラムは再びキルトに問う。
「出て行くか、決闘か、どちらか選べ」
キルトは何も答えなかった。
堅く口を閉ざし何も答えない。
脅しに屈して、信念を曲げてしまわないように。
「愚か者よ。ここに居続けたところでお前は何者にもなれないのに」
クラムは右手を振った。
脇に控えた修習生が杖を取り出し詠唱する。
「ソーノ・デ・トーノ」
杖の先に火花が散り、キルトに向かって青い閃光が走った。
【首都ロドス 魔法研修所・修習生寮】
キルト・シュタインは自室で、裁縫をしていた。
中庭での、クラムからの
キルトは雷の魔法を受けて、ボロボロになった制服を修復している。
「あ、また、失敗した! 本当に派手にやりやがって! この服一枚買うのだって貧乏人にとっては一苦労なんだぞ!」
最初から殺されることはない、とわかっていた。
殺すのであれば、クラムたちはもっと早くにキルトを殺している。
だから、耐え抜けばいいことはわかっていた。
あんな奴らの卑劣な行いに決して屈してはいけない。
王政が終わり、カルタ共和国が成立して34年。憲法は制定されても未だに黒眼種への差別は終わらない。
キルトは幼少の時より、両親や兄妹、村の人が赤眼種や青眼種に理不尽な目に遭わされることを嫌というほど見てきた。
そこで、彼は魔法使いを目指した。
実力主義である魔法使いなら、差別を受けない。自分が出世して世の中を変えるんだ。
魔法使いになるためには、厳しい試練がある。
まず、最難関国家試験である『魔法試験』に合格する必要がある。
その後、魔法研修所で2年間に渡る『魔法修習』を受ける。
そして、1年間の『実務修習』を受ける。ここで、実際に働く魔法使いのもとで実務を学び修行するのだ。
最後に、最終試験である『魔法修習生考試』(略称『マコウ』)に合格して晴れて魔法使いを名乗ることができる。
キルトの夢を家族や友人は応援してくれた。
しかし、村人の中には反対する者もいた。
黒眼種で、魔法試験を突破できたものは王国時代から数えても数人しかいない。
そもそも、黒眼種に魔法試験の対策を教えてくれる先生もいない。
「やめとけ、キルト、不可能だ」
村人たちは反対した。無駄な努力である、と。
それでも、キルトは諦められなかった。
必死に書籍を読み漁って勉強した。
キルトの両親は、仕事の合間を縫ってわざわざ隣町まで行って、魔術書を買いに行ってくれた。最新版には手を出せないので、もちろん中古本だけれど。
そして、とうとう3回目の受験でキルトは魔法試験に合格した。
黒眼種の少年の試験突破は26年ぶりのことらしい。
このニュースは黒眼種の間に希望をもたらした。
一方、かつて特権階級であった赤眼種や、黒眼種より上の階級である青眼種にとっては面白くないニュースであった。
人種間の差別をなくそうとする政府の運動のために、黒眼種の少年の成績に下駄を履かせた、という憶測が流された。
心無い言葉を浴びせられることは日常茶飯事だが、キルトには夢があった。
「僕は、魔法大臣になるんだ」
魔法使いの最高役職・魔法大臣。
そこまで、上り詰めることができれば、ようやくこの理不尽な世界を変えられる。
だから、耐えなければならない。
そして、明日はキルトにとって、重要な日である。
明日は、実務修習先の発表日である。
実務修習先は、魔法研修所での成績をもとに決まる。
実務修習先での成績や評価はその後の就職にも影響するため、どこに配属されるかはその後の人生を大きく左右する。
キルトはこの日のために必死に勉強した。
その甲斐あって、魔法研修所での成績は高順位だった。
この成績であれば、首都ロドスの魔法省や、共和国軍・中央参謀本部への配属も夢ではない。
「ここでのし上がって、僕は夢を実現する」
【首都ロドス 魔法研修所 中央講堂】
翌日。
実務研修先が張り出される魔法研修所の中央講堂では修習生の人だかりができていた。笑顔の者、不満そうな顔をする者、悲喜交々の光景である。
そんな群衆の中に、応急処置を施した制服を着たキルトの姿があった。
キルトはなんとか掲示板の前にたどり着き、自分の名前を探す。
(嘘だろ……)
掲示板を二度見するも結果は変わらない。
首都ロドスの中央官庁でも、中核都市の上級職でもない…。
キルトは膝に力が入らなくなるのを感じた。
ヘナヘナと思わずしゃがみ込んしまった。
そんな彼の肩を叩く者がいる。
見上げると、昨日キルトに雷の魔法を喰らわせた修習生である。
クラムの取り巻きだ。
彼はニヤニヤと笑っていた。
「おめでとう。シュタイン君に適任じゃないか。我が国の西の果てという辺境で、素晴らしい魔獣の相手。頑張る君を応援しているよ」
彼の発言にクスクスと笑い声を上げる者ものいる。
「出世、楽しみにしてるぞー」と囃し立てる者もいた。
キルトは絶望のあまり目を閉じた。
(よりにもよって、こんな配属先……)
修習生番号:196ー0043
修習生名 :キルト・シュタイン
配属先 :アムンゼン州 マリノ市
配属職種 :魔獣使い
担当教官 :ダン・ケルク
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