第2話 ダンとシホ(前編)



 物語は少しだけ遡る。


 まだ、キルトとその師匠が出会っていない頃から物語は始まる。




【アムンゼン州 ヘレン山脈 街道】


 銃声と爆音が断続的に響いている。


 切り立った山脈の間。

 太陽の光も届かない深くて暗い谷底を、人間を乗せた二頭のヨロイオオカミが走っていた。


「師匠、谷を抜けるまであと8キロほどあります!」


 先行するヨロイオオカミの背中で黒い髪に黒い瞳の女性が銃声に負けじと叫ぶ。

 彼女の名はシホ・サイトという。


 シホはヨロイオオカミの上で弓を大きくしならせ、矢を放つ。

 前方の岩肌に隠れた黒い軍服の男に命中した。


 しかし、銃声がやむことはない。

「敵の数が多すぎます!とても、持ちこたえられません! 師匠、私の専門魔法の許可をください」


 後続のヨロイオオカミの背中に乗る大男は首を縦には降らなかった。


「だめだ。この地はサンガクモンキーの聖地だ。ここでの破壊行動は彼らを敵に回すことになる」

「ですが……」

「大丈夫だ、俺を誰だと思っている」


 赤い瞳をした大男の名は、ダン・ケルクという。

 丸太のように太い腕、豊かな口髭、熊のように大きな巨体。

 初老といわれる年齢なのだが、彼の扱う魔法は驚くほど繊細である。


 岩陰に潜む無数の敵兵から浴びせられる砲弾の軌道を変え、かつ、岩肌を傷つけることなく、受け流している。

 揺れるヨロイオオカミの背中の上で。


 けれど、シホは気が気でない。


 こんな一方的な防戦がいつまで続くのか。


 実際、二人が乗るヨロイオオカミは目に見えて消耗している。


 ダンの後ろからは30騎あまりの騎馬隊が一定の距離をあけて嫌らしく追撃してくる。


 シホとダンの進路上には岩陰に潜伏した砲兵や狙撃兵が、鉄の雨を容赦なく降らせてくる。


 敵兵は数と地の利を生かして、確実にシホたちを削りとっていく。


(こんなの、とてももたない……)


「あれ!?」

 その時、シホは前方に人がうずくまっているのを発見した。

 若い女性である。


「師匠、前方に人が! おそらく民間人です」

「ほんとか!? このままだと流れ弾に当たりかねんぞ!!」

「私がひろいあげます!!」

「おい、無茶するな!!」


 ダンが魔法を使いながら叫ぶも、シホはニヤリと笑った。


「私を誰だと思ってるんですか? あなたの弟子ですよ」


 シホは乗っていたヨロイオオカミに語りかける。

「ロボさん、こんなことに巻き込んで本当に申し訳ないのですが、前方の即席砲台を壊してもらえますか?」


 ヨロイオオカミは唸った。


「あ、それと、師匠が怒るので岩肌は傷つけないようにしてもらえると嬉しいんですが……」


 ヨロイオオカミは唸った。「注文が多いな!」と言うように。


 シホはその背中をそっと撫でた。


「ありがとうございます、本当にいつも感謝してます。」


 シホはそう言い残すと、ぱっ、とヨロイオオカミの背中から飛び立った。


 ロボと呼ばれたヨロイオオカミはどんどんと速力を上げた。


 ロボの鉛色の全身が鈍く輝く。

 体毛と皮膚の一部がパキパキと音を立てながら堅く凝固していく。

 ヨロイオオカミの「鋼鉄変化」という現象である。


 即席砲台で待機していた砲兵はロボの頭部に照準を合わせる。

 120ミリ砲弾装填、発射。


「命中!!されど、目標、進行を止めず!!繰り返す……」


 観測手が力の限り叫ぶ。

 連続して何発もの砲弾がロボの体に撃ち込まれる。 


 しかし、ロボは止まらない。


 硝煙をかき分けて、巨大な質量をもった、鋼の塊が、全速力で突っ込んで来る。 


 ほんの一瞬後、即席砲台は轟音と共に大きな火柱を上げて崩れ去った。


「さすが、ロボさん。ちゃんと砲台だけ破壊してくれた。」


 シホは自分に集中して降り注ぐ小口径の銃弾を器用に交わしながら、ロボの戦果を確認した。

 敵兵の位置、射線を意識して岩陰に隠れながら民間人の女性のもとにたどり着く。


「こんにちは、共和国魔獣使いのシホ・サイトです。あなたを助けに来ました。」


 女性は震える声で「あ、ありがとうございます」と答えた。


 美しい女性だった。


 肩まで届くつややかな銀髪に吸い込まれるような青い瞳が印象的だった。


 服装もこんな山奥には不釣り合いなほど上質な衣類を身にまとっている。


「お姉さん、こんなとこでなにしてるんですか?」

「いや、その首都に…、えっと…」


 興奮しているのか、女性は上手く喋ることが出来ない。

「大丈夫、大丈夫」とシホが女性の背中をさすると少し落ち着いてくれたようだ。


「首都にアムンゼンの商品を売りにいくため、キャラバンを組んで街道を進んでいました。すると、突然の砲撃が……、それで皆パニックになってしまって……」

「置いていかれちゃったんですか?」


「ええ」と言って、女性は目線を下げた。

 つられてシホも目線を下げると、女性は足を負傷していることに気がついた。


(足手まといとして見捨てられたのか) 


 シホは悲しそうな顔をする。

 そこへ、ロボが帰ってきた。

 シホは女性に笑いかける。

「もう、大丈夫ですよ。」




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