第4話 キルト(前編)
そして、物語は何百キロも離れた地に舞台を移す。
【首都ロドス 魔法研修所の中庭】
ダンとシホが辺境の谷底で襲撃を受けている頃、カルタ共和国の首都、ロドス。
ロドスの中心部、政府の重要機関が連なる官庁街に広大な敷地を有するのが国立魔法研修所だ。
元々は王国時代に王家直属の魔法使いを養成するために設置された王立魔法院が前身である。
そんな歴史から魔法研修所の建築には繊細な彫刻や絢爛な装飾が施されており、趨勢を極めたかつての宮廷文化の面影を見ることが出来る。
そんな由緒ある学び舎の中庭で、陰惨な行為が行われていた。
中庭をぐるりと囲む渡り廊下や、中庭を見下ろすカフェテリアのテラスに人だかりが出来ている。
「おい、また、やってるぞ?」
「また、キルト・シュタインか」
「今日こそ退学するんじゃないか」
「私はクラム様の決闘を受けると思うな」
「まあ、それってどっちにしろ……」
集まった魔法研修所の修習生は口々に好き勝手言っている。
彼らの視線は、中庭の真ん中、地面から3メートル程の空中に拘束魔法で宙釣りにされた一人の少年に注がれている。
彼の名前はキルト・シュタインという。
国立魔法研修所の修習生である。
キルトの真正面、ベンチに腰掛けて悠然とキルトを眺める少年がいる。
「キルト・シュタイン、その位置からならよく見えるだろう。この中庭はカルタ皇国の第6代皇帝が趣向を凝らして作られた神聖な場所だ。本来ならお前のような者は入ることさえ許されない。」
彼の名前はクラム・マイヤードという。
彼もまた修習生である。
輝く金色の髪、燃えるような色の赤い瞳、美しい顔立ちと上品な所作。
彼の座るベンチの脇には2人の修習生が付き従うように控えている。
クラムは宙づりのキルトに語りかける。
君主が奴隷に接するように。
「お前に選ぶ道は二つだ。身の程を知って、この研修所を去るか、私と決闘をするか」
「……どちらも、選ぶつもりは、ありません…」
そうか、とクラムは短く答え、右手を軽く動かした。
クラムの脇に控える修習生が瞬時に杖を振り、詠唱した。
「ゴッチェ・ド・アクア」
空中に大きな水の塊が浮かぶ。シャボン玉のようにフワフワと浮かぶ水の塊はゆっくりとキルトに近付く。
「いやだ…」
キルトは引きつった顔で首を振るも、水の塊は容赦なく彼を飲み込んだ。
(息が、できない!)
突如、水に覆われ全身をばたつかせるも、拘束魔法がかけられた状態ではなすすべもない。
もがけども、もがけども、肺の酸素を消費するばかり。
(いやだ、いやだ、死にたくない…)
意識が遠のいてきた頃、ようやく水の塊が崩壊した。
キルトは一気に空気を吸おうとして、盛大にむせ込んだ。
「愚か者よ、よく覚えておけ。与えられた選択肢以外を選ぶことには大きな代償を伴う。」
キルトはゼーゼーと荒い息を整えながら、答える。
「だけど、僕が貴族である君と決闘なんてしようものなら、マイヤード家は僕を絞首台の上におくるさ。どのみち僕は研修所を去ることになる」
「その通りだ。だが、当然だろう。お前はこの場にいてはいけない存在だ。お前は黒眼種なのだから」
カルタ共和国には、3つの人種が存在する。
赤い瞳をもち、かつての王族と近い血筋をもつ赤眼種。
青い瞳をもち、国民の半数を占める青眼種。
そして、黒い瞳をもち、かつては奴隷階級として差別を受けてきた黒眼種。
カルタ共和国が、まだカルタ皇国だった時代には人種による厳粛な差別が行われていた。
キルトは黒い瞳で、クラムの赤い瞳を睨み付けた。
「共和国憲法は人種による差別を禁止しています。僕が出て行く理由はない」
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