第3話 ダンとシホ(後編)

 ダン・ケルクは背後の騎兵隊や岩肌の敵兵からの攻撃を受け流しつつ、ヨロイオオカミのガロンとともにひたすら前進していた。


 本当は全速力で駆け抜けるのが最適解なのだろうが、民間人の救出に行った愛弟子が合流するまでは速力も上げられない。


 奇妙な事態だ。

 今朝、首都ロドスに向けてシホと共に出発した。

 ヨロイオオカミの健脚を生かせば5日後の夕方には到着するはずだった。


 ところが、こんな事態である。

 本日昼頃、州境近くの谷底を進んでいると、突然銃声が鳴り響いた。

 それが合図だったかのように、背後から騎馬隊が襲いかかってきた。


 ダンとシホは逃げた。

 サンガクモンキーの保護地区で抗戦する訳にはいかない。

 そんなダンたちの動きを完全に把握していたように、岩肌に潜伏していた敵兵が何キロにも渡って銃弾を撃ち込んでくる。


 敵兵は一体何人いるのか?


 魔獣使いは魔獣に襲われ、人間から白い目で見られる職種だ。

 

 某新聞社が主催する『こどもに就いて欲しくない職業ランキング』で魔獣使いは第1位を10年連続で獲得している。

 



 しかし、こんな大規模な集団に襲われる理由はないはずだ。




「師匠ー!」


 そこへ、ようやく弟子の声が聞こえた。

 ロボの背中にシホが若い女性と共に乗ってやってきた。


「全く無茶しやがって」


 ダンは弟子の無事にひとまず胸を撫で下ろした。


 しかし、状況はむしろ悪化している。


 シホと女性が乗るロボは明らかに消耗している。

 とても、谷を抜けるまで走りきれそうにない。

 

 ダンは顔をしかめた。

「おい、シホ。」 

「はい、師匠」

「けりをつけるぞ」


 ダンの言葉にシホは顔を輝かせる。

「私に専門魔法の使用を許可してくださるんですか?」

「ばか、100年早いわ。俺がやるんだよ。そのねーちゃんと一緒にそこの岩陰に隠れてろ」


「え、師匠がやるんですか?」とシホは不平を漏らす。

「当たり前だろ、こんな格好良い大役を譲るわけないだろ」

「何言ってるんだか」

「いいか、よく聞け。師匠ってのは弟子の前では格好つけなきゃならないんだよ」


 ダンはシホの頭を強引にワシャワシャと撫でた。

「そのねーちゃんは任せたぞ。」


 ダンはヨロイオオカミのロボとガロンを引き連れて、騎馬兵たちと向き合った。


 ダンたちが立ち止まると、騎馬隊の隊長とおぼしき人物が右手を振り上げた。その瞬間、騎馬隊の進軍と岩肌からの銃撃がピタリと止まった。

 隊長が叫ぶ。


「ダン・ケルクだな」

「いかにも」とダンは答える。

「抵抗はやめて我々の元へ投降しろ」

 ダンは大げさに鼻で笑った。


「最初にそれを言わないで、襲撃する奴のとこに行くわけねーだろ」

「ならば仕方がない。やれ」


 ダンに向けての銃撃が再開した。

 騎馬兵が雄叫びを上げ、腰のサーベルを抜いた。馬を全速力で走らせて突進する


 突進する騎馬兵に向けてガロンも走り出す。

 ダンはロボの背中に隠れて銃弾を避ける。

 目を閉じ、胸の前で合掌した


「主よ、誓いを破り、無益な殺生を行う私をお許しください」

 ダンは静につぶやいた。


「リガード」


 ダンの手のひらに、ゆっくりと、小さな、とても小さな、植物の双葉が現れた。

 双葉はゆっくり、ゆくっりと成長する。

 双葉の間から、もう一枚芽が出て、茎を伸ばし、ツルを伸ばし、茎がだんだんと太くなり……。


 これがダンの魔法である。

 この植物を育ている間は、他の魔法を使えない。

 銃撃の嵐はロボに耐え忍んでもらい、無数の騎馬兵はガロンに足止めしてもらうしかない。

「押せ! 今しかない! 押し込むんだ! 打ち取れ!」

 敵兵の怒号が飛び交う。


 ダンの手の中で植物が育つ。

 ロボとガロンがだんだんと悲痛なうめき声をあげる。ここまで全力で走ってきた彼らの魔力も徐々に切れ始めている。

(すまない、あと、もう少しだけ耐えてくれ)


 ダンの手の中で植物が育つ。

 その成長速度は、葉が一枚出るごとに上がっていく。

 どんどん速くつるを伸ばし、茎は幹のように太くなっていく。


 とうとう、蛇のようにしゅるしゅると地面を這い、四方に広がっていく


 敵兵から見たら、ロボの背中から突如謎の植物が現れたように見えたことだろう。


「撤退、撤退!」と誰かが叫んだ。


 しかし、敵兵にとっては全てが遅かった。


 四方八方に伸びた植物の先端は、逃げ回る大の男たちを飲み込んでいく。

 まるで、大蛇が暴れ回るように。



 植物が谷底を覆い尽くした。

 まるで、そこだけ森になったかのようだった。

 その真ん中にぽっかりと空いた空間にダンと二頭のヨロイオオカミがいた。


 ダンはまた静かに呟く。


「ブルシアーレ」


 植物の根本、ダンの右手の先から青い炎が燃え上がった。


 青い炎は植物に引火し、一瞬で燃え広がる。


 谷底は瞬く間に青い炎に包まれた。


 そして、次の瞬間には鎮火していた。


 谷底は不気味に静まり返り、後には先ほどまで植物だった灰が残されるのみだった。


 敵兵の姿も、銃弾の雨も、怒号も、叫びも、何も残らなかった。


 アオーン、とロボとガロンが吠えた。

 その遠吠えがさざなみのように谷間にこだましていく。



「なんて、光景……」


 ダンたちから離れた岩陰で、民間人の女性と共に待機していたシホは思わず感嘆してしてしまう。

 躍動し、繁茂する植物が、一瞬にして青い炎に包まれ、そして、後には灰と静寂だけが残る。


 とても美しく、とても残酷な魔法。


 シホは興奮すると共に、胸の奥に悔しさが渦巻いているのも感じていた。

(自分はいつかこの人を超えることはできるのだろうか……)


 そのときだった。


「シホさん、早くあの人の元に行きましょう」


 そばで待機していた女性が立ち上がり、ダンの元へ走り出した。


「え」

 シホは反応が遅れる。

 え、だって、あなた、足、怪我しているんじゃ?


 女性は走り、声を張り上げる。

「ダン・ケルクさん!」


 大量の魔力を消費した直後のダンがおもむろに振り返る。


 女性の手には、一丁の回転式拳銃が握られていた。


 銃口がダンを捉える。


 パーンっ。


 一発の銃声が谷底に響いた。


「お前……」

 ダンはうめき声をあげるも、口から溢れ出る大量の血液のせいで言葉は続かない。


 腹部に大きな風穴が開いていた。


 ダンは膝をおり、ゆっくりと地面に倒れた。


 これが、かつて皇国の英雄と呼ばれたダン・ケルクの死因である。


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